第2章 ノータ

第4話 温かさ。

ふっと風が吹くと、潮の香りが届く港町でノータは産声をあげた。

金色の髪に白い肌、とび色の瞳を持つふっくらとした赤ん坊は、その誕生を待ちわびていた両親と街の人々に祝福され見守られ、すくすくと成長の日々を重ねる。


父親は早朝より小麦粉をこね、母親はそれを助けた。小さな店構えではあったが、丁寧な仕事が客を呼び、家の中はいつも焼きたての温かいパンの香りに満ちていた。

物心ついた時には、一緒にパン作りをし、クマさん顔のパン、リンゴ型のパン、まん丸のボールパン、窯に入れて蓋をするのがとても楽しかった。

焼きあがると父は、いつも嬉しそうに同じ言葉を口にする。

「ノータはきっといいパン職人になるぞ」

母は一口味見をすると「美味しいわ、父さんほどにはまだまだだけど」といたずっらぽく少女のような笑い声をあげた。


毎朝、朝食用の食パンを買いに来てくれるご近所さんたちは、パンを入れるためのバスケットから、みずみずしい果物や甘い香りのするお菓子を届けてくれる。お店の入り口で、出入りするお客さんへ愛嬌を振りまくジャックラッセルテリアのパピも、良い遊び相手であり良き友でもあった。


毎日が今日の連続で、明日も必ず今日と同じ温かさにあふれた日が来る、それが当たり前で信じて疑わなかった日々。

おやすみなさいをして、閉じた瞼に浮かぶのは、ただただ光に満ち足りた明日の姿。


その光の裏側には闇も存在することを知ったのは、8歳の誕生日を過ぎたころだった。

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