第2話 人里へ。

「飼い犬は野犬より危険だ、あいつらに取引はきかんぞ」

「銃口を見たら横へ飛べ」

「鉄の匂いは罠だと思え」


やむを得なく人里に近寄る時として、父から教わった数えきれない教訓を脳裏に呼び出しながら人家の明りに歩を進めてゆく。

鶏一羽も頂戴出来れば4.5日は生き延びられる。その間に住まいを移そう。もうこの森は人間の手が入りすぎている。

前後左右への警戒を怠ることなく家々の影から影へ移動しながら、手ごろな鶏小屋を探し歩いた。

帳が下りれば鶏たちは眠りに落ちる。首元を一撃で狙えればそう大きな騒ぎになることもないだろう。


1件目は遠目にも犬小屋が見える。2件目は鳥小屋の土台に枕木が深く埋められており、下からは入れそうにない。3件目、村の外れにある小さな家の離れにある鶏小屋は母屋の光も届ずこの暗闇もちょうどよい。運のいいことに、金網の張られてていない細い丸太を組んだだけの粗末な小屋だった。

念のため、くるり一周してみたが罠の気配も感じられない。いける。


痩せた体をするりと木の下をくぐらせると、一番手前にいた牝鶏の首もとへ一気に歯をたてた。一瞬バタつくも首の骨が折れると同時にだらりと動かなくなる。ほかの鶏達が騒ぎ出さないうちにと、入った隙間から出ようとするも牝鶏が思いのほか大きく引っかかり出られない。見れば反対側、ドアの横にもっと広い隙間が空いているのが見えた。

口にくわえた牝鶏を先に押し出し、自身の体もくぐらせる。足早に立ち去ろうと左後ろ足を地面についた瞬間、ガシャリ、と激しい痛みと衝撃が全身を貫いた。


振り返ると、鉄のギザギザとした切っ先が後左足首をがっちりくわえ込んでいる。

体を少しねじるだけで激痛が走る。鉄の匂いは全く感じられなかった、なぜー。

経験上、地中深く埋められた鎖に歯が立たないことはわかっている。逃げるなら足首を嚙み千切るほかはない。

痛みをこらえ、音を立てずに大きくあえいだその時、近くに枯葉を踏む音が聞こえた。犬や獣が立てる音ではない、人間だ。

俺たち銀ぎつねの毛皮は、シルバーフォックスとして高値で取引されると聞いたことがある。人間に見つかればただでは済むまい。

ギンは静かに息を吐き出すと、横たわったままその瞳を閉じた。

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