51:sideリカ 彼女はVRゲームの話が嫌い

 うちの彼氏は最近、VRゲームにのめりこんでいる。大学の成績も良くないくせに、毎晩何とかっていうのにログインしていて、彼女としては面白くない。


「じゃあリカも一緒にやろうよ!」

「それは嫌。アーケードのVRゲームで、アタシが散々酔って吐きそうになったこと忘れたの?」

「あ、そうだった」


 放課後、駅前のコーヒー・チェーンで、アタシたちはのんびりしていた。貴弘とは、高校三年生の時から付き合っている。幸運にも同じ大学に進学でき、校内で一緒に過ごすことはできるのだが。VRゲームのせいで、夜はすぐ帰りたがるようになった。


「だってさ~、今イベントやってて忙しいんだもん。ドロップ率が二倍で、凄くおいしいんだよ。三次職の転職要件も早く満たしたいし……」


 文句を言うと、毎回これだ。よくわからない用語を出してきて言い訳する。VRゲームが体質的に合わないアタシとしては、彼の言うことは外国語なのだ。


「わかったわかった。転職でも就職でもすればいいわ」

「そんなに怒るなよ~」

「怒ってないわよ」


 もうこの話はパスだ。アタシは互いの気分が晴れるような話題を出す。


「槙田くんと雪奈ちゃんはうまくいってるの?」


 最近、付き合いだしたばかりの友人カップルのことである。


「大丈夫だよ。まだ遠慮しすぎてる感じはするけどね」

「まあ、初めて同士だとそうなるかな」

「おれたちも、あんなんだった気がする!」

「それは気のせいよ……」


 貴弘と付き合うようになったのは、高校の三年間、ずっと同じクラスだったせいだ。まさに友達の延長。付き合いたてのドキドキ感とか、そういうのとは無縁だったはずだ。


「それにしても、あの槙田に彼女ができるなんてなあ」

「そうよね。彼、アタシと話すのもぎこちなかったくらいだし」


 貴弘は、大学に入ってから二人の男友達を作った。相沢くんという演劇サークルに入っている男の子と、先ほどから話題にしている槙田くんである。

 槙田くんは、一言で言うと、残念なイケメンだ。雑誌に載るほど顔が良くて、リーダーシップもあるのに、女の子と一対一で話すのが苦手。そのくせ、グループでいるときはニコニコ微笑んで楽しそうなふりをするため、数多の女の子たちを勘違いさせる。

 そんな槙田くんが心惹かれたのは、地味で友達のいない女の子だった。それが雪奈ちゃん。


「槙田みたいなタイプには、ああいう子がぴったりだったってわけだな」

「雪奈ちゃん、最近じゃすっかり垢抜けて明るくなったけど、根は変わらないもんね。真面目で控えめで」


 雪奈ちゃんと初めて会ったときは、ちょっとびっくりした。槙田くんが気になっている子、というのは、とんでもなく美人だと思い込んでいたのだ。それが、全身喪服みたいに真っ黒で、アタシが話しかけると目を泳がせて震え出す。こんなに挙動不審な子のどこがいいのかと思ってしまった。


「相性がいいんだよ。あの二人、LLOでも息がぴったりでさ!槙田が前衛、雪奈ちゃんが後衛で……」

「またVRゲームの話?」


 うんざりした気持ちを隠さずにそう言う。貴弘と相沢くん、槙田くん、雪奈ちゃんの四人は、同じVRゲームをしている。アタシだけいつも、仲間外れなのだ。


「ほら、槙田と雪奈ちゃんが近づけたのは、LLOのおかげだしね!」


 アタシは無言で席を立つ。テイクアウト式の店だから、会計のことは気にしないでいい。


「リカ?」

「先に帰る」


 貴弘に背を向け、早足で店を出る。


(VRゲームじゃなくて、アタシのおかげだっつーの!)


 別に、感謝をされたいわけじゃない。特に当事者たちには、外野の気遣いが伝わっていない方がいい。

 けれど、貴弘にだけはわかっていて欲しかった。アタシがあの二人を近づけるために、色々とお節介をしたことを。


「ま、待てよリカ!」


 改札の手前で、貴弘に腕を掴まれる。


「おれ、何かした?それなら謝るからさ……」

「何もしてないよ。早く帰りたくなっただけ」


 もちろん大嘘だ。結局、アタシたちは無言のまま、一緒に帰ることになった。どのみち、家は近所なのだ。


「リカ、じゃあまた明日な?」

「うん……」


 貴弘は家の前までアタシを送ってくれた。自分の部屋に入り、ベッドに突っ伏す。我ながら、子供っぽいことをしてしまった。貴弘からメールが来る。


「リカが何で怒ってるか、わからなくてゴメン。明日も一緒に大学行こう!」


 いつも通り、明るい調子のメール。それにどうしても返信できない。悪いのはアタシなのに。そう思うと、胸の奥が重たくなる。考え込んでいる内に、アタシはメイクも落とさずに眠ってしまった。






「寝坊したから先行ってて」


 いつもの電車に間に合う時間には起きたが、お風呂に入る必要があった。一時間目は自主休講だ。貴弘からは、すぐにメールの返信が来る。


「あいよ~!」


 余りにもいつも通りの様子に、つい吹き出してしまう。ケンカ(というよりアタシが拗ねただけ)など初めから無かったかのようだ。


(今日ちゃんと謝ろう)


 こんな下らないことで、貴弘を困らせたくない。今日は同じ授業がないので、会えるとしたらお昼か放課後だ。お風呂でしっかりとメイクを洗い落とし、家を出る。

 一人で電車に乗るのは、久しぶりだ。帰りはバラバラなこともあるが、行きはほぼ毎日一緒だった。大学までの道のりが、ずいぶん長く思える。空いている車内でぼんやり座っていると、乗り込んできた男の子に声をかけられる。


「あれ?リカちゃんだ」

「槙田くん!あっ、雪奈ちゃんも!」

「おはよう、リカちゃん」


 背の高い槙田くんの後ろから、雪奈ちゃんがそっと顔を出す。この子は会う度に可愛くなるのだけれど、挙動不審なところは相変わらずだ。アタシの右隣に槙田くんが、そのまた右に雪奈ちゃんが座る。


「白崎は一緒じゃないんだ?」


 白崎というのは貴弘の名字だ。


「うん。今日アタシ寝坊しちゃってさ」

「そっか。二人っていつも一緒にいるイメージだから」

「それは槙田くんたちもでしょ?」


 そうからかってみると、二人は揃って目を丸くする。


「そ、そんなことないよね?」

「うん、えっと、そうだな」


 予想通りの反応だ。こうなるのがわかっていて、ついいじめたくなってしまう。このカップルのやりとりは、見ていると癒されるのだ。


「今日は、槙田くんが英語の予習したいって言うから、図書館に行こうと思って」


 理由なんて言う必要はないのに、雪奈ちゃんは言い訳のようにそう話す。


「ん?雪奈ちゃんって、槙田くんのことまだ名字で呼んでるの?」


 アタシの前だから、あえてそうしたのかもしれないと思いつつ、一応聞いてみる。


「はい!そうですが!」


 雪奈ちゃんは、なぜか時々敬語で返答する癖がある。


「まあ、二人がそう決めたのなら、それでいいじゃない」


 カップルには、それぞれのやり方があるわけだし、必ずしも下の名前で呼び合う必要はない。またお節介をしてしまった、と思っていると、槙田くんが口を開く。


「前に、話し合ったことはあるんだけどさ。俺の名前、幸也っていうんだけど、ユキヤとユキナって音が似てるねって話になって……」

「ややこしいねってなって……」

「それで?」

「終わったなあ」

「なんじゃそりゃ!」


 電車の中にも関わらず、つい大声で突っ込んでしまう。


「やっぱり、変かな?」


 雪奈ちゃんは、一体何を気にしているのか、周りを見回しながらそわそわしている。ちょっと助けたくなってきたので、適当な提案をしてみる。


「変じゃないよ。ほら、でもユキくんとかさ、そういう感じの呼び方は?」


 言ってしまってから、いや、ユキくんは無いわ……と後悔する。そういえば、貴弘と付き合い始めた時も、色々とあだ名を考えたことがあった。その全てを二人で却下して、今の形に落ち着いたのだった。


「ユキ、くん」

「お、おう」


 見つめ合う二人。


「いいかも!」

「俺もそう思う!」

(決定しちゃったよオイ!)


 まさか、アタシの適当な発言が採用されてしまうとは。近頃すっかり冷え込んできたというのに、隣の二人は春満開といった感じで、こちらまで照れそうになる。付き合いたてのカップルというのは、何をしても可愛いものだ。そのことを口に出しそうになったが、余りにもババ臭いと思いとどまる。


「あはは、決まってよかったね!」


 とりあえず、笑っておいた。


「リカちゃんのとこって、もうすぐ一年だっけ?」


 自分たちの話をされるのが、これ以上耐えられないのか、槙田くんがそう聞いてくる。


「正式に付き合いだしてからは、そうね。友達期間が長かったから、それ以上な気がするけど」

「俺、初めて二人と会った時は、熟年夫婦かと思った」

「うんうん。何でも言い合える仲って感じで、羨ましいなあって思ったよ」


 雪奈ちゃんの言葉がちくりと刺さる。アタシと貴弘は、羨まれるような仲じゃない。周りから見たら、そうなのかもしれないけれど。確かに、貴弘には少々キツい言葉をかけるけど。

 大事なことに限って、きちんと言えていない。


「アタシからすると、二人の方が羨ましいわよ?趣味だって合うし」


 趣味というのは、もちろんVRゲームのことだ。雪奈ちゃんは、貴弘曰く筋金入りの鬼ゲーマーらしい。槙田くんと付き合う前は、結構なお金をつぎ込んでいたとか。とてもそうは見えないのだが、VRゲームの話になると目を輝かせて喋るのを見て、ようやく理解した。


「そのせいで、二人でいるとLLOの話ばっかりになっちゃうけどね」

「そうだね。連続ログイン制限がなかったら、ずっと二人でやってそう……」


 車内アナウンスが流れる。もうすぐ大学だ。

 電車を降り、図書館前で二人と別れる。後ろ姿を見送りながら、やっぱり彼らが羨ましいと思う。アタシだって、貴弘の趣味を理解できたらどんなにいいだろう?彼氏彼女で楽しめる趣味。それがあれば、もう少し上手くいくかもしれないのに。






 お昼を貴弘と一緒に採る気がなくなってしまった。アタシは友達と食べるとメールして、一人で大学の外へ出る。貴弘はいつも学食だから、外なら鉢合わせしないで済むと思ったのだ。とはいえ、アタシも店に詳しいわけではない。唯一入れる喫茶店へ真っ直ぐ向かう。


「あっ、リカちゃん」

「おおっ、相沢くん!」


 貴弘はいなかったが、その友達の相沢くんと出くわしてしまう。元々、この店は彼に教えてもらったから、仕方ないといえば仕方ないのだが。


「一人?白崎は?」

「相沢くんまでそれ言うのね……」


 相沢くんは、既にペペロンチーノを注文していて、喫茶店に置いている雑誌を読んでいた。アタシは彼の前に座り、同じものを注文する。


「リカちゃん、肌荒れてない?」

「昨日、メイク落とさないで寝ちゃったのよね……」

「うわっ、ダメだよそんなことしちゃ!女の子のお肌は、これから衰えていくばっかりなんだからね。化粧水とか何使ってる?」


 相沢くんは、女のアタシよりも化粧品に詳しい。演劇サークルで、オカマの役を演じたことがあるのだが、どうやらその時に目覚めてしまったらしい。お肌についての講義が始まったが、女の子のプライドが地に落ちそうになったので、強引に話を変える。


「行きの電車でね、槙田くんと雪奈ちゃんカップルに会ったよ!それでさ……」


 二人の未だに初々しい様子や、槙田くんの呼び名がユキくんに決定してしまったことを話す。


「面白いなあ、あの二人」

「だよね。アタシたちとは大違いだわ!」


 アタシが自嘲気味に笑っていると、ペペロンチーノが運ばれてくる。しばらく無言でそれを食べていたのだが、ふいに相沢くんが口を開く。


「白崎と、何かあった?」

「え?別に?」


 相沢くんは、フォークを動かしながら、アタシの顔をじっくり眺めてくる。メガネの奥の視線が鋭い。アタシは水を飲み、平静を装うことに集中する。


「貴弘の様子が変なわけ?」

「いや、そうじゃないけど。昨日の夜も普通にログインしてたし」

「あ、そうなんだ」


 アタシとあんな風に別れてからも、VRゲームはやる。そのことが許せなくて、声のトーンが下がってしまう。


「リカちゃんの様子が変だから。今日は二割増しで明るい。女の子が明るすぎる時は、かえって怪しい」


 相沢くんとは、そんなに深い関わりはない。しかし、ここまで見抜かれてしまっては、降参するしかないだろう。


「はあ……よくわかったね」

「オレ、人間観察が得意だから」


 そう言って、相沢くんは意地の悪い笑い方をする。


「大したことじゃないの。貴弘がVRゲームの話ばっかりするから、イラついちゃって。アタシ、酔うからダメなのよね。何が面白いのか、全然わからないの」


 ため息をついてしまってから、相沢くんも同じVRゲームをやっていたことを思い出す。


「ゴメンね、こんなこと言っちゃって」

「いやいや、大丈夫だよ。オレで良ければ、何でも言って」


 その言葉に甘えて、アタシは話し出す。


「それでさ、槙田くんたちに会って余計に落ち込んじゃって。あの二人は趣味が合ってる。でも、アタシは貴弘の好きなものが理解できない。あいつの好きなものを、アタシも好きになりたいのに。なんか、ダメだなあ。彼女失格かなあ」


 話しながら、自分がどんどんダメな彼女に思えてきた。貴弘は、何も悪くない。


「理解する必要、ないんじゃない?」


 相沢くんは、さらりとそんなことを言う。


「えっ、でもさ、それは……」

「理解しようとしても、無理してるのは白崎に伝わっちゃうよ。その方が、あいつも辛いんじゃない?」

「うん……」


 そういえば、そうだ。アタシは貴弘の困り顔を思い浮かべる。


「槙田のとこが上手くいってるのって、別に趣味が合うからってだけじゃないと思うんだよね。それだったら、ただの友達でいい。恋人同士になりたいって思う何かが、あの二人にはあったんだよ」


 アタシは黙って頷く。


「オレも、演劇は好きだけど。演劇好きの女の子と付き合おうとは思わないな。何か、面白くなさそうじゃない?せっかく二人の人間がいるのに、世界がずっと広がらない。バラバラの趣味がある方が、色んなものを見れそうな気がする」

「そっか、そういう考え方もあるよね……」


 相沢くんは、追加でバニラアイスを二つ頼む。それを食べていると、心の中のしこりまで溶けていくような気がした。






 放課後、アタシはいつもの場所で貴弘を待つ。メールの文面は、ずっと明るい調子だったのに、現れた彼は今にも泣きそうになっていた。


「良かった……リカ、もう会ってくれないと思ってた」

「バカね。そんな顔しないでよ」


 アタシは貴弘を肘で小突く。いつものやりとり。いつもの時間。それを完全に取り戻すためには、あと一つ、言葉が要る。


「昨日は、ゴメンね。貴弘がVRゲームの話ばっかりするもんだから、拗ねた」

「おれも、薄々わかってた」


 貴弘はコホンと咳払いをする。


「もうリカの前でVRゲームの話はしない!」


 そう宣言してくれるのは、嬉しいというより、申し訳ない。だから、言う。


「そんなこと、しなくてもいいの。アタシは、VRゲームの良さがこれっぽっちもわからない。理解するつもりもない。だけど、貴弘がそれを好きだってことを、尊重しようって思ってる。まあ、拗ねない保証はないけど」


 最後の方は、声が小さくなってしまった。


「リカ!お前って本当にいい彼女だなっ!」

「ちょ、ちょっとやめなさい!ここ大学!」


 貴弘が後ろから抱きついてくる。ああ、周りの目が、痛い。


「リカって、けっこうおれのこと考えてくれてるんだ?」

「当たり前でしょ、バカ」


 そっちこそ、アタシのことを考えてくれてるじゃない。そう言いたかったのだが、身体を引きはがすのが先だと思い、腕をポカポカと叩く。

 これからも多分、趣味のことでケンカするだろう。アタシはそんなにできた人間じゃない。けれど、こうして仲直りできるのなら、それでいい。それが、二人の形だ。

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喪女のVRMMORPG日記 惣山沙樹 @saki-souyama

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