43:エルト

 槙田くんたちに本当のことを話し、あたしは彼らのパーティーに参加することになった。そして、あと一つ、やり残したことがある。あたしは加入用紙の機能を使って、白鳥の旅団のギルド長・エルトを、アミエンの酒場に呼び出す。


「やあ、ナオトさん。お久しぶりです」


 彼女は前に会った時と全く同じで、真っ白い髪をツインテールにしている。呼び出された時点で、あたしの答えはノーとわかっているような風だ。


「残念ですが、ギルド加入の件は、お断りします」

「そうですか」


 エルトは小首を傾げて微笑む。あたしは白紙の加入用紙を彼女に手渡す。


「やはり、ソロプレイを続けられるのですか?」

「いえ……実は、パーティーを組んだんです」

「あら!」


 エルトは胸の前で、パンと手を叩く。


「試してみたわけではありませんが、今回のボスは、絶対に一人では倒せません。俺、ようやく気付いたんです。LLOに限らず、MMORPGは、ある程度ならソロプレイが可能にできている。けれど、次第にそうはいかなくなってくる。俺は今まで、課金をすることでそれに抗ってきました。でも、現実での生活もきちんと送る以上、そうし続けることはできません。あなたが以前言っていた、限界。その内の一つは、この金銭的な限界です」


 エルトは黙って頷いている。あたしは言葉を続ける。


「リナリアを倒すというのは、大きすぎる目標なんです。どうしてもそれを遂げたければ、パーティーを組むしかない。結局人は、何か大きな目的を果たすためには、誰かと関わらずにはいられないんです。それが、もう一つの限界――一人でいることの、限界」


 あまりにも一気に喋りすぎたので、LLOの中なのに喉が渇いたような錯覚に陥る。そして、こんなことを、加入を断った相手に語るのはおかしかったか、と悔やむ。


「気付いてもらえて、よかったです。ホッとしましたよ」

「あ、えっと、どうも」


 なんだろう、この違和感。最初に話しかけてきたときといい、エルトはどうしてあたしのことを気にかけているんだろう。


「現実でも、VR上でも、人と人との交流は絶対に避けられません。あなたがそうして、交流を始められるようになったことは嬉しいですよ」

「は、はあ」

「で、最近はお化粧して大学行くようになったんやってなあ?帰りも遅くなっとうらしいし」


 今の言葉が、一体誰の口から出たものなのか、あたしは耳を疑う。しかし、VR上で聞き間違いをすることはあり得ない。この関西弁を発したのは、間違いなくエルトである。


「おばあちゃんが買うたった服も、やっと着てくれるようになったんやて?お父さんもお母さんも、雪奈のことはホンマに心配しててんからな」

「お、お、おばあちゃん!?」


 エルトは身体を揺らし、意地悪そうに笑っている。まさか、そんな。信じられない。確かに神戸のおばあちゃんは、最新の物に興味がある人だし、VRゲームをやっていてもおかしくはない。しかし、なぜナオトがあたしだと気づいたんだ。


「ひっひっひ、おばあちゃんをなめたらアカンで!」


 それからエルトことおばあちゃんは、種明かしをしてくれた。おじいちゃんが亡くなってから、寂しくなったおばあちゃんは、発売初日からLLOを始めていたらしい。そして、ソロプレイをしているナオトのことが気にかかったのだとか。ナオトというユーザー名は、あたしがもし男の子だったとき、父が考えていたという名前をそのまま使っている。男なら直人にする、というのをおばあちゃんは知っていたので、もしやと思ったらしい。


「それでな、お父さんにあんたの登録情報を調べてもらうように言うてん」

「げっ、マジで……」


 父が勝手に、あたしの部屋に入ったということらしい。しかも、登録情報を見るなんて、酷すぎる。


「それでな、雪奈がゲームの中でも一人ぼっちなんが情けなくなってなあ。せめて、LLOの中だけでも誰かと交流させたろ!って思ってんけど、要らん心配やったみたいやね」


 エルトはけらけらとけたたましく笑う。おばあちゃんめ、けっこう歳くってるくせに、こんな可愛いキャラクター使って、ギルド長までしているだなんて、とがっくり肩を落とす。


「で、あれか?彼氏でもできたんか?」

「で、できてないよ!彼氏なんて!その、と、友達は、できたけど……」


 ナオトのクールボイスで、こんな弱々しいセリフを吐いてしまうのがとてもいたたまれない。


「そしたら、また神戸に遊びにおいでや。もうログアウトするわ~」


 エルトは可愛く手を振って、さっさと退場してしまう。こんな展開になるなんて、誰が予想しただろうか。


(おばあちゃんには、一生勝てない……)


 真のラスボスはおばあちゃんではなかろうか、と思いつつ、あたしは急いで席を立つ。待ち合わせ時間が過ぎているのだ。

 死霊の塔のセーブストーン前には、あたしのパーティーが集まっていた。ラック、ワイス、ノーブル。三人は、あたしを見つけて大きく手を振る。


「雪奈ちゃ……じゃなくてナオトさ……ナオトちゃん?」


 白崎くんことノーブルが、呼び方に困っている。ログイン前に決めておけばよかった。


「ナオトで、お願いします」

「まあまあ、LLOの中で男女逆転してるのはワタシだって一緒でしょ?ワタシのことだって、ワイスちゃんって呼んでもらってもいいのよ?」


 相沢くんことワイスが、ミニスカートを揺らしながら一回転し、ウインクする。


「それじゃあ、みんな、行こうか!」


 最後に、槙田くんことワイスが、拳を天に突き出す。あたしたちは顔を見合わせ、塔へと続く吊り橋へ駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る