42:告白

 放課後、あたしは槙田くんと、前と同じ喫茶店で待ち合わせをした。誰かを呼び出すのなんて、生まれて初めてだ。しかも、ずいぶん早くついてしまったので、アイスコーヒーを飲み干してしまっている。もう一杯買って、席についたとき、槙田くんが現れる。


「ごめん、待った?」

「ううん、あたしが早く着きすぎたの」


 槙田くんもアイスコーヒーを注文し、それを半分くらい一気に飲んだ。首筋には汗が光っている。もしかして、かなり急いできてくれたのだろうか。


「急に呼び出して、ごめんね。あたし、槙田くんに言わなきゃいけないことがあるんだ。本当は、相沢くんや、白崎くんにも、謝らないといけないことなんだけど……」


 あたしは息を大きく吸い込む。ここに来るまで、何度も何度も心の中で考えて、練習してきた言葉を言う。


「LLOのプレイヤー、ナオトって、あたしのことなの。それで、槙田くんがこの前相談してくれたときに、ラックが槙田くんだって確信したの。少し前から、そうじゃないかって、思ってたんだけど。それで……そのことを、黙っていて、ごめんなさい」


 あたしはゆっくり、槙田くんに頭を下げる。机に前髪がかかる。下げたのはいいものの、上げるタイミングが掴めない。槙田くんは、どんな表情をしているのだろう。それを確かめたい。でも、こわい。


「言ってくれて、ありがとう」


 あたしはこわごわと頭を上げる。自分の前髪が、のれんのようにメガネにかかってしまっていて、槙田くんの顔が見えない。あたしは、彼の返答を、数パターン予想していた。しかし、ありがとうと言われるパターンは、想定外だったのである。


「実は俺も、そうじゃないかって、思ってたんだ。むしろ、そうだったら面白いかなあ、なんて……」

「へっ……」


 前髪を振り払うと、槙田くんはぽりぽりと頭をかきながら、笑っている。


「雪奈ちゃんが、LLOやったことないっていうのは、多分嘘なんだろうなって思ってたし」

「あ、そ、そうなんだ?」

「ほら、グループ発表の資料を集めてくれたとき。あの中には、テーマが決まってから集め出したんじゃとても得られない資料もあった。だから、この子って相当のVRゲーム好きだなって気づいたんだ」


 まさか、そんな序盤から嘘がばれていたなんて。あの時、資料の分別もろくにしなかった自分を正面から殴りたい。


「あとは、発表が終わって、みんながLLOの話をしていたとき。雪奈ちゃん、すっごく会話に入りたそうにしてたんだよね。雪奈ちゃんがああやって、誰かの会話を聞いていることなんてあまりないから、すぐにわかったよ」


 確かに会話に入りたかったけれど、そんな素振りは見せてないつもり、だった。甘い。甘すぎた。あたしは今まで、数々の失態を犯していたのだ。


「さ、最後はアレだよね、アミエンの酒場で話したときだよね」

「うん。俺、どう考えても女友達って言った覚えなかったから。俺はあのとき確信したんだ」


 はい、やっぱりばれてました!それどころか、随分前から怪しまれていました!恥ずかしすぎて死にそうだ。この机に頭をガンガン打ちつけたい。そしてそのままあの世に行ってしまいたい。あたしはそうする代わりに、頭を抱えて槙田くんに許しを乞う。


「ご、ごめんなさい!本当にごめんなさい!」

「ゆ、雪奈ちゃん!?俺、怒ってないから!大丈夫だから!」

「それでも、謝らないとあたしの気が済まない……!」


 ふわり、と槙田くんの手が頭に触れる。あたしはボロボロ涙を流しながら、顔を上げる。


「俺も、雪奈ちゃんに言わないといけないって悩んでたんだ。こうして、先越されちゃったけどね。だから、俺もごめん。っていうかさ、VR上で現実の友達と出くわすのって、相当珍しいことだよ?だからそのことに感動してもいいかなっていうくらい」


 目を見る勇気はないので、槙田くんの右側にだけできるえくぼを見つめる。あたしたちは、かなり近い距離で顔を合わせている。それに気づいて、あたしは背中ごと後ろに飛び退く。


「ご、ごめんなさい!何かもう、全てのことに対してごめんなさい!」


 槙田くんは、そんなあたしに温かいココアを注文し、差し出す。黙ってそれを飲んでいると、なんとか落ち着くことができた。


「相沢くんと白崎くんにも、言わないといけない、よね……」

「ああ、そうだな。あいつらは、雪奈ちゃんのこと気づいてないと思うけど、一応な。そうだ、今から呼ぶか!どうせ二人とも来れるだろうし」


 槙田くんは手早くメールを打つ。そして、本当に二人はこの喫茶店に来るらしい。


「あと10分もすれば着くみたいだよ」

「うん。あたし、今度はきちんと落ち着いて、ちゃんと話すね」

「俺がいるから大丈夫だって」


 あたしたちは顔を見合わせて、笑う。


「しっかし、雪奈ちゃんからメールが来たときは、まさかこの話をされるとは思ってなかったよ。もっと別のことかと思ってた」

「別のこと?」

「あ、いや、なんでもない」


 それから二人がやってきて、あたしはもう一度説明した。白崎くんが、店中響くような大声を上げたので、相沢くんが彼を小突いた。そして、あたしことナオトは――彼らのパーティーに、参加することになった。

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