24:フレンドメール

 ラックの罵声に耐え切れず、あたしは振り返る。ノーブルとワイスも、あたしに気づいたようだ。


「ナオトさ~ん!なんとかしてくださ~い!」


 ノーブルの奴も、あたしをあてにするらしい。こうなっては仕方がないので、あたしはクロをけしかける。


「挑発して!」

「にゃっ!」


 クロはメルティ・ゴーストに飛びかかる。身体の部分に物理攻撃は効かないので、すり抜ける格好になってしまったが、ラックから視線を逸らすことはできた。クロはその場をくるくると周り、メルティ・ゴーストを惑わせている。


「イヒャ?」

「うにゃ!」


 戯れているようにも見える二匹の様子は、ともすれば微笑ましくも思えたのだが、あたしは冷静に弓を構える。


「ブラスト・ショット!」


 今度は一発で仕留めることができた。ノーブルとワイスが、あたしの近くに寄ってくる。ラックはというと、遠くにある柱の陰に隠れて、ガタガタ震えている。ノーブルがあたしに話しかける。


「ナオトさん、ありがとうございます!ラックの奴が、ご迷惑をおかけしました!」

「あ、ああ……」


 二人のレベルは90代。ラックは遠くてわからないが、同じくらいだろう。メルティ・ゴーストを倒すのには充分なレベルだ。どこから質問してよいのか迷っていると、ワイスがまるで関係のないことを言う。


「ナオトさん、髪の色変えましたね?」


 彼、じゃなくて彼女はいつでもマイペースのようだ。


「新色の、ココアブラウンだ……」


 わざとそのペースに巻き込まれてみたが、顔面蒼白になっているラックを放っておくわけにはいかない。あのままだと、新たなモンスターに目をつけられる。ノーブルにアイコンタクトをすると、それが伝わったのか、ラックのもとへ駆けていく。


「おい、ラック!?」


 しかし、一歩及ばず、彼はログアウトしてしまう。取り残されたあたし達は、とりあえずアミエンに戻る。三人は現実でも友人同士なので、メールを送ってみたようだが、返事はないらしい。あたしのログイン時間も残りわずかなので、手短な説明を求めた。


「あいつ、幽霊とか、その類がまるでダメなんですよ……」


 二人によると、彼らは今日初めて11階に到達した。幽霊型のモンスターが出てくることは、ラックも覚悟していたようだが、いざ対面すると我を失ってしまったらしい。そんなに怖がるほどのものか、と思ってしまったのだが、受け取り方は人様々。可愛いと思う人もいれば、他人に暴言を吐くくらい怖いと思う人もいるのだ。


「なるほど、そうだったんだな」

「本当に、ごめんなさい。ラックには、改めてナオトさんに挨拶をさせます」

「あのっ、フレンド解除とかしないでくださいね。お詫びもできなくなっちゃいます」

「いや、そんなに気にする必要はない」


 しゅんとする二人を慰め、ログアウトする。両親はまだ帰ってきていない。あたしは冷蔵庫を開け、飲み物を物色するが、ろくなものがない。少し億劫だが、コンビニに行くことにする。

 夜道を歩きながら、先ほどの出来事について考える。あたしは、ラックたちの中の人を、槙田くんたちだと考えていた。大学生で、VRゲームの発表をするということ。ラック、ノーブル、ワイスというユーザー名に対応する、槙田幸也、白崎貴弘、相沢賢吾という本名。ここまで条件がそろえば、誰だってそう思うだろう。

 しかし、今回のことですっかり分からなくなってしまった。幽霊が苦手、というくらいなら、槙田くんにもあり得そうな欠点だ。


(でも、槙田くんは、あんなこと言わない……よね?)


 ラックが発した罵声が、頭の中を駆け巡る。あたしの知っている槙田くんは、そんなことを言う人ではない。いつでも物腰が柔らかで、あたしなんかに気を配ってくれる、誰もが認める王子様だ。

 コンビニにつき、炭酸入りのジュースを掴んでレジに並ぶ。あたしの前には、剃り込みを入れた大柄の男がいて、公共料金を支払っているようだった。タンクトップからのぞく肩には、龍か何かの入れ墨がある。ずいぶん時間がかかっているようで、男は苛立たしげに身体を揺らしている。


「なんだとコラアアアアア!」


 その男が、いきなり店員に怒鳴りだす。あたしは小さく呻いて後ろに跳び下がる。


「で、ですから、この用紙ではできないんです……」

「ハア?お前店員だろ!何とかしろよ!」


 奥から店長らしき男性が出てきて、なだめにかかる。ジュースは買えそうにない。あたしはそっと、それを戻し、大人しく自動販売機へ行く。コンビニで買った方が、少し安かったんだけど、仕方がない。一口飲んで、大きなため息をつく。


(やっぱりラックは、槙田くんじゃないな)


 あの槙田くんが、さっきの男のように、理不尽なことを言うだなんて到底思えない。しかも、ラックは黙ってログアウトまでしたのだ。そんな逃げ腰の男が、槙田くんであるはずがない。ジュースは家に帰る前に飲み干し、すぐにシャワーを浴びる。髪は腰に届きそうな長さになっていて、洗うのが面倒だ。

 部屋に戻ると、ヘッドギアのケースについたランプが点滅していた。何事かと思ったら、LLOのフレンドメールの着信を知らせるものだったらしい。今まで使ったことがなかったので、知らなかった。差出人は、ノーブルとワイス。それぞれ、今日のことを謝罪する内容だった。今回は、特に被害を受けたわけでも、違法行為をされたわけでもないし、ここまでする必要はないと思うのだが。……あたし、いや、ナオトは、彼らに相当怖がられているらしい。

 そして、ラックからのメールは、なかった。

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