23:メルティ・ゴースト

「よっしゃあああああ!」


 スケルトンキング討伐八回目にして、レアアイテムである滅びの王冠を手に入れることができた。多くの時間とリアルマネーを費やした気はするが、今日は給料日だし、心は軽い。レベルは104に上がり、新しいスキルも覚えた。ログイン時間はあと一時間残っているので、死霊の塔の11階へ上がる。


「イヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 額に赤い宝石をつけた、幽霊型のモンスター、メルティ・ゴーストが、笑いながら宙を舞っている。紫がかった半透明の身体をしており、大きさは1メートルほど。気体という設定なので、身体を剣で切ったり、槍で刺したりすることはできないらしい。


(しかしまあ、よくできてるなあ)


 メルティ・ゴーストには目と口のようなものがあり、調子よく笑っているかのように見える。人を怖がらせようというより、驚かせようという、悪戯好きな幽霊といったところか。VRお化け屋敷に行ったとき、お化けが近寄ると寒気がするという演出があったが、LLOもそれを使っているらしい。冷たいものが頬を撫でる。


「ウヒャッ!」

「おっと……!」


 あたしは慌ててメルティ・ゴーストを避ける。滅びの王冠と交換して手に入れた、稲妻のブーツはすでに装備している。これのおかげで、移動速度が格段に上がった。相手もなかなか素早いモンスターだが、今のあたしなら充分渡り合える。使ってくるのは、闇属性の攻撃魔法。そして、装備品の強化度を下げるアシッド・レイ。


「ヒュオオオオ……」


 メルティ・ゴーストが大きく息を吸い込む。これがアシッド・レイの予備動作だ。わかっていれば、回避するのは容易い。バックステップで大きく距離を取り、それをかわすと、メルティ・ゴーストを睨みつける。この顔、ちょっと可愛いなあなんて思いつつ。


「ブラスト・ショット!」


 繰り出したのは、物理攻撃。一見、幽霊型のモンスターには効きそうにないのだが、あたしは下調べをきちんとするプレイヤーである。アップデート直後は、光属性の攻撃魔法が最も有効とされていた。物理攻撃は貫通し、意味がなかったからだ。それから一週間後、額の宝石に物理攻撃を当てれば、ほぼ一発で仕留められるということがわかった。


「イヒャッ!イヒャツ!」

「ちっ、外したか!」


 わずかに狙いを逸れた矢は、メルティ・ゴーストをすり抜け、壁に当たって落ちる。弱点の宝石は、ピンポン玉ほどの大きさだ。


「にゃ~あ?」


 クロが冷やかな視線を投げかけてくる。アーチャーのくせになんで外すの!とでも言いたげに。しかし、言い訳もさせてほしい。攻撃力や素早さは、ゲーム内のステータスを上げればいいだけなのだが、命中率は、プレイヤー自身の集中力に依存するのだ。もちろん、このことは職業選択のときにわかっていた。当時のあたしは、VRゲームなのに自分自身を鍛えなきゃいけないなんて、アーチャーかっこいい!なんて思っていたのである。


(それが今では、面倒で仕方ないです!)


 もう一度間合いを取り、息を整える。


「ブラスト・ショット!」

「ウヒャヒャヒャヒャヒャ……」


 黒い煙を上げながら、メルティ・ゴーストが消えていく。最後に残った赤い宝石が、カランと床に落ちる。収集クエストの対象アイテムなので、クロにそれを回収させる。


「ご苦労さま!」

「ふにゃ~ん」

「さて、時間いっぱいまで狩りますか」


 顔を上げ、フロアを見渡す。駆け足で次の階へ向かうプレイヤーが何人かいるが、ここで狩りをしているのはあたしだけらしい。好都合だ。次の餌食を定め、駆けだそうとする。


「やめて!こないで!ぎゃあああああ~!」


 突如聞こえてきた、間抜けな男の声に足を止める。一体何なんだ。声がした方を向くと、大剣を手にしたウォリアーが、メルティ・ゴーストに追い掛け回されている。


「ラック!落ち着けって~!」

「待ちなさい、ラック!」


 その後ろを、プリーストとウィザードが走っている。……どう考えても、知り合いである。ラックは全速力のつもりなのだろうが、ぴったりとメルティ・ゴーストにつかれている。恐らく彼は、素早さを上げていないのだろう。VRゲームでステータスを上げると、本来の自分以上の能力を出せるのは、当然のことだ。そして、ステータスを上げないと。その逆転現象が起こる。中の人がプロのスプリンターであっても、素早さのステータスを上げない限り、LLO内で速く走ることはできない。


「来るな、来るなあああああ~!」


 そしてラックは、真っ直ぐあたしの方に向かってきている。必死の形相で。


(お前こそこっち来るなあああああ!)


 メルティ・ゴーストを仕留めてやろうかと思ったが、ラックが邪魔で宝石が見えない。ノーブルとワイスは、あたしの存在に気づいていないようだし、無視して立ち去ることにした。厄介ごとには、巻き込まれたくない。くるりと背を向けた途端、ラックが叫ぶ。


「ちょっと!ナオトさん!ナオトさんでしょ!あんた強いんだからこいつ何とかしろよ!助けろよオイ!無視するんじゃねぇよコラアアアアア!」


 彼の口から出たとは思えない、信じられないセリフがあたしの耳に届いた。

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