22:敬語禁止令

 一人でご飯を食べることには慣れている。カフェはもちろん、ラーメン屋にも行けるし、この前は回転寿司屋へ行った。焼肉屋はまだだが、それは単に料金が払えないからである。ここ数年で、牛肉はすっかり贅沢品になった。昔みたいに、肉の食べ放題があれば、たった一人で黙々と肉を焼き続けていることだろう。

 誰かとご飯を食べることには慣れていない。だいたい、あたしは料理を決めるのが遅い。低カロリーが売り文句のパスタ屋で、三人のイケメンに囲まれたあたしは、メニューを必死に読んでいた。


(き、決まらない……!)


 グループ発表の相談をする前に、昼食を採ろうと言いだしたのは白崎くんだった。そして、槙田くんがこの店を指定したのだが、大学の近くにこんな洒落た店があっただなんて知らなかった。ランチメニューの選べるパスタは五種類もあり、あたしだけが決められていない。


「え、えっと……」

「急がなくていいよ、俺たちが決めるの早いだけなんだし」


 槙田くんがそうフォローしてくれるが、そうやって助けてくれること自体、申し訳ない気分になる。結局、一番上に書かれている、きのこと水菜のパスタにした。


「相沢、一口くれよ~」

「お前の一口は、一口じゃないから嫌だ!」


 相沢くんと白崎くんは、向かい合ってフォークをがちゃがちゃといわせている。白崎くんが、トマトソースのかかった大きなエビをかっぱらったので、相沢くんが叫ぶ。この二人、けっこう仲がいいらしい。それこそ、腐った心を持った女子の餌食になりそうなくらい。……あたしは喪女だが、そちらの趣味はないので、至って冷静に彼らを眺めている。

 この二人がセットで座っているということは、あたしの正面にいるのは、完全無欠の大学生・槙田くんだ。彼の顔を見られる勇気がないので、あたしはずっと下を向いている。水菜の筋まで数えられるくらいに。


「この前さ、鈴原さんも一人っ子だって言ってたよね」

「あ、はい」


 横の二人がじゃれあっているので、槙田くんはあたしに話しかけるしかないらしい。あたしは下を向いたまま返事をした。


「きょうだいって欲しい?」

「いや、あんまり……」

「俺は女きょうだいが欲しくってさ。小さいころ、妹を産んでくれって言って、母親を困らせたよ。まあ、一人でよかった、って思うことも無くはないんだけどさ」

「う、うん」


 雑誌にも載るような人が、懸命に話しかけてくれているのに、気の利いた返事ひとつできない自分が情けない。せっかく、唯一の共通点である「一人っ子」というテーマを挙げてくれているのに。


「やっぱり、一人娘だと門限が厳しかったりする?」

「うちは、そんなことないです。親も、帰ってくるのが遅いんで」

「そうなんだ。放課後って何してるの?」

「あ、うんと、まあ、色々です」


 色々というのは、スケルトンキングを倒したり、強化素材を集めたりという意味だが、嘘は言っていない。それにしても、槙田くんはどうしてそんなことを聞いてくるんだろう。話す話題が無いのなら、無理してあたしのことを聞かなくても、課題のことでも話せばいいのに。


「っていうかさ、鈴原さん敬語使わなくてもいいんだよ~?」

「あ、オレもそれずっと思ってた!」


 パスタの取り合いを終えた二人が、あたしに話しかけてくる。


「ご、ごめんなさい」

「いやいや、責めてるわけじゃなくって」

「ただ、同じ学年だし、気を遣わなくてもいいのにって思ってただけ」


 あたしにとって、相沢くんと白崎くんの方がまだ、喋りやすい。二人が話しかけてきてくれたことに、内心ほっとしている。


「あれだな。だいたい、おれたちがさん付けで呼んでるから、よそよそしいんだよ」

「なるほど!」

「え、えっと……」

「鈴原さんの下の名前って何だっけ?」


 そんなこと、生まれてこの方ほとんど聞かれたことがない。あたしはまごつきながら答える。


「雪奈、です」

「じゃあこれから雪奈ちゃんと呼ぼう!」

「了解!」


 いやいやいやいや!なんでそうなる!相沢くんと白崎くんは、すっかり納得した様子だ。びくびくしながら、槙田くんの顔色をうかがう。彼にまで下の名前を呼ばれてしまえば、たまったもんじゃない。


「雪奈ちゃんか。俺の名前と音が似てるね」

「は、はあ……」


 そういえば、この人は幸也くんだっけか。


「俺たちって、けっこう似てるところ多いね、雪奈ちゃん」

(やめてくれえええええ!)


 槙田くんの王子様スマイルに、パスタが喉に詰まりそうになる。それから、あたしには敬語禁止令が出され、昼食代のお支払いは男三人が割り勘することになった。絶対に払うと食い下がったのだが、男のプライドだか何だかで許してくれなかった。

 あたしたちは大学の談話室に行き、レジュメの修正を手早く済ませた。お約束通り、女の子たちの視線攻撃に遭ったのだが、日に日にそれが強くなっている気がする。でも、発表さえ終わってしまえば、あたしと彼らの接点は無くなるのだ。早く平穏な日々が訪れるよう、あたしは祈った。

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