16:図書館自習室

 大学の図書館へはたまに足を運ぶ。家にいると、ゲームをしたくなるので、自習場所として有り難く使わせて頂いているのだ。うちの大学には図書館が二つあり、古書や論文集

があるのは別館と呼ばれている。貴重な紙媒体の資料ばかりなので、取り扱い方法を受講した生徒にしか、入館は許されない。そういった理由があるので、こちらには人が少ない。入学前に、その情報を聞いていたので、あたしは入学後すぐに講習を受けた。人の少ない場所を探すのは、喪女の習性だ。


(う~ん、快適)


 授業もアルバイトもない休日、こうして別館に閉じこもるのが好きだ。自習室の席は、入館者が少ないからすぐに取れる。しかも、こちらにいる生徒は、きちんと勉強している人たちばかり。普通の図書館にいる生徒は、そこを仮眠室や談話室と取り違えており、非常に鬱陶しい。講習は三度に渡って受ける必要があり、面倒だったが、この静けさが手に入るのなら安いものだ。今日はミクロ経済学の復習をしている。もうすぐ、小テストなのだ。

 正直、経済なんて興味がない。苦手な計算もしなくちゃいけないし、あたしには不向きな学問である。初めは、文学部に行きたかった。でも、神戸のおばあちゃんにこう言われたのだ。


「文学部なぁ。ばあちゃんもそうやったけど、就職困るかもしれへんで。ばあちゃん、大学出たら普通に就職できるって思ってたんやけど、リーマンショックが起こったからねぇ」


 後になって、おばあちゃんは新卒で就職できず、職を転々としたと父から聞いた。あたしはそれが嫌で、今の学部を選んだのだ。だが、入学してから神戸に行ったとき、今度はこう言われた。


「なんか、胡散臭い名前の学部やなぁ。何の勉強しとうかようわからへんわ。ほんまに役立つんか?」


 おばあちゃん!そんな無責任な!あたしは半泣きになったのだが、別に経済系の学部を勧めたわけではないと反論され、あたしは黙り込んだ。こうして今、二次方程式に四苦八苦しているのも、全て自分のせいなのだ。


(LLOの下調べしたいなぁ……最速ボス攻略サイトはもう更新したかな。ああ、気になる)


 ペンを動かしながらも、考えるのはLLOのことばかり。そんなあたしの脳内に、黄色い声が乱入する。


「ホントだ、こっち空いてる~」

「な?講習受けてよかっただろ?」



 声のする方を睨むと、でっかいリボンを髪にくくりつけた女と、サングラスをかけた男がいちゃついている。こんなバカそうな風貌でも、受験して大学に受かったのだから始末が悪い。自分で言うのも何だけれど、うちの大学は、けっこう優秀なところなのである。


「でも、臭くない?」

「紙の臭いだろ。我慢しろよ」


 彼らはぴったりくっついて椅子に座ると、何をするわけでもなく、しょうもないことばかり話している。男は女の髪を触り、女は男の頬をつつく。こいつらは、ベタベタするためだけに講習を受けたらしい。人気のない場所を好むのは、カップルの習性でもあったのか……。腹の底から怒りが込み上げる。あたしが一番嫌いなのは、若いカップルだ。公衆の面前でいちゃつく、バカなカップルだ。


(ここは勉強する場所だっつーの!)


 そう思いながら睨み続けていると、女の方と目が合う。彼女はあたしの顔を細目で見て、鼻で笑う。地味で不細工なお嬢さん、何かご用かしら?とでもいうかのように。


(こいつ……!)


 照準を合わせ、むかつくリボンのついた頭に矢を打ち込む。こいつはザコだろうから通常攻撃で十分だ。続いて男のサングラスを狙う。今度の矢は二本だ。それぞれの矢が、レンズの中心に綺麗に当たる。バカップル、撃破!……心の中で。

 しばらくは、彼らをスルーして勉強を続けるつもりだったが、どうにも集中できなかった。他の皆さんは、何食わぬ顔で本に目を落としている。あたしのスルースキルもまだまだらしい。遂には飲食をはじめたので、あたしは荷物をまとめ、受付の職員にそれを告げ口して外に出た。ここは飲食禁止なのだ。破ればしばらく出入り禁止になる(これって講習の一番最初に言われることなんだけど)。


「勝った……!」


 よく澄んだ青空の下、小さい声でそう呟いてみたが、むしろ虚しくなった。結果的には、あたしの方が先に出たわけだから。すっかり勉強のやる気をなくしたあたしは、とぼとぼと家路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る