17:武器強化

 今日は、厄日なのか。バカップルに負けて帰宅した後、情報収集してからLLOにログイン。装備を整えるためアミエンの町へ行くと、またもや似たようなのと出くわした。


(気持ち悪っ……!)


 ベンチに腰掛けた一組の男女が、うっとりした様子で互いの顔を見つめている。ウォリアーの男は、ウィザードの女の太ももをなでくりまわしている。会話はしているようだが、フレンドチャットなので端から見るとテレパシー状態。それがさらに気持ち悪さを増す。アミエンは、赤いレンガ作りの家が特徴的なほのぼのとした町で、彼らのような存在はまったくもってミスマッチである。


(だいたい、そういうのは裏VRでやれ!)


 違法ではあるが、仮想空間内で、その、アダルト的なアレができるゲームは存在する。裏VRと呼ばれ、取り締まりの対象だが、合法やら脱法やらが出てきて手のつけられない状態らしい。遠距離恋愛中のカップルから、性病の心配がない風俗として利用する者まで、幅広い人気があるそうな。いちゃつくならそこでしてください。

 男は女の頬に両手をあて、何やら囁いている。他のプレイヤーも、怪訝な目で彼らを見ているが、本人たちがそれを気にする様子はない。男はじっと、女のぱっちりしたエメラルドグリーンの瞳(あれは、デフォルトにない課金アイテムだ)を見つめている。彼の世界は、彼女一色に染まっているようだ。よくよく女の足を見ると、がばっと大股開きをしている。太ったおっさんが、電車でああやって座っているのを、よく見る。


(中の人は……)


 考えないでおこう。

 あたしは彼らを避け、遠回りして武器屋へ行く。矢の補充と、弓の強化をするためだ。死霊の塔で新しい強化素材を手に入れたので、それを試してみる。


「いらっしゃい!今日はどうするんだい?」


 武器屋兼鍛冶師のNPC、アミエンのゴメルツは、黒いひげをわんさか生やした恰幅のいいおっちゃんだ。キャラクターを考えるのが面倒だったのか、ゴメルツというのは一族の名という設定で、各町に色違いの彼がいる。服や髪とひげの色が少しずつ違うのだが、その内ネタが切れて、ピンク色のひげをしたゴメルツが出てきそうで心配だ。彼は強化が失敗すると、悪びれる様子もなく豪快に笑うので、ゴミルツの蔑称で呼ばれることがある。


「武器の強化」

「どれを強化するんだい?」

「蒼天の弓」

「素材は何を使う?」

「ガーネット」

「補助アイテムは使うかい?」

「オルディアの加護」

「よしわかった!兄ちゃん、ちょっとそこで待ってな」


 ちなみにオルディアの加護というのは、強化の成功率を上げる課金アイテムである。LLOでは、武器本体が壊れることはないが、強化素材は確実に失われ、強化度がランダムで下がってしまう。運が良ければ1だけで、最悪は15だ。愛用の弓は、攻撃力をプラス60上げており、なるべく失敗したくない。

 あたしは武器屋内の椅子に足を組んで座り、今後の攻略計画を練る。ボスのリナリアを倒したという報告はまだないが、17階までの情報は手に入った。死霊の塔という名の通り、上部にはゴースト系のモンスターがいるらしい。デザインは、よくある洋風の幽霊らしいが、音声がよくできているとのこと。引きつった邪悪な笑い声が、かなり怖いと評判だ。小さいときに、遊園地のVRお化け屋敷に行ったことがあるが、あんな感じなのだろうか。あたしは心霊現象とかホラー映画が好きなので、むしろ歓迎である。

 なんとなく、フレンドのログイン状況を確認する。ラックとノーブルだけがログインしており、ワイスはいない。


「がははははは!済まねえな!失敗だ!」


 ……課金アイテムを使っても、失敗はある。彼の笑い声がトラウマになったという人もいるが、あたしは心が広い。なあに、もう一度挑戦すればいいさ。あたしはゆったりとした気持ちで、どれだけ攻撃力が下がったか確認する。マイナス15。


(ゴミルツぅぅぅぅぅ!)


 最悪の下がり具合じゃないか!ひげを掴んで引きずり倒したい気分になったが、ナオトであるあたしはクールを装う。


「……武器の強化」


 強化素材のガーネットはまだいくつかある。せめて、下がる前の数値にしないと引くに引けない。

 今日は、厄日だ。

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