37.孤島の楽園

 よもや生きている間に、こんな光景を目撃できようとは思ってもいなかった。


(ひょっとしたら俺はファラオとの戦いで死んでいて、今いるのは死後の世界……なのかもしれない)


 そんなことを思ってしまうほどに、すばらしい光景だった。


 氷室家の所有する島にやってきて二日目。

 俺たちは砂浜へと繰り出していた。

 島自体が氷室家のものなのだから、砂浜は当然プライベートビーチということになる。


 だが、この際、ビーチについてはどうでもいい。


 ビーチに立つ、少女たちが問題だった。

 金髪碧眼の美少女は、スタイルのいい身体にエメラルドグリーンのビキニをまとい。

 つややかな長い黒髪の美少女は、黒いビスチェ型のビキニを身につけ。

 小柄なショートカットの美少女は、白地に花柄の、パレオ付きのワンピースを選び。

 褐色の肌とアメジストの瞳の美少女は、薄水色のキャミソールとショートパンツ型の水着を着ている。

 昨日もダイビングをしているが、あの時はダイビングスーツだったからな。いや、あれはあれでいいものだが。


「ちょ、目が怖いですよ!」


 莉奈が頬を赤くして言った。


「す、すまん」

「ふむ。時間をかけて選んだ甲斐があったようだな」

「どうも恥ずかしいですね」

「み、みなさん大胆です……」


 アリス、千草、パトラが、それぞれ照れを見せながらそう言った。


「よかった。莉奈がスク水を着てくるとか、そういう発想に至らないで」

「正直かなり迷いましたが、プライベートビーチとは聞かされていかなかったので一般的なものを選びました」


 アリスのサプライズに感謝である。


「そうじろじろ見られてはさすがに照れる。さっそく遊ぶことにしよう」


 アリスが言い、波打ち際へと歩いていく。


「ビーチは遠浅ですが、あまり遠くまでは行かないようにしてください。監視員などはいませんので」


 千草の注意を聞きつつ、俺たちは透明な海へと向かう。





「鈴彦! 行くぞ!」

「はい!」


 アリスの上げたトスに合わせ、俺はネット際で大きくジャンプする。

 全力でスパイク。

 向こうのコートにいる莉奈はボールから逃げ、千草はスパイクを真っ向から受け止めた。


「莉奈!」

「そぉい」

「はッ!」


 莉奈のトスに、千草がスパイクを合わせる。

 女性としては高い身長を、弓なりにしならせて放ったスパイクは、見事に俺とアリスの中間点を撃ち抜いた。


「くそっ。やるな」


 アリスがうめいてボールを拾う。


 水打ち際でひとしきり遊んだ俺たちは、今はビーチバレーをやっている。

 チーム分けは、試行錯誤の結果、アリスと俺のチームと、千草と莉奈orパトラのチームに落ち着いた。

 五人の中では千草が図抜けて強く、時点は俺かアリス、大きく落ちてパトラ、莉奈の順である。実質的に、圧倒的な実力を誇る千草に対して、俺とアリスのコンビでいかに食い下がるかというゲームになっていた。


 運動音痴の莉奈も、なんとかトスくらいは上げられている。

 と思いきや、


「addi:batik」


 千草のスパイクに合わせて莉奈が魔法を使ってきた。


「おおいっ!」


 俺はあわててパイルバンカーを生み出し、魔法で帯電したバレーボールをレシーブする。


「ちっ。外れましたか」

「ボールに雷を付与するのはやめろ!」


 パイルバンカーは電磁式なので俺に雷を通すことはない。雷撃限定ではあるが、簡易的な盾としても使える。


 俺が莉奈につっこんでる間に、アリスがクイックスパイクを決めていた。

 アクシデントを逆用しての速攻に、さすがの千草もレシーブが間に合わなかったようだ。


「ふぅ。そろそろ昼飯にしようか」


 アリスが言う。


「そうですね」


 千草が言って、浜辺に置かれた荷物に近づく。

 ビーチパラソルの下に、いくつものクーラーボックスが置かれていた。その隣にはバーベーキュー用のコンロがある。


「お昼はバーベキューですか。わくわく」

「ばーべきゅーというのは何ですか?」


 よだれを垂らしそうな顔の莉奈に、パトラが聞く。


「屋外でいろんな食材を焼いて食べるんですよ」

「莉奈、しゃべってないで少しは手伝え」

「はいはい、ただいま」

「わ、わたしも手伝います」


 なにせ、島には俺たちしかいないので、食事の準備もすべて自前である。

 島にある別荘の大型冷蔵庫には、三泊分の食材がぎっしりと詰め込まれていた。


 やがて、俺たちしかいない浜辺に、美味しそうな匂いが立ち込める。


 俺たちは紙皿にそれぞれの分を取り、


「「「「いただきます」」」」

「い、いただきます……」


 俺は手にしたトウモロコシにかじりつく。


「うん、うめえ!」


 ほぼ焼いただけだというのに、どうしてバーベキューというのはこんなにもうまいのか。

 俺以外のみなも、運動して腹が減っていたのか、ただ黙々と食べている。


「は~、こんなに幸せでいいんでしょうか」


 と、肉ばかり食ってる莉奈が言った。


「これが俺の人生のピークなんじゃないかと怖くなるな」

「鈴彦の人生のピークは間違いなくここですよ。水着美少女に囲まれて絶海の孤島のプライベートビーチでバーベキュー。何百回時間をループさせても入ることのできない特殊ルートなんじゃないでしょうか」

「……否定はできないな」


 申し訳なさで自爆したくなるほどのリア充っぷりだ。

 もっとも、せっかくの機会に本当に自爆する気なんてさらさらない。

 世界数億の男が俺のことを妬み、月のない晩には気をつけろと呪っているとしても、俺は今の幸せを手放すつもりにはなれなかった。


 俺が遠い目をしていると、


 ――クリュアーン!


 紺色のアビシニアンが鳴いた。


「おお、ルアン。おまえも食うか」


 猫って、バーベキュー食っていいんだろうか。

 いや、それ以前にこいつは猫なんだろうか。

 俺は網から肉を適当に取り、少し冷ましてから地面に置いてやる。

 ルアンががつがつと肉を食う。

 プレデスシェネクのスフィンクスも、この世の楽園を謳歌しているようだった。


 昼過ぎからはバナナボートで遊んだりしたが、さすがに莉奈やパトラの体力が尽きたので、やや早めに別荘に戻ることになった。





 千草お手製の夕ご飯の後、俺たちはゲームで盛り上がっていた。

 莉奈が持ち込んだ、新型の携帯・据え置き両用ゲーム機を、リビングの大型テレビにつないだのである。

 莉奈は夕飯前、ルアンを抱きながらソファにもたれかかって眠っていたおかげで、体力をやや取り戻したらしい。あるいは、夜になると昼には入らないスイッチが自動で入るタイプなのかもしれない。


 爆弾魔が時間制限付きのデスマッチをするという古典的なアクションゲームを皆でプレイする。


 が、いかんせん莉奈が強すぎる。


「提案だ。同盟を組もう」


 アリスが、莉奈以外の三人に言った。


「戦術面では莉奈に敵わないので、同盟という大戦略で立ち向かうということですね」


 千草がそう解説するが、要は敵わないからみんなでやっつけようということである。


「ふふふ……その程度で莉奈に勝てると思ったら大間違いですよ」


 莉奈はまず、爆弾を交差路に順番に置いていく。

 そして、ブロックの陰に隠れた俺の前に、横から爆弾を蹴り込んでくる。


「うわっ、やられた!」


 あんなん避けられるか。

 デスマッチから脱落した俺は、ステージの周囲を動くお邪魔キャラと化す。

 死者は、ステージの外から爆弾を投げ込むことができるのだ。


「鈴彦、やれ!」


 アリスが莉奈を角に追いつめ、爆弾を並べる。

 ブロックの陰に隠れた莉奈の位置は、外から爆弾を投げ込めば殺せる場所だ。

 俺はすかさず爆弾を投げ込む。


「ふっ! 甘いですよ! 秘技・爆弾人身御供ひとみごくう!」


 莉奈は、爆炎の吹きすさぶ通路に飛び出すと、あろうことか自分で爆弾を設置する。

 爆弾は爆炎を浴びると誘爆する。

 が、誘爆にはコンマ秒以下のラグがある。

 その時間を生かして、莉奈は爆炎の嵐から逃げおおせてしまった。


「なんだとっ!」


 驚くアリスに、莉奈が爆弾を投げつける。

 頭に爆弾をぶつけられ、アリスのキャラが「イテッ!」と爆弾魔らしからぬ悲鳴を上げた。

 その隙に莉奈がアリスに爆弾を蹴り込み、最初の爆弾と今の爆弾でアリスを通路に閉じ込める。

 爆弾をキックできるアイテムを拾っていなかったアリスが爆死する。


「さあ、残るは千草とパトラちゃんだけですよ!」

「くっ!」

「ひっ!」


 千草とパトラ、死者となった俺とアリスは反莉奈で力を合わせるが、及ばない。


「お昼の借りは返しました!」


 負けず嫌いの莉奈が、そう勝利を宣言した。

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転移したうちの生徒会が強すぎる件 天宮暁 @akira_amamiya

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