36.夏の旅行

 夏休み、である。


 プレデスシェネクのある世界の地上が危機的状況にあろうと、白陽学園は例年通りの夏休みを迎えている。

 三回目の転移はこちらでタイミングを選ぶことができたので、面倒な事後処理はせずに済んだ。外面的には、氷室家に一泊お泊りしただけということになる。


 転移の前に、アリスが、「海外に行っていたことにすればいい、なんなら実際行ってもいい」というようなことを言っていた。

 莉奈はそのことをしっかり覚えていて、生徒会での海外旅行を主張した。


 が、そのプランには二つの問題があった。


「いや、俺、海外行けるような金ないから」


 俺は、氷室家の応接室で、三人に言う。


 お嬢様であるアリス、その従者としての給料をもらっているらしい千草、何やら資産運用でひと財産築いてるらしい莉奈。

 対する俺は、普通の高校生である。

 これは、俺に甲斐性がないというような話じゃないはずだ。

 たいていの高校生は、海外旅行に行けるような資金なんて持ってない。

 せいぜい、親の金で連れて行ってもらう程度だ。それだって、親にそれなりの金があるという条件がつく。

 うちの両親は冒険家と画家だ。そのふたつの商売でまがりなりにも生計を立てているのだから大したものではあるが、仕事から想像される派手さとは異なり、家計は結構苦しかったりする。だから、親に資金を融通してもらうというのも考えられない。


「莉奈がお金を出してあげましょうか? その代わり、向こうでは莉奈の奴隷になってもらいますけど」

「いくら海外行きたいからってそんな条件が呑めるか!」

「では、わたしが出そうではないか」

「まだ高校生なのに、先輩にお金を出してもらって旅行なんてできませんよ」

「気にしなくていいのだぞ? わたしにとっては大した負担ではない。せっかくの旅行なのに役員が揃わないことの方が残念だ」

「ひと夏の経験(意味深)、プライスレス」

「カッコ意味深とか口で言うな」


 まぜっかえす莉奈にそうつっこむ。


「お嬢様とわたしと莉奈で折半するというのはどうでしょう?」


 千草が言う。


「なんかヒモみたいな気分になるから嫌です……」

「わたしの家で一週間ほどアルバイトでもするか? その報酬として海外旅行の資金を出そう」

「う、うーん……」


 落とし所……なのか?


 俺が決められずに悩んでいると、部屋にパトラが入ってきた。


「どうしたのですか?」


 と、パトラが俺に聞いてくる。


「いや、海外旅行に行きたいって話をしてるんだけど、俺だけ金がなくてな。……って、そうだ、パトラの問題があるじゃないか!」

「「「あっ」」」


 俺の言葉に、三人娘が声を上げる。


「パトラにはパスポートがないから海外には連れ出せないんじゃないですか?」

「そう……だな。わたしの使える手段では、パスポートなしに入出国させるのは難しいな」


 まるで氷室家が本気になればそのくらいできると言わんばかりだが、聞かなかったことにする。いや、したい。


「国内線はどうなんです?」


 と、なんとなくそういうのに詳しそうな千草に聞く。


「一部の空港では身分証を確認しますが、確認しない空港の方が多いですね。パトラも問題なく乗れるかと」

「沖縄旅行くらいなら、貯金を崩せばなんとかなると思います」


 貯金をはたくことになってしまうが、俺としてもこのメンバーで旅行に行ってみたい。

 俺は二年だが、アリスと千草は三年だ。つまり、アリスと千草にとっては高校生活最後の夏休みであり、俺たちと一緒にいられる最後の夏休みなのだ。


「そうか! ならば沖縄だな!」


 アリスが言って、スマホを取り出し、どこかに電話をかけ始める。

 しばらくしてアリスが電話を切る。


「よし、決まったぞ。沖縄四泊五日の旅だ!」

「やったー!」


 と両手を上げて喜んだのは莉奈。

 対して俺は、


「よ、四泊ですか?」

「四泊中三泊は、氷室家の別荘を使う。そうすれば、一泊二日分の旅費で済むだろう?」

「そ、それは助かりますが」

「なんだ、不満なのか?」


 アリスが少し不安そうに聞いてくる。


「いえ、とんでもない」


 親に説明するのが面倒なだけで、俺としてはまったく異議はない。


 というわけで、生徒会での沖縄四泊五日旅行が決行されることになった。





 その話を家で母と妹にする。

 母は、「好きにしなさい。いいわね、沖縄」と、案外あっさり認めてくれた。さすが、冒険家の夫を持つだけはある。そりゃ、突然南極に行くとか、アマゾン(通販サイトではなく南米の密林の方)に行くとか言い出す親父と比べれば、沖縄旅行なんて子どもの遠足みたいなものだろう。

 妹――鐘那は、


「ずっるーい!」


 と、案の定激おこである。


「わたしも沖縄行きたいよー!」

「行けばいいだろ、友達と」


 稲垣さんは最近遊びに来る頻度が増え、俺とも挨拶を交わすようになっていた。


「兄貴……まさか、あの美少女揃いの生徒会で行くわけ?」

「……まあな」

「何その話。詳しく」


 母が無駄に食いついてきた。

 鐘那、母さんの前でそんな話をするなよ。


「じゃあ、お目付け役としてわたしも連れてってよ」

「なんで好き好んでお目付け役を連れてかなくちゃならないんだよ」


 俺はそう言って妹の懇願を却下する。

 アリスに妹も行きたがってたなんて言ったら、マジで「それなら連れてこい」とか言われそうだ。絶対に口を滑らせないようにしなくちゃな。


 ともあれ、俺は母と妹の追求をなんとか逃れ、沖縄旅行の許可を取り付けたのだった。

 え? 父さん? あの人は今アマゾンにいるよ。マジで。





 キーンと飛んで、俺たちは那覇空港に到着した。

 飛行機に乗り慣れてるらしいアリスと千草とは違い、俺と莉奈はけっこうはしゃいでいたが、フライト自体はあっという間だった。なお、パトラは飛行機が怖かったらしく、始終震えていてかわいそうだった。


「こっちです」


 と、なぜかツアコンのようになってる千草が俺たちを車へと案内する。

 いつものリムジンが来たらどうしようと密かに思っていたのだが、今回は普通のワゴンである。


 初日は那覇市の周辺を見回り、市内のホテルへ。

 首里城をはじめとする史跡を巡り、千草の観光ガイド顔負けの解説を聞いた。


「こんな壮麗な宮殿があったんですね……プレデスシェネクでは想像もできません」


 解説をいちばん真剣に聞いていたのは間違いなくパトラだろう。

 こないだ買ってもらったスマホで、あれやこれやをこまめに撮影している。


 ホテルは俺の財布に気を使って、中堅どころにとどめてくれたらしい。いや、十分いいホテルだったけどな。高校生にして贅沢が身についてしまわないか不安になってしまうくらいだ。パトラも同感らしく、嬉しいけど怖いという複雑そうな顔をしていた。


 二日目は遠出してちゅら海水族館を堪能する。

 昼には本場のゴーヤチャンプルーを食べて、午後はスキューバダイビング。


「お、溺れるっ」

「おい、前からしがみつくな、俺も溺れ……っ」


 運動神経ゼロの莉奈に巻き込まれ、俺まで溺れそうになったが、透明度の高い海とカラフルな魚たちを堪能した。


「今日からはどこに泊まるんです?」


 俺がアリスに聞くと、


「ふふっ。それは着いてからのお楽しみだ」


 ……嫌な予感しかしない。


 俺たちの乗るワゴンは、小さな飛行場へと到着した。

 千草に案内されて滑走路へ。

 そこには一機のセスナが止まっていた。


「我が家のプライベート機だ」

「マジっすか」


 むしろ、ジェット機が止まってなくてよかったかもしれない。


「これでどこに行くんです?」


 莉奈が、わくわくした顔でアリスに聞く。


「この近くに、氷室家の所有する島があってな。これから三泊、その島でゆっくりすごす予定だ」

「ひゃっはー! 絶海の孤島! プライベートビーチ!」


 莉奈が壊れた。

 いや、こいつはいつも壊れてるか。


「ま、また飛ぶんですか?」


 と、パトラは顔を青くしている。

 空の上にあるプレデスシェネクで生まれ育ったというのに、飛行機が怖いというのも変な話だな。


(高校生らしい旅行を……と思ってたんだけどな)


 ことここに至ってはあきらめるしかないだろう。

 もちろん、俺だって嫌なわけじゃない。

 むしろ、さっきから顔がにやけて困るくらいだ。


 そんなわけで、俺たち白陽学園生徒会は、氷室家所有の島に逗留することになった。

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