35.尋問

 共和国の女将カルメンは、ピラミッドの奥まった場所にある部屋に、見張り付きで閉じ込められていた。

 部屋は一応、上等なものだ。万一貴人だった場合、共和国との外交関係がこじれる可能性があるからな。


 俺たちが部屋に入ると、カルメンはベッドに腰かけたまま、俺たちをきっと睨みつけた。


 そして言う。



「くっ……殺せ!」



「」

「おい莉奈、無言で何かを訴えるのはやめろ」


 俺は空カッコのセリフを発するという器用な芸を身につけた莉奈にそうつっこむ。


 改めてカルメンに目を向ける。

 カルメンは魔鎧を剥ぎ取られ、黒い薄手の鎧下だけという格好だ。

 想像以上にスタイルがいい。

 鎧を着せておくのがもったいないくらいだ。


「鈴彦が、『捕虜なんだからこれからどんな目に遭うか想像できるだろ、ぐへへ』みたいな目をしてますが、今のところその予定はないので安心してください。今のところは、ですけど」


 莉奈がカルメンに言う。

 い、いや、そんな目してないって!


「なんなのだ貴様らは……」


 カルメンが歯を噛んで言う。

 

「『貴様らに、共和国の動く城壁、赤い蠍カルメン・ダーシュイシュトスを倒すことなど不可能だ』」

「ぐっ……」


 莉奈が抑揚まで器用に真似て、カルメンの最前のセリフを口にする。


「『くくっ……歯向かうか。よかろう、貴様らを殺し、その返り血で、この鎧をさらに赤く染めることにしよう』」

「やめろぉっ!」


 莉奈の言葉責めに、カルメンが煩悶する。


「なんだ貴様らは! 敗者である私をあざ笑いに来たのか!?」

「ぶっちゃけて言うとその通りです。あれだけ大言壮語したのに瞬コロコロされちゃって、一体今どんな気持ちでいるんです? ふひゃひゃひゃひゃ!」

「ぐぅぅぅっ!」


 カルメンが拳を握りしめる。

 その動きに、部屋に立って監視するプレデスシェネク兵が槍を構える。

 カルメンはいまいましそうに拳を解いた。


 カルメンに、アリスが言う。


「われわれは単に知りたいだけだ。地上では今、何が起きているのかをな」

「……話さない、と言ったらどうする?」

「おまえがわたしの立場だったら取るはずの手段を取るだけだ。わかるだろう?」


 カルメンが沈黙する。


「何も、最初から機密情報を吐けなどと言うつもりはない。ごく一般的なことからで結構だ。なにせ、このプレデスシェネクには地上の情報がまったくないのだからな」

「私が嘘を教えるかもしれないぞ」

「他にも捕虜はいる。だいぶ数は減ったが、帝国の飛甲兵の捕虜も残っている。万一話を突き合わせて矛盾が出たら……まあ、ひどいことになるだろう」


 カルメン、再び沈黙。


「……いいだろう。話したところで、おまえたちにはどうしようもない話だからな」

「どういうことだ?」

「シャルデハーン帝国の支配する盆地に、われらネフィロム共和国が攻め入ったのは、半年ほど前のことだ。ドサール峠を踏破し、盆地に橋頭堡を確保したわれらは、その勢いのまま帝国の領土を蚕食さんしょくしていった。やがて、帝国は帝都を残すのみとなった。帝都は今、共和国軍に包囲されている」

「……ちょっと待ってください」


 莉奈がそう言って、荷物からノートパソコンを取り出した。

 カタカタと音を立てて、カルメンの証言を打ち込んでいく。

 カルメンが、ノートパソコンを不審そうに見る。


「なんだ、それは?」

「おまえには関係のないことだ。続けろ」


 アリスがカルメンの疑問を封殺する。


「……ふん。共和国は帝都を包囲したが、帝都は落ちそうで落ちていない。帝都には幾重にも隔壁つきの城壁が張り巡らされている」

「隔壁の維持には魔力が必要だろう。帝都には、そんな規模の魔力の蓄積があるのか?」


 以前、帝国のビートル兵は、プレデスシェネクのマナ重合体を見て驚いていたな。

 帝都にそんなにも魔力があるというのは違和感がある。


「そんなはずはないのだがな。シャルデハーン帝国は砂漠に住む騎馬民族が集ってできた国だと聞く。大昔には英雄的な魔術師がいたというが、その魔術師が追放されて以来、帝国の魔法研究は低いレベルに留まっている。せいぜい、飛甲兵が目立つ程度だな。それすらも、共和国の研究レベルから見れば稚拙なものだ」

「帝国が共和国にいいように侵略されたことを考えれば、その通りなのだろうな」


 アリスがうなずく。


「なぜ、共和国は帝国に侵攻したのだ?」

「住む土地がないからだ」

「住む土地が……ない?」

「われらの祖国は、南から突如押し寄せてきた蚊と、未知の流行り病によって人の住めぬ土地となった。笑えるだろう? われらが最強の魔甲兵といえど、押し寄せる蚊には勝てぬのだ。われらの総帥は、国を挙げての北行ほっこうを決断した。北には、山があり、山を超えると盆地があった。そして、その盆地には帝国があった」

「移民として受け入れてもらうことはできなかったのか?」


 俺が聞く。


「移民だと? とんでもない。数十万もの民が一斉になだれこむのだ。帝国としてはそれを唯々諾々と受け入れるわけにはいかないだろう。帝国は兵を出して国境を封鎖した」

「移民というよりは難民……いえ、むしろ民族大移動に近いですね。地球でも、寒冷化に伴って古代のヨーロッパで民族の大移動が起きています」


 莉奈がパソコンを打ちながらそう補足する。


「われわれは生き延びるために、帝国への侵攻を決意した。そして、われらはそれを成し遂げつつある」

「蚊はどうなのだ? 帝国にまで侵入してくることはないのか?」

「詳しくはわからないが、蚊が確認された最北の地点は、盆地の手前だ。おそらくは気温が関係しているのだろう」

「マラリアを媒介するハマダラカと同じですね」

「マラ……?」

「いえ、こちらの話です」


 莉奈が冷たくそう返す。


「帝国と共和国は相容れない。なぜなら、盆地はその大半が砂漠で、耕作地が限られているからだ。盆地が養える口の数は決まっている。それはおそらく、元の帝国の人口と等しいはずだ。流れ込んだ共和国の人口の分だけ、盆地では食糧が不足する計算になる。今年の冬は、帝国であれ共和国であれ、大変な飢饉が起こるだろう」


 地上の状況は、とんでもなく悪いようだ。

 なお、この世界の季節と日本の季節は大体一致している。今俺たちは夏休みだが、この世界も夏を迎えているらしい。プレデスシェネクにいると、外の気温を感じる機会がないので、あまり季節がわからないのだが。


「飢饉の前に帝都を落とさねばならぬ。今の状態のままで飢饉に突入すれば、各地で食糧の奪い合いが起こるだろう。帝都を落とし、共和国が盆地を掌握すれば、食糧を一元管理して配給することが可能になる。それによって救われる帝国民もいるはずだ」

「だが、その場合はもちろん、共和国民が優先的に食糧を配給されるのだろう?」

「否定はしない。だが、まったくの混沌状態になるよりはマシだろう」


 開き直りだ、と思ったが、かといって他にいい方法も思いつかない。

 共和国に南に帰れというのは無理な相談だしな。


 莉奈がカルメンに聞く。


「あなたたちの祖国を襲った蚊ですが、予兆のようなものはなかったですか?」

「予兆だと?」

「たとえば、最近は冬でも暖かいな、だとか、海水面が以前より高くなったような気がする、だとかいったことです」

「……ないな。すくなくとも私は知らない」

「うむむ……」


 莉奈が聞きたかったのは、この惑星に温暖化の兆候がないか、ということだろう。

 地球温暖化で熱帯の蚊が北上しているという話は有名だ。


 その後も、共和国や帝国について、アリスと莉奈が中心になって、思いつく限りのことを聞き出した。





 そして、俺たちは食堂へと戻ってくる。


「メメン、いるだろう?」


 アリスがどこへともなく言った。


「はいはい、いますよー」


 メメンがどこからともなく現れた。


「カルメンの話は本当か?」

「あたしにはちょっとわかりませんね。地上はナナンシーラ姉様の担当ですから。担当外のことは、あたしら、まったくもってわからないんですよ」

「この世界が温暖化しているという可能性は?」

「それは、ない、です」


 メメンが断言した。


「地上だけが温暖化してるっていうなら話はべつですけどね。プレデスシェネクにいても、気温の変化はわかるはずです。……はずですよね?」


 メメンが莉奈に聞く。


「なんで莉奈に聞くんですか。まあ、温暖化の原因が二酸化炭素だとすると、地上だけ温度が上がってプレデスシェネクは変わらないというのはなさそうですね」

「でしょでしょ」


 メメンがうなずく。


「でも、正直、意外なんだよねー」

「何がだ?」

「ナナンシーラ姉様って、あたしらの中じゃしっかり者の完璧主義者なんだよー。で、超がつくほど優秀なの。姉様とあたしを比べたら、月とスッポン、アリスと鈴彦くらいは違うからねー」

「なんで俺を喩えに出す」


 だが、不覚にも喩えとしてはわかりやすかった。

 俺の知らないところでアリスが大失態を犯したとしたら、俺だって驚くはずだ。


「もうひとつ聞いておこう。メメンは、コンテナひとつ程度の物資ならこの世界に持ってきていいと言っていたな? では、コンテナに穀物を満載してこっちとあっちとを往復することも可能なのか?」

「あっ……」


 思わず声が出た。

 たしかに、それができれば、地上の食糧問題が解決できるかもしれない。

 俺たちには多大な手間が発生することになるが、何十万という人が餓死するかもしれないと言われたら、命の危険がない限りはやるだろう。


「残念だけど、それは無理なんだなー。摂理を乱すレベルの改変は、事象の秩序に混乱を招き、下手をすればどっちの世界も滅ぶことになっちゃう。あたしも詳しい理屈は知らんけど、たしかそんな感じだったはず」


 はなはだ心もとない返事だが、無理だということはたしからしい。


「ならば、われわれにできることはないということだな」

「だねー。あたしも、担当外のことにまでくちばしを突っ込んでくれとは言いかねるねー」


 肩をすくめるメメンに、俺が聞く。


「……いいのか? たくさんの人が死ぬんだろう?」

「食糧が足りなくて死ぬ。人間自身がやりそこなった結果としてのことなら、あたしらがその尻拭いをすることはできないよ。蚊や流行り病の北上っていう現象があったとはいえ、ね。君たちの世界でだってそうでしょう?」

「日本では江戸時代に何度も飢饉が起きていますし、ヨーロッパでは黒死病で人口の3分の1が死んだ、ということもありました」


 莉奈がそう補足する。


「われわれはプレデスシェネクの危機を救った。それだけでも十分に働いている。今後の防衛には課題が多いだろうが、それはわれわれ抜きで、プレデスシェネク自身が考えなければならないことだ。地上の危機も、彼ら自身の問題だといえる。われわれにできることは何もない」


 アリスにそうまとめられると、反論することは難しい。

 地球にだって、食糧難で死んでいく人たちがいるのだ。それを救おうとすることは尊いことだとは思うが、すべての人の義務だとまでは思わない。


 俺の中にやや消化不良なものを残しつつも、第三回のプレデスシェネク訪問は、こうして幕を閉じることになった。

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