34.フォーメーションする生徒会

「フォーメーション『破防』だ!」


 アリスの言葉と同時に、千草がしかけた。

 カルメンとの距離を一瞬にしてゼロにし、デスサイズを横薙ぎに振るう。

 ぎぃん! と甲高い音がして、カルメンが後方に吹き飛ばされた。


「ほう! 大した一撃だ!」


 カルメンが感嘆する。

 デスサイズを受けたにもかかわらず、その鎧に傷跡はない。


「だが、私の防御を突破するには――」


 カルメンの言葉を遮り、千草がさらに斬りつける。

 衝撃でカルメンが後退する。

 後退したカルメンに千草がさらに一撃を加える。

 カルメンはサソリの尾のような鞭で反撃しようとするが、間合いが近いせいで防戦一方になっている。


「くっ! 面倒な……!」


 カルメンは鎧に覆われた腕で、千草のデスサイズを受け止める。

 同時に、鞭が動いた。

 完全に地面に垂れていたはずの鞭が、まるでサソリの尾のように鎌首をもたげ、千草の首筋へと急速に迫る。


 千草は大きく飛びすさる。


 そこに、


「fermes!」


 アリスが中級火炎攻撃魔法を放つ。


「ちいっ! seria!」


 カルメンは対魔法障壁を張って、アリスの魔法を受け止めた。


 が、炎はカルメンの視界を奪い、また身動きをも止めさせている。


「gron!」


 莉奈が拘束魔法を使う。

 カルメンの足元から煙が立つ。煙は粘度を増してカルメンにからみつく。


「この……っ!」


 暴れるカルメンに、


「fermes!」


 アリスがさらに火炎。

 同時に俺はdasser――瞬発力強化魔法を使い、カルメンめがけてダッシュする。


「seria!」


 カルメンの対魔法障壁が、アリスの放った火炎を防ぐ。

 が、障壁の前で爆ぜる炎は、カルメンの視界をつかの間奪う。


 火炎が消えた時、カルメンの目の前には俺がいた。

 俺は右腕のパイルバンカーをカルメンの胸に突きつける。


「batik!」


 俺は初級雷撃攻撃魔法をパイルバンカーに撃ち込む。

 ドン!という衝撃とともに鉄杭が飛び出す。


「がっはっ!」


 カルメンが吹き飛んだ。

 地面を転げ、うつぶせの状態で静止する。


「貫いた感覚はなかったな」


 俺と千草は、慎重にカルメンへと近づく。

 回り込んで顔を見ると、カルメンは白目を剥いて気絶していた。

 こうなると、せっかくの美女も台無しである。


 千草がカルメンの身体をひっくり返す。

 カルメンの魔鎧の胸部が、大きくひび割れていた。

 デスサイズのものと思しい傷跡も何本かある。


「失神していますね。魔鎧は鈴彦のパイルバンカーを防いだようですが、衝撃までは防げなかったのでしょう」


 千草が言う。


「作戦が綺麗にハマりましたね」

「ハマりすぎたほどだな」


 俺の言葉に、近づいてきたアリスが言う。


 そう。俺たちは、事前に用意していたフォーメーションを実行した。

 防御の硬い敵に集中攻撃をかけ、防御を突破することを目的としたフォーメーションだったが、目論見どおりに「共和国の動く城壁」「赤い蠍」の防御を貫くことができた。


「あれだけ自分でハードルを上げておいてこれですか。気がついたらさぞかし恥ずかしがることでしょうね」


 莉奈が言った。


「俺たちを魔甲兵にしてやろうかとか言ってたからな。情状酌量の余地もない」


 生かすか殺すかで迷わずに済んで、かえってありがたかったくらいだ。

 まあ、結果として生け捕りすることになったが、これはこれで、地上の情報を引き出す上ではよかったといえる。


 アリスが、顔を上げて言った。


「見ての通りだ、共和国兵! おまえたちの将は討ち取った! おとなしく投降しろ! どちらにせよ退路はないぞ!」


 アリスの言葉に、共和国兵たちがうろたえる。

 が、頭を倒されてはもうどうにもならないということだろう。

 彼らは続々と武器を捨て、膝立ちになって手を頭の上に上げる。


 そういえば、今更ながら気づいたが、彼らの武器は手を離しても消えないな。

 共和国兵はリングを持っていないのだろう。

 もともと、あれは至天の塔でドロップするという話だったし。


「た、助かりました……」


 と、ジュリオが俺たちに言ってくる。

 ジュリオは続けて、周りにいるプレデスシェネク兵に命令する。


「共和国兵の武器を取り上げ、縛り上げろ。抵抗する者がいたら殺して構わん!」


 後半は、共和国兵にあえて聞かせているようだった。


「しかし、さすがですね、みなさん。あの指揮官にはプレデスシェネク兵では手も足も出なかったのですが……」


 プレデスシェネク兵たちが、共和国兵を捕縛していく。

 仲間を殺されたからだろう、プレデスシェネク兵の共和国兵の扱いは荒い。縛るついでに、少しでも抵抗したらぶん殴る。本格的に抵抗したら斬り殺す。そんな光景が繰り広げられている。

 この世界に捕虜の扱いに関する協定なんてあるわけもないから、敗者は勝者にいいように扱われるしかない。

 もちろん、俺たちとしてもそれを咎めるつもりはさらさらない。なんてったって、侵攻してきたのは共和国の方だからな。


「みなさん、お疲れでしょう。食事や風呂を用意させますので、控え室でお待ちいただけますか?」


 ますます腰の低くなったジュリオの勧めに甘え、俺たちは一息つくことにした。

 ジュリオは、ピラミッド内にまだいるはずの残党の狩り出しがあるということで、相手できないことをしきりに恐縮していたが、さすがにそれで腹を立てるつもりはない。


 控え室――というが、王族向けの立派な食堂である。

 俺たちはそこで軽く食事を取り、順番に風呂にも入る。


 一時間ほどが経った頃に、ジュリオが駆け足でやってきた。


「どうも、おまたせしてすみません」

「いや、こんな状況だ。まったく構わない」


 アリスが鷹揚に言った。

 まるで、アリスの方が王のようである。


「取り急ぎ、謝礼の話をさせてください」


 こちらから要求するまでもなく、ジュリオが自発的にそう切り出した。


「といっても、マナ重合体は尽き果てていますし、金銀財宝のたぐいには興味はないとのお話でした。召喚魔法については、既にパトラを差し上げていますし」


 パトラが物のような言い分だが、この世界の基準ではそんなものなのだろう。


「わかっている。われわれとしても、無理な要求をするつもりはない。そうだな、われわれの倒した魔甲兵については、魔甲をわれわれに引き渡してもらう、ということでどうだろうか。むろん、敵将カルメン・ダーシュイシュトスの魔鎧も同様だ」

「そ、それでよろしいのであれば助かりますが……」


 たしかに、プレデスシェネク側には負担のない方法だ。


「カルメンの身柄はどういたします?」

「こちらで引き取ってもしかたがない。プレデスシェネク側で尋問なり拷問なりをして、地上の情報を引き出すといい。ああ、だが、簡単には殺すなよ。ひょっとすると、共和国内でそれなりの身分の持ち主かもしれないからな。人質にするなり、身代金を要求するなり、使いようはいくらでも考えられる」

「そ、そうですね」


 ちょっと引き気味に、ジュリオがうなずく。


「気の強そうな美女を拷問ですか。ちょっと興味があるようなないような」

「やめとけ。きっとトラウマになるぞ」


 いらん好奇心を示す莉奈をそう諭す。


 ジュリオが言う。


「いずれにせよ、カルメンから共和国について聞かないわけにはいきません。また今度のような侵攻があってはたまりません。毎度、みなさんにおすがりするわけにもいきませんし」


 ジュリオはスフィンクスが戻ったことを知らない。

 そう心配するのは当然だ。


 そこで、食堂にプレデスシェネクの文官が入ってきた。

 文官が、ジュリオに耳打ちをする。


「そうか。下がれ」

「は」


 ジュリオの言葉に、文官が食堂から退出する。


 ジュリオが、俺たちに向き直って言う。


「カルメンが意識を取り戻したそうです。いかがなさいますか?」

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