33.赤い蠍
「ぐわあああっ!」
「な、何だ!? 敵が背後から!?」
「じ、陣形を立て直せ! 敵は
ピラミッドの中には阿鼻叫喚が繰り広げられていた。
アリスの魔法が、千草のデスサイズが、俺のパイルバンカーが共和国兵を倒していく。
莉奈も、フェザー経由で俺たちに支援魔法をかけながら、たまに自分でも攻撃魔法を使って敵を倒す。莉奈の攻撃魔法は初級までだが、フェザー経由で放てるので、敵を死角から攻撃することができた。
俺も、パイルバンカー起動用に覚えた初級雷撃魔法batikを攻撃用にも使っている。魔甲兵が相手だと弾かれるが、金属鎧を着た一般兵には有効だ。
敵は、敵地であることから、密集した陣形を作っていることが多かった。
密集していれば、アリスの一網打尽の格好の的である。
中級、時には上級の攻撃魔法が火を吹いた。
敵が散開していれば、一騎当千の効果をスタックしている千草が、一瞬にして敵を刈り取っていく。俺も千草を追いかけ、狩り残された敵を倒していく。
「何の問題もないな」
アリスが言った。
今、俺たちは足を止めている。怪我をしていたプレデスシェネク兵に、莉奈が回復魔法をかけているところだ。先を急いではいるが、俺たち自身にも休憩は必要だ。疲労回復魔法で疲労を消せるとはいえ、緊張状態がずっと続けば精神的にも疲れてくる。
あと……めちゃくちゃ腹が減る。
疲労を消して動き続けているのだから当然だ。
俺たちはリュックサックから携行食を取り出してカロリーを補給する。水分は、リュックから伸びているチューブの先を吸えば飲めるようになっている。リュック含め、米軍の歩兵用の装備らしい。
「ぐ……き、貴様ら……」
おっと、まだ息のある敵兵がいた。
莉奈が何も言わないことから、攻撃魔法を持っていることはない。
「たしかに……強い。われらが後背を……少人数で突く作戦、だったとはな……見事に、やられたよ……」
敵兵が俺たちに言う。
いや、べつにそういう作戦だったわけじゃないけどな。
俺たちが自分たちの目標を優先した結果として、そういう形になっただけで。
「だが……貴様らでも……共和国の赤い蠍には敵わない……せいぜいあがく、ことだな……ぐふっ」
言いたいことを言って、敵兵が亡くなった。
それにしても「ぐふっ」って。
「共和国の赤い蠍だそうですが」
千草が敵兵の脈を取り、首を振ってから言った。
「なんです、それ。三倍速く動ける魔甲兵かなんかですか」
「敵の指揮官でしょうか」
莉奈のネタをスルーして(わからなかったのだと思う)、千草が言った。
三倍くらいの速さだったら、一騎当千のスタックした千草なら瞬間的には出すことができる。いや、コンスタントに三倍速で動かれたら、さすがに厄介ではあるか。
いやいや、なぜ俺は赤いのは三倍理論で敵戦力を推し量っているのか。敵が莉奈のネタにネタで応えてくれるわけもない。
「サソリ型の魔甲兵なら、何度か交戦しましたね」
「ビートル兵と比べてさほど強いとは思わなかったな」
「いえ、飛べない分、飛甲兵より鈍重ではありますが、防御力と本物のサソリじみた変則的な動きは厄介ではありました」
「千草はほとんど一撃で片付けてましたけどね」
「魔甲は、できるだけ多く鹵獲しておきたいところだな。パトラへのお土産にしよう」
言い忘れていたが、今回、パトラは地球の氷室家に置いてきている。
パトラは優秀な魔術師だが、研究者肌なので、戦場には不向きだ。というより、いかにプレデスシェネク育ちとはいえ、12、3歳の少女を戦場になど連れてきたくはない。
俺たちはその後も、共和国軍を打ち破りながら進んでいく。
さすがに先行している侵攻部隊にも伝わったらしく、途中からはこちらに向けて防御陣が敷かれていた。
まあ、アリスの攻撃魔法でさっくりと突破できてしまったのだが。
ほどなくして、俺たちは謁見の間にたどり着く。
謁見の間では、ジュリオ率いるプレデスシェネク兵と共和国軍が既に戦闘を開始していた。
戦闘――いや、蹂躙だ。
「なんだ、拍子抜けだな! 天上国は大魔術師の末裔だというから楽しみにしていたのだぞ!」
赤髪のハデな美女が、サソリの尾のような鞭を振るう。
鞭は不自然に伸び、プレデスシェネク兵の首に巻き付いた。
「ふん!」
美女の気合と同時に、鞭が強い力で丸まった。
プレデスシェネク兵の首が、宙高く飛んだ。
「あれが赤い蠍ですか」
「魔甲兵……とは違うな。あの鎧は魔甲と見て間違いないだろうが、甲殻をそのまま使うのではなく、鎧へと加工している。上級兵……おそらくはこの部隊の指揮官だな」
莉奈とアリスがささやきあっていると、玉座で白い顔をしていたジュリオがこちらに気づいた。
「みなさん!」
ジュリオの声に、一同の注目がこっちに集まる。
……不意打ちのチャンスをふいにされたな。
「もう追いついてきたというのか」
美女が、俺たちを見てそう言った。
長くクセのある赤髪と、赤い瞳。なにより、全身を覆う真っ赤な鎧。
30くらいだろうか。高校生からすると歳上に感じるが、世間的には美女と言って十分通る女性である。もっとも、これだけ気性の激しそうな女性に声をかけられる男性は限られると思うが。
「赤い蠍というのはおまえか」
「ほう。天上国にも私の異名は轟いていたということか」
「思い上がるな。だらしなく倒れていったおまえの兵から聞き出したのだ」
「貴様……共和国兵を侮辱するか!」
「侵略者のくせに、自分が侮辱されると怒るのだな」
さすがに言い合いには分がないと思ったのか、美女が手にした鞭を構える。
「後背を突いたとはいえ、わが兵を打ち破ってここまで来たことは褒めてやろう。しかし、まだ子どもではないか」
「おまえたちも子どもを使っているだろう」
「ああ、魔甲兵のことか? 共和国では、あれはもはや人とは見なされん。魔甲を動かすための『虫』にすぎぬ」
「虫だと……」
アリスの声に怒気がこもる。
そこで、莉奈が言った。
「注意してください! 彼女はギフト持ちです!」
ぎょっとして「赤い蠍」を見る。
「ほう。よく気づいたな。そういう貴様もギフト持ちか」
赤い蠍が莉奈をじろりと見る。
「ここまでやってきたことに敬意を表して教えてやろう。私のギフトは『堅忍不抜』。攻撃を受ければ受けるほど、私の防御は固くなる。素手で剣を受け止められるほどにな」
赤い蠍がにやりと笑う。
「さらに私は、中級対魔法障壁seriaを扱う才にも恵まれている。むろん、この私専用に造られた
「やっぱり専用装備みたいですよ」
「三倍速いんじゃなくて、三倍硬いみたいだけどな」
いや、三倍かどうかは知らないが。
「貴様らが天上国の最大戦力であろう! つまり、私が貴様らを倒せば、我が軍の勝利は確定する!」
「……ぺらぺらとよくしゃべる蠍だな」
「ふん。貴様らに、共和国の動く城壁、赤い蠍カルメン・ダーシュイシュトスを倒すことなど不可能だ。理解できたのなら、即刻降伏せよ。命だけは助けてやろう。それだけの才があるのだ、魔甲をまとわせれば相当な戦力にできるだろうからな」
「わたしたちを魔甲兵に仕立てるつもりか」
魔甲はほしい。
ほしいが、自分の身体に合わない甲殻の中に閉じ込められるのはごめんである。
俺たちの態度を見て、降伏する気がないとわかったのだろう、赤い蠍――カルメンが酷薄に告げた。
「くくっ……歯向かうか。よかろう、貴様らを殺し、その返り血で、この鎧をさらに赤く染めることにしよう」
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