32.形代安置
ダンジョンを進みながら、俺は言う。
「結局、誰が正義なんですかね?」
プレデスシェネクは、今では味方ではあるが、前ファラオはああだったし。
共和国は帝国への侵略者だそうだが、帝国の飛甲兵はプレデスシェネクを略奪しようとした。
「この世界に正義なんてものはない。地球にだってあまりないくらいだ」
アリスが言う。
「確実に存在するのは、多様なステークホルダーの、相互にかちあう利害だけだ。覚えておけ、鈴彦。正しい者につこうなどとは考えるな。自分の核心的利益は何であり、それを実現するには誰と組むのが都合がいいか。そのように考えるのだ。でなければ、誰かに利用されるだけで終わるだろう」
「まずは自分を。次に仲間を守りなさい。それ以外の者を守るのは、自分の安全が確保できてからのことです」
アリスの言葉を、千草がそう補足する。
俺たちは、共和国軍の侵入路とはべつの場所からダンジョンに出た。
ピラミッドとダンジョンはいくつかの場所でつながっていて、そのすべてが三重の障壁で守られている。
共和国軍はそのひとつを見つけ、突破したが、他のルートについては手付かずだった。
上層部は不完全ながらプレデスシェネクの作成したマップがある。
莉奈が神算鬼謀で周囲を把握しつつ、敵兵を迂回して俺たちは目的地――スフィンクスの神殿を目指す。
途中、何度か魔甲兵を見かけた。
「おおよそ、人間が入ってるようには見えない形状ですね」
千草が言う。
「中に入っている者は身体が歪むだろうな。無理をすれば脊椎などに重大な損傷を負いかねない」
「莉奈の神算鬼謀で見た限り、魔甲兵は一般兵よりあきらかに年齢が低いです。身体の小さい子どもを魔獣甲殻の中に押し込んでいるのでしょうか。将来、身体に障害が残らないといいのですが……」
「非道なことをする」
アリスが吐き捨てるように言った。
俺たちは何度か階段を下る。
ピラミッドは複数の螺旋回廊がからまりあうような構造だったが、ダンジョンの方はシンプルな階層制だ。不思議なダンジョンとか、ああいうものを思い浮かべてもらえば間違いない。
もっとも、ああいったゲームとは違い、階段(や単なる穴)はフロアごとに複数存在する。
だから、莉奈の神算鬼謀で敵を避けつつ下ることができる。
「そろそろでしょうか」
莉奈は、手にしたタブレットをタッチペンでいじりながら言った。
莉奈は神算鬼謀で得た情報をもとに、タブレットでマッピングをしている。
そのための専用ソフトを自分で開発したと言っていた。
もちろん、このタブレットはメメンにこちらに連れてこられる際に持ち込んだものだ。
例によって、物資の詰まったリュックサックも負っている。
今回は転移の時間を選べたので、俺たちはアリスの用意した特製の戦闘服を着込んでもいる。防刃性のあるライダースーツのような格好だ。暑くならないよう、液冷用のチューブが網の目のように張り巡らされている。動きやすく、快適でもあった。
もっとも、かなりピッタリしているので、スタイルのいい女性陣が着ると、ちょっと刺激的な格好になる。「何これプラグスーツですか」という莉奈のつっこみは大体合ってはいた。だから、女性陣は戦闘服の上にマリンパーカーとスコートを身に着けている。
「ええ、この階です! 具体的にはあっち! 道順まではわかんないけど!」
と言って一方を指さしたのはメメン。
メメンは俺たちをこっちに連れてきて以来、行動をともにしている。
メメンの示した方向を参考に、莉奈が迷路になった通路をガイドする。
そして――
「行き止まり、か?」
アリスが眉をひそめる。
「いえ、ここであってますよー。あの壁を……」
メメンが指さしたまさにその壁から、にゅるりと、二人の兵士が現れた。
兵士の手には、水晶でできた猫の像。
「あ、あれです!」
メメンが声を上げる。
兵士たちにはメメンは見えないはずだが、俺たちのことはもちろん見える。
「な、なんだおまえら!? 共和国軍の人間じゃないな!?」
「くそっ! 今なら宝を持ち逃げできると思ったのに!」
兵士たちが構えようとするが、その時には既に千草が動いていた。
「ぐっ!」
「ぎぇっ!」
デスサイズを抜くまでもない。
千草は二人の兵士の腹にパンチを打ち込み、一瞬にしてノックダウンした。
千草は、兵士の持っていた水晶の猫像を拾い上げる。
「これがそうなのですか?」
「そうそう! それが、スフィンクスちゃんの形代だよ!」
「あの兵たちは、本隊から脱走し、偶然見つけた神殿からその像を盗んで逃げようとしていたわけか」
「戦闘が始まった気配を感じて、今ならどさくさまぎれに逃げられると思ったんでしょうね」
「俺たちにとってはラッキーでしたね」
もし既に持ち出された後だったり、上官に報告して後続部隊に送られていたりしたら厄介だった。
千草が言う。
「では、これをもとの場所に戻せばよいのですね」
「そのとーり!」
メメンが言って、兵士たちの出てきた壁をぺしぺしと叩く。
「この先さ! すり抜ける壁だから!」
「ずいぶんさっくり取り返せたな」
アリスが言いながら壁に近づいていく。
壁に触る。
アリスの手が壁の中に沈み込んだ。
「お嬢様。わたしから」
と言って千草が先に入る。
すぐに出てくる。
「大丈夫です」
というので、みんなで中に入る。
「うわ……」
思わず声が出た。
壁の中は、縦横高さ7メートルくらいの空間だ。
壁面のすべてが、金箔で覆われている。
空間には、やはり金で覆われた無数の柱が立ち並んでいた。
空間の真ん中に壇がある。
その上に、これまた金色をした台がある。
台の真ん中に、何かが動かされた跡があった。
「ここですね」
千草がその場所にルアンの形代を戻す。
「よくこんな、手に取ったら呪われそうな宝を持ち出そうとしたもんですね」
と、莉奈がゲーム並感のある感想を言う。
「手にしたら、帰りは一歩ごとに1エンカしそうな雰囲気だよな」
そんなバカなことを言ってると、台の上、戻された水晶猫の隣に、ルアンが現れた。
クリュアーン。
「お礼を言ってます」
メメンがそう翻訳する。
「なんとなく元気が戻ったように見えるな」
いつもの人懐っこさを発揮して、ルアンは台から千草の肩に飛び乗った。
メメンが言う。
「さあ、スフィンクスが戻ったからには、あいつら、ただじゃ済みませんよ!」
「どうなるんだ?」
「具体的には、スフィンクスの強烈な霊気にあてられて、彼らは自分たちが霊的に脅かされてると感じます。魂を根底から揺さぶる恐怖ですよ! 一般人なら、恐慌に陥って逃げ出すレベルですね! 本来なら、ダンジョンを進むごとにこの効果が強くなるから、みんな身の程を知って引き返していくんです」
「へえ……」
ということは、ダンジョンに入り込んだ共和国兵は、今頃恐慌に陥っているわけか。
これで、共和国軍によるプレデスシェネク侵攻も終わりだな。
が、千草が眉根を寄せて言った。
「ダンジョンの兵が引き上げていくのはいいとして、プレデスシェネクに既に入り込んだ者たちはどうなるのです?」
「プレデスシェネクは適用外だね。適用されたら、プレデスシェネク人も住めなくなっちゃう。まあ、プレデスシェネクの人はスフィンクスの霊気には馴染みがあるんで、ダンジョンもある程度は探索できたりするんですが」
「……侵攻部隊は、後続の兵に逃げられ、補給と退路を断たれた形になります。つまり、死兵です」
「死兵……」
「たとえば、街を軍で包囲する時に、一分の隙もなく包囲してしまうと、包囲された側は逃げ場がありませんので、死にものぐるいで戦います。逆に、一部でも囲みが空いていれば、士気の低い兵は持ち場を離れ、勝手に逃げ出すでしょう。前者の場合が死兵というもので、死にものぐるいで戦いますので、有利な側が意外な被害を受けることがあるのです」
「いや、もっと悪いぞ。侵攻部隊は魔甲兵を多数含む精鋭部隊のはずだ。退路を断たれたことに気づいたら、撤退ではなく、さらに果敢に攻撃して敵将の首を狙うだろう」
「や、やばいじゃないですか!」
たとえ後続の兵がいなくなったとしても、プレデスシェネクの指揮官であるジュリオが討ち取られてしまったら、プレデスシェネクは共和国軍に占拠されることになる。
「急いで戻りましょう」
「ああ。拠点を失うわけにはいかない。侵攻部隊がジュリオを討ち取る前に、その後背を突く!」
俺たちは一転、下りてきたダンジョンを、今度は駆け足で上っていくことになった。
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