30.プレデスシェネク防衛戦

 シュン!と感じて五秒で異世界。

 どうも、規久地鈴彦です。


「みなさん!」


 俺たちがもはや馴染みつつある謁見の間に現れると、ジュリオが玉座から転ばんばかりの勢いで駆け寄ってきた。

 放っておくとそのままジャンピング土下座を決めかねなかったジュリオを、アリスが制止して言った。


「状況はどうなっている?」

「は、はい……でも、みなさんどうやってこちらに? パトラは召喚魔法は使えても、人をこちらに送り込むことはできないはず」

「それは後だ」


 メメンに送ってもらったのだが、天使の存在はプレデスシェネク側には秘密にしてある。


「そ、そうですね。今はそれどころではありません。ダンジョンを下から踏破しつつある者たちいます。ビートル兵捕虜によれば、彼ら帝国の敗残兵を追ってきた共和国軍だと」

「どうやって確認したのだ?」

「わたしたちも、ダンジョンの上層階についてはある程度把握しています。そこに侵入してきたのですから、偵察くらいは可能です」

「ということは、連中はもう至天の塔の上層階に到達しているのか」

「正確には、上層階をほぼ踏破し、3つある魔法隔壁のうち2つが既に破られた状況です。残りの障壁が破られれば、敵兵はプレデスシェネクになだれ込んでくるでしょう」


 思った以上にヤバい状況だな。


「魔法隔壁というのは?」

「はい。対物理障壁と対魔法障壁を発動する魔法陣を埋め込んだ壁のことです。マナ重合体を消費しますが、モンスターには破ることができません」

「共和国軍はどうやって隔壁を破っているのだ?」

「力技です。簡単な破城槌をその場で組んで、それを繰り返し隔壁にぶつけています。魔法による障壁はマナ重合体の続く限り自動で張り直されるようになっていますが、マナ重合体が尽きてしまえばどうしようもありません。ちょうど、プレデスシェネクのマナ重合体の貯蔵量が大きく減っていたところでもありますし……」


 うん、アリスが召喚魔法の実証研究のためと言って、パトラと一緒にごっそり持って帰ったからな。もちろん、アリスは研究が進むまでの間、プレデスシェネクが気軽には召喚魔法を使えないようにしたかったわけだ。

 そのしわ寄せが、隔壁用のマナ重合体の不足という形で現れてしまった。

 もちろん、ジュリオが俺たちを3回も召喚しようとして、ルアンに防がれていたせいでもあるのだが。


「共和国軍の陣容はどうだ?」

「はい、歩兵と魔甲兵からなる集団のようです。魔甲兵の中に飛甲兵はいないようです。そこは、捕虜の証言と一致しています」

「数は?」

「ダンジョンの中ですからね。たしかなことは言えませんが、上層にいる分だけでも、ニ百は下らないと思われます。ダンジョン内に補給線を構築しているほどですから、後詰めはそれ以上にいるかと」

「歩兵と魔甲兵の比率は? 魔甲兵がビートル型でないなら、どのような魔獣の甲殻を身に着けている?」

「歩兵5に対して魔甲兵1という感じでしょうか。とはいえ、歩兵と魔甲兵はそれぞれ別の部隊として運用されているようです。魔甲は、サソリやムカデのようだとのことです」

「ふむ。精鋭の魔甲兵と一般兵である歩兵ということか?」

「それは……どうでしょうか。魔甲兵は歩兵に指示を受けているようだったという報告もあります」


 アリスの質問に、ジュリオがきびきびと答える。

 俺は首を傾げて思わず言う。


「……プレデスシェネクの偵察兵って、そんなに優秀だったっけ?」


 言ってから、めちゃくちゃ失礼なことを言ってしまったことに気がついた。

 が、ジュリオは苦笑して言う。


「前王アメンロートの下では冷遇されていた者も多いです。また、面従腹背と言いますか、表面上はアメンロートの指示を受け入れつつも、実行には移さず、自勢力の温存を図っていた者たちもいます」

「ファラ王の人望のなさには果てがありませんね」


 と、莉奈が呆れた。


「今回はプレデスシェネク存亡の危機ということで、各部族の協力が得られています。こんなに国がまとまっているのは初めてじゃないでしょうか」

「外圧によって政治改革が成し遂げられるのはよくあることだ。ジュリオはこの機会に権力基盤を強化するべきだな」

「肝に銘じておきます、アリス様」


 アリスが、リアル王様に権謀術数を指南する。


「プレデスシェネク側の陣容はどうだ?」

「リングで武装した兵が500ほど集結しています。兵はリングの種類ごとに臨時編成を行っています」

「ふむ。いい手だ。部族ごとにまとまられては、戦後の論功行賞が厄介だからな。兵種ごとに再編成すれば、その部隊の手柄はジュリオの指揮の賜物ということにできる」

「そ、そこまで考えていたわけではありませんが……。リングは本人の適性によって武器種が変わるので、戦いやすいよう編成し直したほうがいいだろうと思っただけです」


 アリス……善良な王様を真っ黒に染めようとするのはやめてくれませんかね。


「数の上ではプレデスシェネクが有利だろうか」

「現在判明している敵戦力がすべてであれば、ですが。しかし、戦場がダンジョンかピラミッドしか選べない以上、数よりも質の差の方が気になります」

「ああ……敵が防御の硬い魔甲兵を先頭に立てて押してきた場合、一方的な展開になるおそれがあるな」

「ええ。ですので、こちらではこういう作戦を考えていました。まず、ビートル兵捕虜から甲殻を剥ぎ取り、歩兵とした上で突撃させ、敵の数を減らします」

「えっぐ」


 思わず言うと、ジュリオが小首を傾げた。


「これはアリス様に教えていただいた手なのですが……」

「ビートル兵の処遇に困っていたようだからな。いざという時の予備戦力として、甲殻を取り上げた上で戦場の一番槍をやらせれば、周囲を納得させられるだろうとアドバイスしたのだ。追っ手がかかっているようなことを言っていたから、いざという時のための備えとしてな」


 文字通りの捨て駒である。

 まあ、単に処刑するよりはいいのかもしれないが。


「それで、その次は?」

「こちらからダンジョンに打って出ることはしません。敵をピラミッド内に引き込み、突出した敵部隊を包囲殲滅する、という作戦です。こちらは地の利を生かせますし、魔甲兵にはなるべく多数でぶつかりたいですからね」

「縦深防御というものですね」


 千草が言った。


「そうなのですか? とにかく、その線で行くことに決まり、ダンジョンの入り口から近い場所に住む部族には避難してもらってます」


 思ったより、プレデスシェネク側の用意はできてるみたいだな。


「ただ、不確定要素が多すぎます。共和国軍とやらには、ビートル兵の所属する帝国同様、魔甲兵がいます。ダンジョンを踏破してきた実力は侮れないものがあるでしょう」

「戦力ということでは、敵側のスキルツリーも気になりますね」


 と莉奈が言う。


「ええ、その通りです。プレデスシェネク側は、前王のピラミッド増築のために、瞬発力強化魔法を習得している者が多いです。逆に、攻撃魔法や防御魔法の持ち主が少ないのが現状です。もし、向こう側に攻撃魔法を使える者が多かった場合、こちら側が一方的にやられてしまう可能性があります」

「そうか、その問題があったんだった……」


 死してなお俺たちの邪魔をするとは、なんとも厄介なファラオである。


「いっそのこと、ファラ王が生きてれば心配いらなかったかもですね」

「それを言ってもしかたあるまい」


 莉奈の言葉に、アリスが肩をすくめる。


 俺はアリスに聞いた。


「それで、俺たちはどう動きます?」

「そうだな……」


 アリスが考え込む。


「プレデスシェネク側には、作戦通りに行動してもらおう。というより、今から作戦を変えろというのも無理だろう。実際、よくできた作戦でもある」

「あとは、不確定要素にどれだけ対応できるかでしょうね」


 千草がうなずく。


「われわれは、われわれのなすべきことを優先させてもらおう。不確定要素ということなら、敵にとってはわれわれの方がよほど不確定要素だろう。なまじプレデスシェネクと歩調を合わせてしまえば、われわれの特異性を生かすことができなくなる」


 アリスが、ジュリオにそう言った。


「そうですか。正直、一緒に戦ってくれればこんなに心強いことはないのですが、強制することはできませんからね。みなさんは遊軍として動くという理解でよろしいでしょうか」

「ああ、それでいい。大丈夫、十分な働きはしてみせるさ」


 ジュリオの確認に、アリスが力強くうなずいた。

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