28.ショッピング

 翌日の午後、終業式を終えた俺たちは、いったん家に帰り、私服に着替えてから駅前に集合した。

 家の位置の関係で、俺が待ち合わせ場所にやってきた時には、他のメンツは既に揃っていた。


 アリスは花柄のワンピースにカーディガン、麦わら帽。

 千草はキャミソールにジーンズ。

 莉奈はブラウスとチェックのスカート、黒ストッキング。

 アリスの後ろには、目深に帽子をかぶり、Tシャツとデニムスカート、グレーのタイツという格好のパトラがいた。


 はっきり言って美少女揃いの集団である。

 マンガのようにナンパ男が群がっている……というようなことはないが、通行人から注目を集めてはいた。


(うう……あれに合流するのか)


 少なからず気後れしながら集団に近づく。


「遅いですよ」


 容赦なく莉奈が言ってくる。

 その莉奈は、めずらしくリップをしているようだった。


「な、なんですか」

「いや、おしゃれしてんなと」

「もうすこし言いようがないんですか?」

「かわいいよ」

「かっ……!」

「冗談だよ」

「その一言が余計なんです!」


 莉奈が頬を膨らませて横を向く。


「ふっ。鈴彦。わたしたちにも言うことがあるだろう?」


 アリスが、いたずらっぽく俺に言う。


「はいはい、みなさんお綺麗で、近づくのに勇気がいりましたよ」

「それでいい」

「パトラも似合ってるよ」

「ふぇっ! わ、わたしはいいです!」


 パトラがあわててアリスの後ろに隠れた。

 パトラはすっかりアリスに懐いているな。


「では、行こうか」


 アリスが言い、俺たちは駅の近くのショッピングモールに向かった。





 かわいい女の子たちとショッピング。


 ああ、俺だって期待したさ。


 デートじゃないのが残念ではあるが、周囲の男たちの羨むような視線が気持ちよくもあった。


 最初は、よかったんだ。

 みんなでパトラの眼鏡を見て。

 カフェでおやつを食べながらおしゃべりして。


 だが、そこからが長かった。

 女子のショッピングに付き合うもんじゃない、というモテ男の意見は正しいのだと、俺はつくづく思い知らされたね。


「riksa」

「ちょっ、何疲労回復魔法使ってるんですか!」


 思わず魔法が口に出た俺に、莉奈がつっこんでくる。


「そりゃ、こんだけ荷物持ちさせられりゃあ疲れもするよ」

「何言ってるんです! こんなかわいい女の子たちを引き連れてウィンドウショッピングなんて、鈴彦の人生で一度あるかないかの奇跡ですよ!」

「やかましいわ」


 あながち否定もできないところが悔しい。


「パトラちゃんは楽しそうですね」

「めっちゃ興奮してるな」


 パトラがこの世界に来てから一週間と少し。

 この世界の常識がまったくないパトラは、氷室家に閉じこもって勉強の日々だったらしい。

 パトラは勉強が好きらしく、苦ではないどころか楽しんでやっていたというが、それでも今日の外出は楽しみにしていたらしい。


 普段のおどおどした様子はどこへやら、あっちへふらふら、こっちへふらふらとさまよって、何かを見つけては声を上げる。

 アリスに買ってもらった、暗めのイエローの大きめのセルフレーム眼鏡を輝かせながら、この世界の服、食品、家具、電化製品、書籍に至るまで、ありとあらゆるものに興奮していた。

 とくに、電化製品と書籍には興味津々の様子。

 アリスは即日開通できるSIMフリーのスマホをパトラに買ってあげていた。

 書店では本のタイトルと内容を読み上げて(俺たち4人が読み上げると翻訳が働いてパトラにも理解できる)、パトラが興味を示したものを何冊か買い込んだ。


「外国人が日本の文化を褒めるって番組、やらせくさくて嫌いだけど」

「ええ。パトラのは本物ですからね。べつに莉奈たちがこの世界のあらゆるものを造ったわけではないんですが、驚いてくれて悪い気はしないです」


 そんなこんなで、ショッピングモールを出た頃には日はほとんど暮れかけていた。


「ふぅ。思ったよりも長居してしまったな」


 アリスが言う。

 俺を除く女性陣は満足げで、どこか顔がつやつやして見える。


「では、帰るとしよ――」


 アリスが言いかけた瞬間だった。


 もはや恒例となった光の魔法円が俺たちを取り巻く。


「むっ!」


 しまった。今は非常用の物資を持っていない。どころか、どっさり買い込んだ品物を抱えているような状態だ。

 ここで召喚されるのはマズい――と思ったのだが、


 ――クリュアーン!


 聞き慣れた鳴き声。

 千草の肩の上に、紺のアビシニアンが現れ、全身の毛(短いが)を逆立てて、魔法円に向かって鳴いている。


 パキン!


 と鋭い音を立てて、魔法円が砕け散った。


 俺たちは顔を見合わせる。

 アリスが言う。


「異世界から召喚されかけたのを、ルアンが阻止した、ということか」

「は、はい。そういうことみたいですね」


 パトラがうなずく。


「よしよし、よくやってくれました、ルアン」


 千草が、肩の上にいるルアンの喉を撫でる。


「さっくり防いでましたが、これはガーディアンとしてはどうなんです?」


 莉奈がパトラに聞く。


「召喚魔法をこんなにあっさり止めたということは、かなりの力を持ったガーディアンなんだと思います。もちろん、世界をまたいでの召喚ですから、相応に魔力の減衰があったのかもしれませんが」

「さすがは莉奈たちの召喚したガーディアンですね」

「わたしもルアンはただものではないと思っていた」

「見るからに高貴ですものね」


 おまえら、ルアンがガーディアンだってこと、ちょっと前まで忘れてたろ。


「この分なら、今後も大丈夫そうですね」


 俺の言葉に、アリスが何かを言おうとした瞬間、


「またか!」


 俺たちを光の魔法円が取り巻いた。

 ルアンは、今度は魔法円を一瞥しただけだった。

 それだけで、魔法円が砕け散る。

 手の内はもうわかった、とでも言いたげな対処である。


「ありがとう、ルアン! しかし、立て続けに2回目か」


 アリスが眉をひそめる。


「プレデスシェネクに蓄積されてた重合体は、アリスがごっそり持ってきたはずですけどね。まあ、少し時間があったので、ピラミッドパワーで重合体が合成されたのかもですが」

「いえ、重合体の合成がこんなに早いとは思えません。貯蔵している分をはたいても、かろうじて2回召喚魔法が使えるかどうかという量だったはずです」


 とパトラ。


「莉奈たちに隠していたへそくり的なものがあるかもしれませんけど。神算鬼謀である程度調べはしましたが、さすがに広いピラミッドをくまなく走査することはできませんでしたから」

「それにしたって、貴重な資源であることに変わりはないだろう」

「ずいぶん、焦っているようですね」


 莉奈、アリス、千草が言った。

 俺は、アリスに聞く。


「……いいんですか?」


 俺の言うのはつまり、そんなに切羽詰まっているのに放っておいていいのか、ということだ。もっとも、答えは想像できる。


「心苦しいが、しかたあるまい。わたしにとって守るべき命の順序というものがある」


 アリスが、想像通りの答えを言った。


「しかし、要警戒だな。鈴彦、莉奈、今日はうちに泊まることにしろ。ルアンが防いでくれるとは思うが、わたしたちが分散していると守りにくいかもしれないからな」


 そんな話をしていると、



「あーーーーーーっ! やっと見つけたぁっ! って、下手人はあんたらですか!」



 聞こ覚えのある声に振り返る。


「ひさしぶりだな、メメン。今日は何の用だ?」

「まだそれ続けるんですか!? いい加減ちゃんと会話してほしいんですけど!?」


 ちょっと涙目になりながら、駆け寄ってきた片翼の天使――メメンが言う。


「そんなことより、ですよ! あんたら、何しくさってくれてるんですか! この落とし前をどうつけてくれるんじゃワレ!」

「なんでヤクザ口調なんだよ。俺たちが何をしたって言うんだ?」


 話したくなさそうなアリスに代わって、俺が聞く。


「その子ですよ、その子!」


 メメンは、千草の肩に立つルアンを指さした。


「ルアンがどうしたんだ?」


 てっきり、召喚を拒否したことを怒ってるのかと思ったが。


「話すと長くなるんですが」

「じゃあいいや」

「聞いてくださいよ! 大事な話なんですから!」


 メメンが地団駄を踏む。


「それならさっさと本題に入れよ」

「言われなくてもそうします! ことの始まりは、ビートル兵の襲撃ですよ!」

「それは俺たちもいたから知ってるが」

「その後、敗残兵狩りを目的に、共和国軍が至天の塔の攻略を開始したんです!」


 至天の塔というのは、プレデスシェネクの真下にあるダンジョンのことだ。

 プレデスシェネク側からすると、むしろ地面への塔という感じである。


「あのダンジョンは、プレデスシェネクの開祖以外、突破した者がいないんだろ?」

「そうなんです! あれはただのダンジョンじゃありません! 神へと至る経路があるってことで、天界の番人であるスフィンクスを置いて、霊的にも強力な守護をかけてる場所なんです!」

「へえ」

「ところが、です! ダンジョンに入ってきた共和国軍に、スフィンクスの守護がまるっきり効いてないことが判明したんですよ! これじゃあ、物量を誇る共和国軍がダンジョンを突破するのは時間の問題です! その後はプレデスシェネクと戦争ですよ、戦争!」


 メメンが血走った目でそう叫ぶ。

 パトラはメメンの正体を知らないはずだが、今のところ話に口を挟むつもりはないようだ。その方がこちらとしてもありがたい。


「対外戦争の経験がないプレデスシェネク兵が、歴戦の共和国軍に敵うはずもありません! このままではプレデスシェネクは滅亡し、プレデスシェネクの民は皆殺しにされるか奴隷にされます!」


 メメンの言葉に、パトラの顔が青くなった。


「それもこれも、あんたらのせいじゃないですか! どうしてくれるんですか!」


 メメンがアリスに食ってかかる。

 そのあまりの迫力に、アリスがめずらしくたじろいでいる。


「な、なぜそれがわれわれのせいになるのだ」

「とぼけるのも大概にしてもらえませんかね! あんたらがうちのかわいいスフィンクスちゃんをこっちの世界に引っ張り込んだんでしょうが!」


 メメンが、びしっと指をさして言う。

 その指の先には――興味なさそうに後ろ足で首筋をかいているルアンがいた。


 俺たちは絶句した。


「……強力だとは思っていたが、まさかルアンがスフィンクスだったとは……」


 アリスがつぶやく。

 俺はふと思い出してメメンに聞く。


「っていうか、昨日生徒会室で会った時には何も言わなかったじゃないか」

「あんときはまさかその猫ちゃんがスフィンクスだとは思わなかったんですよ! スフィンクスがこっちの世界に来たことまではわかってたから、それを探さなきゃってことで急いでたんです! 最初は何か気まぐれを起こして持ち場を離れたんだろうと思ってたんですがね」


 メメンがそう言ってアリスを睨む。


「われわれは、召喚魔法を防ぐためのガーディアンを召喚しようとしただけだ」

「ガーディアンの召喚魔法なんかで、スフィンクスが引っかかるわけねーじゃないですか! おうおう、天使様のことあんまナメてっとイテまうぞコラ!」

「だからなんでヤクザなんだよ。そういえば、異世界からの召喚だからってことで、重合体を多めに使ったな」


 メンチ切る天使に俺が答える。


「まさかと思いますが、勇者であるあんたら4人が一緒になって召喚したんじゃないでしょうね?」

「よくわかったな」

「よくわかったな、じゃないですよ! 勇者みたいな存在が4人も固まってガーディアンなんて召喚しようとしたら、それに釣り合うもんが出てくるに決まってるでしょーが! ご丁寧に重合体まで奮発しよってからに!」

「そ、そうなのか……」


 パトラが慎重を期した結果、予期せぬ大物が釣れてしまったと。


「とにかく! あんたらにスフィンクスを呼び出すつもりがなかったっていうなら話は早いです! スフィンクスをあたしに返してください! 急いで元の場所に戻せば、共和国軍をなんとか食い止められるかもしれません!」


 広げた手をこちらに突き出すメメンに、俺たちは沈黙する。


(事情を聞く限り、返した方がよさそうだが……)


 ルアン――スフィンクスを返さなかったことでプレデスシェネクが滅んだりしたら、さすがに寝覚めが悪いだろう。ガーディアンは改めて召喚すればいい。


 しかし――



「断る」



 アリスが、かつてないほどきっぱりとそう言った。


「えええええっ!? なんでですか!? あたしに対する嫌がらせかなんかですか!?」

「ルアンは既にわれわれの大切な仲間――身内なのだ。それをおいそれと返すわけにはいかない」

「あんたあたしの話聞いてたんですか!? プレデスシェネクが滅びるかもしれないんですよ!?」


 メメンがアリスに掴みかからんばかりにそう叫ぶ。


「ち、ちょっとアリス、さすがにそれは無理筋なんじゃ……」


 俺は助けを求めて、千草を見る。

 冷静沈着な千草なら、必ずやまともな判断を――


「わたしもお嬢様の意見に賛成です。この子を手放すことなど考えられません」


 千草は肩に乗ったルアンを守るように身構えながらそう言った。


(ち、千草もダメか!)


 俺は最後の砦、莉奈を見る。

 頭脳明晰な天才少女ならば、必ずや客観的な判断を――


「え? 嫌ですけど? ルアンは莉奈たちの家族ですし」


「NOOOOOOOOOOOOOO!」


 メメンが天を仰いで絶叫した。


「お、おい、みんな! 冷静になれよ! さすがにスフィンクスをこのまま返さないわけにはいかないだろ!」

「「「嫌だ(です)」」」

「おおいっ!」


 だ、ダメだこいつら。完全にルアンに魅了されている。


「ちょ、勘弁して下さいよ! まだこっち来てから一週間くらいでしょう!? 何どっぷりペットにしてくれちゃってるんですか!」


 食い下がるメメンだが、生徒会役員たちは頑として首を縦に振らない。

 アリスの背後で、パトラがおろおろしている。ガーディアンの召喚を提案したのは彼女だったからな。


「たとえ世界が滅びても――われわれはルアンと一緒にいる!」


 完全に正気を失った目で宣言するアリス。


「そ、そんな……」


 メメンは顔面蒼白になり、その場にどさりとくずおれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る