27.猫と鈴彦と三人の女
その日以来、俺たちの中心はルアンになった。
ルアン――クリュアーンと鳴く例の猫型ガーディアンである。
「ルアンー、ほれほれー」
と、満面の笑みを浮かべて猫じゃらしを振っているのは、誰あろう、白陽学園生徒会長氷室アリスである。
「新味の猫缶を買ってきました。ルアンの口に合うといいのですが」
そう言って、慈母の如き笑みを浮かべて猫缶を皿によそっているのは、白陽学園生徒会副会長火堂千草。
「もふもふー、もふもふもふもふー」
クール毒舌キャラを返上し、惚れてしまいそうな微笑みを浮かべながらルアンを撫で回しているのは、(同略)会計風祭莉奈である。
文化祭が終わり、期末試験も終わり、来学期の体育祭まで行事もなし、という時期だけに、もともと緩みがちなタイミングでもあった。
しかしそれにしたって、空気を持っていかれすぎだろう。
いや、ルアンがかわいいことは確かなのだが。
「明日で一学期も終わりですね」
なんとなく話を振ってみる。
「波乱万丈の一学期だったが、ルアンが来てくれたことを思えば苦労した甲斐があったというものだ」
「そうですね。もう異世界に行くことは金輪際ないと思いますが。おいちいでちゅかー」
「もひゅもひゅもひゅもひゅー」
「……莉奈さんや、キャラが壊れすぎじゃないですかね」
そうつっこむと、莉奈が顔を赤くして言った。
「う、うるさいですね。かわいいんだからしかたないじゃないですか」
少し正気に戻った感じの返事に、なぜかホッとしてしまう。
「そういえば、期末テストの結果が張り出されてましたね」
「そうなんだよ!」
莉奈の言葉に、俺はがっつりと食らいつく。
なんでかって? そりゃ、
「ついに鈴彦が2年のトップ10に入っていたな。おめでとう」
アリスがそう褒めてくれる。
「もっとも、3年はトップがアリスで、2位が千草です。1年のトップが莉奈であることは言うまでもありません」
「自分で言うな」
だが事実である。
そのせいもあって、中の上から上の下くらいだった俺に対する一般生徒の視線は厳しかった。
――なんであいつが生徒会にいるの? と。
トップでないのは残念だが、今回ベスト10に入ったことで、ちょっとは見返すことができたのではないか。トップでないのは残念だが!
「まあ、ギフトのおかげですけどね。むしろ、ギフトの恩恵があるにもかかわらずトップが取れてないという体たらくでもあるわけです」
「ぐっ」
ぐうの音も出なかった。
くそう。そこまで言うなら次はトップを狙ってやる。
ていうか、凡事徹底もなしにさらっとトップを持ってくこいつらは何なの。
アリスが、猫じゃらしでルアンと遊びながら言う。
「そうだ、明日の午後は暇か?」
「時間はありますけど。どうしたんです?」
「パトラを連れて、ショッピングにでも出かけようかと思っていてな。昨日わかったことなんだが、パトラはどうも少し目が悪いようだ」
「いつも本を読んでるイメージですもんね。魔法陣を刻むのも細かい作業ですし」
「うむ。だからパトラに眼鏡を買ってやりたいんだ。この世界の勉強にもなるだろう」
よかった。アリスも、ルアンのことだけに意識を全部持っていかれているわけではなかったらしい。
話しながら、猫じゃらしを押さえようとしてくるルアンにやにさがっているけれども。
「パトラちゃん、これからどうするんです? 莉奈たちが向こうに行かないんなら、召喚魔法も関係ないですよね。スキルツリーも、一回向こうに行った人でないと使えないですから、この世界に魔法を広げることもできませんし」
「そうなのだ。だが、何もそれだけがパトラの能ではない。あれだけの学習能力があるなら、この世界でも十分に生きていけるだろう。そのための手助けは惜しまないつもりだ」
莉奈の疑問にアリスが答える。
その時だった。
生徒会室に、見覚えのある光が――って、まさかまた!?
と、思ったが、今回の光は小さかった。
光は一瞬で消え、そこには見知った人影があった。
ルアンがぴくりと耳を震わせ、人影を見る。
俺は思わず叫ぶ。
「メメン!」
「ん? おや、みなさん、おそろいで。こっちの猫ちゃんはペットですか。かわいいですねー。……なんか変な感じがあるような?」
プレデスシェネク担当天使メメンサーラが言った。
「ひさしぶりだな、メメン。今日は何の用だ?」
「露骨に迷惑そうに久闊を叙するのやめてくれます? あたしだって傷つくハートがあるんですよ?」
「ひさしぶりだな、メメン。今日は何の用だ?」
「ちょ、無限ループとか。あたしの話聞く気ないでしょ、アリスちん」
「ひさしぶりだな、メメン。今日は――」
「ひいいっ! もうやめてくださいよ! 今日は何も用事はないですよぅ! 君たちには、ね! あたしは今忙しいんだ! そんな冷たくするなら出ていくよ! プンプン!」
いつも通りのよくわからないテンションだったが、実際忙しいのは嘘ではないらしく、俺たちの方をろくに見もせず生徒会室から出ていった。
「用がないならなぜここを通ったんだ」
アリスがいまいましそうに言った。
「アリスはわりとメメンのこと嫌いですよね」
「そんなことはないぞ。千草、塩を撒いておいてくれ」
「はい、お嬢様」
「言行が一致してない!」
千草がどこからか塩を持ってきて、生徒会室の戸口に撒いた。
「ひょっとすると、何度か召喚魔法が使われたことで、この場所が特異点的な何かになってるのかもしれませんね」
莉奈が言う。
「ルアンは何もしなかったけどな」
俺が言うと、アリスたちが揃って首を傾げる。
「ちょっと……ルアンはガーディアンでしょ。魔法による干渉を防いでくれるんじゃ」
「あ、ああ、そうだった!」
「そ、そのために呼んだのでしたね」
「そういえばそんな設定もありました」
「いや、設定じゃないから! 本当にガーディアンだから!」
こいつら、ルアンのことをもう完全にペットとしか認識してねえ!
「冗談はともかく、メメンに莉奈たちに干渉する意図がなかったからじゃないですか? 害意がない限りは、メメンがこの辺を行ったり来たりしてても防げないということですね」
「実害がないならいいけどな」
しかし、仮にも天使ともあろうものが、用もなしにこっちの世界にふらふらと遊びに来たりはしないんじゃなかろうか。実際、本人は別に用事があるようなことを言っていた。
俺はちょっと気になったが、メメン自身がこちらに何かを要求してきたわけでもなかったので、この時点ではそういうこともあったという程度の認識だった。
アリスたちは、美しく神秘的でありながら人懐っこくもあるという、ザ・猫といった感じの最強ペットに気を取られて、それどころではなかった。
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