26.ガーディアン召喚
期末テストの手応えは、いまだかつてないほどよかった。
これまでの人生で、これほどまでに自信を持って解答できたことはない。
もちろん、凡事徹底の効果だ。
とはいえ、凡事徹底はあくまでも習得を早めるだけなので、勉強自体はちゃんとやっている。普段より捗るので、調子に乗って、勉強時間がいつもより長くなったくらいだ。
俺たちは今日、氷室家ではなく、火堂家の道場へと集まっていた。
ガーディアンの召喚には、広いスペースが必要だったからだ。
道場には、パトラが魔法陣を刻んだマナ重合体がびっしりと敷き詰められている。
「魔法陣というより、モザイク画のようですね」
と莉奈。
たしかに、色とりどりの重合体が並べられ、ガーディアンを象徴する絵が描かれた様子は、魔法陣というよりひとつの芸術作品のようである。
「……なんで猫なんだ?」
「な、なんでもいいのです……召喚する者がガーディアンをイメージするよすがとなるものであれば。プレデスシェネクでは猫は神聖な動物とされていましたから、伝統的に猫を使うことが多いです」
「へえ」
「それと、こちらの世界に来てから気づいたのですが、プレデスシェネクには、本当に限られた種類の動物しかいないんですね。テレビ、というもので動物の番組を見たのですが、見たことも聞いたこともないような動物ばかりで驚きました」
と、パトラがさっそく学習の成果を披露してくれる。
そのパトラの顔には、やや緊張の色がある。
ガーディアンの召喚は、知識はあっても、一人で行うのは初めてらしい。
アリスが言う。
「パトラの学習能力は驚異的だぞ。日本語も、簡単な会話ならこなせるようになっている」
「ま、まだまだですよ。お屋敷で必要になる言葉をなんとか覚えられたくらいで……」
「ひらがなとカタカナ、初歩的な漢字はもう覚えてしまっているだろう」
「そ、それは、もともと魔法陣を描くことが多かったからだと思います」
「あの国には長らく『外国』というものがなかった。外国語を学習すること自体未知の経験なのだ。その中で成果を出せていることは誇っていい」
「う、あう……」
パトラは、アリスが褒めれば褒めるほど恐縮するようだった。
「さて。それでは始めようか。パトラ、説明を頼む」
アリスの言葉に、みなが真剣な顔になる。
「魔法陣とは、神の技術である魔法を、部分的にですが人が組み替えることを可能にする技術です。もっとも、その技術自体、スキルツリーの『魔法陣作成』という形で、神から提供されているものなのですが」
パトラが説明する。
「ビートル兵が、羽根の制御に使っていたのも魔法陣です。魔法陣を作るには魔法陣作成スキルが必要ですが、いったん作ってしまえば、それを利用することはスキルのない者でも可能です。だから、ビートル兵自体は魔法陣を作るスキルは持ってなかったはずです」
「莉奈の神算鬼謀でも、ビートル兵は魔法陣作成スキルを持ってなかったですよ。瞬発力強化が少し、一人だけ防御魔法持ちがいましたね」
莉奈が補足する。
「ただし、魔法陣は、あくまでも魔法の制御を規定するものであって、魔法そのものではありません」
「どういうことだ?」
俺が聞く。
「魔法は、その名を唱えるだけで使えますよね。でも、魔法陣を発動するには、べつの形で魔力を用意する必要があるんです」
「ビートル兵は?」
「ビートル兵の甲殻は、魔獣の甲殻をそのまま利用したものです。魔獣の甲殻は、周囲から魔力を吸収する性質があります。吸収した魔力で、羽根を動かしているのです。その魔力の一部を吸い上げ、甲殻を装着した兵の意思を読み取ることが、ビートル兵の甲殻に刻まれた魔法陣の役割です」
「えっと……」
「魔獣甲殻というテレビを、魔法陣というリモコンで操作している、という感じです。もともと甲殻は魔獣の一部で、魔獣自身の意思を汲み取る必要がありますから、兵の意思を読み取らせることは、あながち難しいことではありません」
「な、なるほど」
パトラがこの世界に来て得た知識を生かして説明してくれる。
やっぱりこの子、頭がいい。
「歳下の天才少女ですか……莉奈のアイデンティティが脅かされてる気がします」
「睨むなよ。怯えてるだろ」
パトラを睨む莉奈にそうつっこむ。
「こ、今回のガーディアン召喚は、魔法陣を直接マナ重合体に刻みました……。何分、世界をまたいで行うことですので、少しでも魔力の効率をよくするべきだと思いまして。ちょっと、重合体を使いすぎたかもしれませんが……」
「中途半端なことをして失敗するよりはいいだろう。そこはパトラに一任してある」
アリスが肩をすくめた。
「これだけマナ重合体を使うとプレデスシェネクから人を召喚したり、こちらから向こうに行ったりすることはできなくなるが、不本意な召喚を防ぐことの方が大事だからな」
「命あっての物種ですからね」
異世界との交易も魅力的だが、そのためにこの中の誰かが命を失ったり、大きな怪我を負ったりするリスクなんて負いたくない。
パトラが言う。
「こちらの世界に来てから驚き通しです。何より、この世界は本当に豊かです。みなさんが危険な世界に召喚されたくないと思うのは当然だと思いました……。ファラオたちのしたこととはいえ、みなさんには謝らなければなりません」
「パトラのせいではないさ。準備がよければ始めよう」
アリスが言った。
「はい。それでは――」
パトラが、手にした杖を前に構える。
「みなさん、『われわれは霊的番人を望む』と念じてください。口に出してくださっても構いません」
「われわれは霊的番人を望む」
……口にしたのは俺だけだった。
そこは唱和する流れじゃないのかよ!
おっと、念じることに集中しないと。
俺はぶつぶつと「われわれは霊的番人を望む」を繰り返す。
「みなさん、猫の絵の上に、ガーディアンが現れるところを想像してください。想像しやすい形で結構です。いずれにせよ、ガーディアンは実体を持ちませんので、イメージの強さが大事です」
パトラのガイドに合わせてイメージする。
(ええっと……猫でいいか)
猫の絵の上にそれ以外のものを想像する方が難しいだろう。
俺は絵の上に猫が現れるところを想像する。
虚空からすっと煙のように、黒い猫が現れる。
黒い猫は絵の上に着地する。
猫がみゃーおと鳴く。
……ありきたりといえばありきたりだが、変なケレン味を出してもしょうがない。
俺がその場面を繰り返し想像していると、
虚空からすっと煙のように、紺色の猫が現れた。
その猫は絵の上に着地する。
猫は毛が短く、引き締まった身体つきをしている。
猫がクリュアーンと鳴いた。
「……え?」
パトラが驚く。
「ん? ガーディアンは霊だから姿が見えないのではなかったのか?」
アリスがパトラに聞く。
「そ、そのはずなのですが……?」
今度は千草がパトラに聞く。
「イメージは切らしてしまっていいのでしょうか?」
「あ、はい。大丈夫です。召喚は既に終わってます」
ということなので、改めて現れたモノを見る。
「アビシニアンですね。ちょっとめずらしい色ですけど」
莉奈が言った。
猫の品種はわからないが、そのへんにいる野良猫に比べると、細身でどこか気品がある。
猫が、俺たちの顔を一瞥する。
再び、クリュアーン。
「変わった鳴き声ですね」
「ガーディアン……でいいのか?」
アリスが眉をひそめて言う。
千草が聞く。
「近づいても?」
「え、ええ……ガーディアンが、召喚者に害をなすことはありません」
千草が慎重に猫に近づいていく。
猫は逃げず、近づいてくる千草を見つめている。
クリュアーン。
「かわいいですね」
千草が猫を抱き上げる。
喉を撫でる千草に、猫が気持ちよさそうな顔をする。
「成功……でいいんでしょうか?」
莉奈が首を傾げる。
「よくわかりませんね……あっ」
猫が千草の腕から逃げる。
猫は、地面に着地する前に、霞のように宙に消えた。
「聞いたことのない例ですが……おそらく成功しているのではないかと。みなさん、これまでにない安心感のようなものを覚えませんか?」
「言われてみれば、たしかに」
うまく言い表せないのだが、何かに守られていて、自分は安全だという感覚がある。
「でしたら、大丈夫だと思います……。このガーディアンがどのくらい強いのかは、ちょっとわからないですが……」
「実体を持つくらいに強いのか、逆に弱いから実体を持っているのか、なんとも言えないですね」
「そ、そうですね……」
パトラと莉奈がそう話す。
よくわからないが……とりあえず、ガーディアンを召喚した。
これで、俺たちがいきなりプレデスシェネクに召喚されることはない……はずだ。
まさか、このガーディアンがもとであんな騒動になるとは、この時の俺たちにわかるはずもなかった。
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