第15話 骨鎧の素材

 カローナから防御魔法を覚えるように言われてすぐの放課後に、イサベラは珍しく魔法学校の図書館に来ていた。いつもは好奇の目や、警戒のまなざしにうんざりするため、自分から好き好んでいくことは滅多になかった。


 しかし、今日のイサベラには素敵な目的がある。


 それは「骨の可愛い魔物モンスター」を見つけること。


 防御魔法を覚えることをカローナに約束させられた後、その後のカローナの説明で、骨鎧ボーンアーマーを使うには、骸犬スカルドッグなどの魔法と同じように、触媒となる何らかの骨が必要なことがわかった。


 可愛い防御魔法はほとんどあきらめかけていたイサベラだったが、カローナの説明を聞いて、ふと脳裏をよぎるものがあった。以前に何らかの書物で呼んだ、「銀骨シルバーボーンなんとか」という魔物の話だ。何の本で、何が主題だったかはすべて忘れてしまったが、骨に何かと縁のある死霊術士のはしくれとして、その銀骨という特徴だけは覚えていた。今は何としてでも、その正確な名前と生息地を調べるため、積み上げたモンスター図鑑を、目を皿のようにしながら、次々とめくっていく。


 エミリアの期待まで背負ってしまった以上、普通の白い骨など論外だった。


 図書館の隅に陣取る、うわさの黒いローブの女の子を見て、ひそひそ話も聞こえたが、今のイサベラには周囲の雑音は届かない。


奇跡のように魅力的ミラクルキュートなイサベラの骨鎧ボーンアーマーを私にも見せてね!」


 多少、脳内で記憶が都合よく変換されているが、エミリアの言葉が木霊リフレインする。


 エミリアの期待にこたえるべく、ほほを染めて鼻の穴を膨らませながら、ペラペラと図鑑をめくっていたイサベラの手がおもむろに止まった。


「あった・・・これだ・・・。」


 黄ばんだ羊皮紙に小さな挿絵と、説明が書いてあった。


銀骨毒鳥シルバーボーンコカトリス


 特徴:銀色の骨で知られる鳥型モンスター。コカトリス属は、石化能力と毒で知られ、毒に対する耐性も持つが、この種は特に毒耐性の強い種であり、毒をもつ他の小型の魔物モンスターも捕食する。特にその骨が毒耐性の元と考えられ、調度品のほかに解毒剤にも使われる。


 生息地:モーメン谷


「(つ、強そう。そしてモーメン谷・・・、聞いたことのない名前だ・・・。)」


 説明をパッと読んだ感じでは、とても簡単に手に入れられるものとは思えなかった。


 だがしかし、だがしかし、エミリアとの友情の誓いを簡単にあきらめるわけにはいかないのであった。


「(どうしよう・・・。)」


 何かヒントはないかと、説明文をしらみつぶしに読み始めたイサベラだったが、ふと頭の上にチリチリするような違和感を感じた。


「(ん?何?何だろうこれ?)」


 思わず頭を上げて、前をみると、前の机に座る、ぼさぼさ頭の眼鏡の少女と目が合った。


 視線が合わさると、どんなに鈍くてもすぐにわかる、眼鏡の奥の魔力を帯びた瞳・・・。


 同じ属性の魔力なら、ちょっと距離があってもすぐにわかるが、属性が違うと、目の前にあって集中しても「魔力がある」ということぐらいしかわからない。にもかかわらず、まるで皮袋にぱんぱんに詰まった水が漏れだすように、彼女の瞳からは意識を凝らさなくとも、微量の魔力が感じられた。


 少女はイサベラと目が合うと、慌てたように顔をそらすと、バタバタと手荷物をまとめて、図書館から出て行ってしまった。


 頭の違和感はもうない。


「(何だろうあの子・・・。あそこまで露骨に嫌がることないのに・・・。クスン。)」


 結局、銀の骨を手に入れる具体的な方法も分からないまま、テンションだけを下げて、図書館を後にするほかなかった。骨折り損のくたびれ儲けだ。


 図書館を出ながら、手串で頭の髪をかき上げると、指先にざらつくものがあった。


「(な、なにこれ?ま、まさか、フケ!)」


 ほとんど女性しかいない月魔法校舎でなら、「そういえば最近洗ってないな」で済ますイサベラだが、ここは他の魔法校舎の学生も集まる図書館。一刻も早く人目のつかないところに脱出しなければならない。


 イサベラは急いで女性化粧室の個室に飛び込むと、もう一度頭をよく確認してみた。


 それはよく見ると、フケではなく砂だった。


「(砂!?なんで?)」


 落ち着いてよく考えてみれば、頭は今朝洗ったばかりだ。外で砂に触った心当たりもない。


「(っ!!まさか!!)」


 心当たりと言えば、さっき図書館で頭に感じた違和感しかない。考えたくはないが、まさかまさかの・・・。


「(魔法で嫌がらせ?)」


 一体何の魔法なのかは皆目見当もつかないが、そこまで嫌われているのかと、ショックで涙ぐみながら、とりあえずめそめそしたイサベラだったが、涙を拭いて、立ち上がった!


 もう今までのコミュ障のぼっちイサベラとは違うのだ。友達だって一人いる。


 魔法学校の敷地内において、魔法を使っての喧嘩や、敵意をもって他人に魔法を使うのはご法度。どんな理由であれ、一発で破門の上、退学である。


「(見つけてガツンと言ってやる!のはやめておいて、先生に相談してやる!)」


 そこはやっぱりイサベラだった。面と向かってガツンと言える社交性があれば、初めからぼっちではない。

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