第15話
「実はですね――」
会話がとぎれるのを待ってボクも話をはじめる。
すでに契約は解消されているとはいえ、一日でも顧客であったブラングリュード商会の名前を明かすわけにはいかないから、その辺は「ある会社」と濁しておく。
それだけでなくバーモンダル氏の名前や商工組合の会長選挙のこと、そしてアルフィアの逆鱗に触れて契約が解消されていることも、黙っておいた。
それでも大筋の内容はうまく伝わっているのだろう。時折、コーヒーをすすりながらもボルクウェンは真剣に耳を傾けていた。
「そんなわけでボクにも因縁浅はかならぬところがあるのです」
商会で鉢合わせした場面を説明し終わると、ボクもカップに手を伸ばして喉を潤した。
だが、いつもならこの辺りで豪快に笑い飛ばすはずのボルクウェンだが、今日は真剣な表情を崩さない。
「あの、なにか?」
ボクが訊ねると、ボルクウェンは嫌そうに口元をゆがめた。
「こりゃ、保険の件は考え直した方がいいな」
「どうしたんです?」
「あのなあ、リルケット」
そう言ってテーブルに身を乗り出す。
「俺たちはリスクを考える商売なんだぜ。ドラングという男のやり方、かなり危険だぞ」
「危険でしょうか」
「ああ。まだ地盤も固まっていないっていううちに、幾つも事業の手を拡げるっていうことは、ハイリスクを取っているってことさ。当たれば儲けはデカイが外れたときは悲惨だ」
それにな、とさらに続ける。
「おまえなら分かると思うが、いくらリンハラが金になるとはいっても、新リンハラ会社の社員が大きく儲けるには、人には言えないことをしなきゃならんのだろう。つまりは不正な方法で現地の人間から搾取しないといけないということだ。パッセル・ドラングの資産もそうして成したんだろうよ」
「それは否定できません。というよりボルクウェンさんの言うとおりでしょう」
「まあ俺のような人間がこんなところで人道がどうのこうのという気はないがな。でもな、そういう輩は、他人を客や商売の相手としては見ていないのさ。そんな奴の保険会社にしてみれば、仲買人など単なる使い捨ての道具ってわけだ。そうでなきゃ、あくどい真似なんてやれないだろうよ」
確かにそうだ。この意見には同意するしかない。
「もし事業に失敗すれば、それこそ俺のような仲買人に負債を押しつけてくる可能性だってある。仲介料だって払い渋るかもしれん。それこそ、いつ保険業界から撤退するとも限らん。そうなれば、俺はこれまで築きあげてきた信用を失ってしまう」
「信用は築くのは大変だが失うのはあっという間ですか」
「わかってるじゃないか。正直、ドランク・アンド・マーゴルシュ保険の仲介料がどうなるかはわからんが、たとえよい条件だったとしても、小金に目がくらんで信用を失うなんて事はまっぴらだからな」
ボルクウェンは腕組みをして身体を椅子に預ける。いい情報だった、とボクに向けて片眼をつむると苦笑いを浮かべた。
確かにボルクウェンが言うように、パッセル・ドラングとの関係はかなりリスキーなものになるということは、ボクにもよく理解できる。だが、単に仲買人程度ならそれほど危険はないと踏んでいた。
だが、ボルクウェンはそれすらも避けたがった。
敵に回すと恐ろしいが味方にするにも危険であり、可能な限り関係しない方がよいということか。
ボルクウェンは今年で四十歳。さる商会の使用人から独立し、保険の仲買人を初めてすでに十年以上が過ぎている。ボクよりもずっと経験豊富な人間が、危険な匂いを嗅ぎ取っているのであれば、拝聴するべきだろう。
ならばボクも彼の会社の保険は避けておくべきだ。
そう頭の中で結論づけたとき、対面に座るボルクウェンに話しかけてきた男がいた。
「なんだ、おまえもドラングの話しかい」
歳はボルクウェンと同じくらいの赤毛の中年男性だった。ただ筋肉質のボルクウェンと違い、ゆったりとした体型をしている。コーヒーの入ったカップを手にしているから、どうやら別のテーブルから移動してきたようだ。
「アシュハーか」
「あっちの席でコーヒーを飲んでいたら、どこかで聞いたような下品な笑い声がしたから見てみれば、おまえさんだったよ」
そう言いながら男は空いている椅子に座る。
どういった人物だろうかとボクが眺めていると、それに気付いたのかボルクウェンがボクに紹介した。
「こいつはメイズ・アシュハー。造船や鉄鋼関連の株式の仲買人だ」
それに合わせて、よろしくな、とアシュハーは太い腕を差し出した。
「ユリス・リルケットです。個人財形相談事務所を営んでいます」
「おお、まだ若いのに大したものだなあ。幾つかね?」
ボクが年齢を答えると嬉しそうに手を握る力を強めた。
「リンハラ開発会社の今の総督が書記官としてリンハラに渡ったのがそれこそ十八歳のときだそうだよ。君の年齢なら独立して仕事を始めるのに遅すぎるということはない。かく言うこの私もこの商売をはじめたのが今の君と同じくらいのころなんだ。いやあ懐かしいなあ」
アシュハーはそう言って目を細めた。
「おいおい、さっきドラングについて何を言いかけたんだ」
水を差すようにボルクウェンが話しを元に戻す。
「彼に関して面白い情報を耳にしたんだが興味あるかね」
「もったいぶるなよ」
「実はさ、昨日までライバループの造船会社を訪ねていたんだが」
ユーリントとは逆の王国の西側に当たる港街であるライバプールでは、大洋に面しているため、航海期からはユーリントと並んでよく利用されるようになり、現在では造船業が盛んであった。
アシュハーという男は造船関連の株式の仲買人だというから、その関係で訪れたのだろう。
「そこでちょっと気になる噂を小耳に挟んだんだ。新しい大型のクリッパー船が秘密裏に造船されているという話しは知っているか?」
「知ってるぜ」
その噂ならボクも知っている。南洋開発会社の破綻と同じ日の新聞に出ていた記事だ。
「あれはな、どうやらドラング氏が造らせているものらしいんだ」
少し興が乗ったのか、アシュハーは人差し指を目の前に立てた。
「まあありそうな話しだな」
少なからず驚いたボクとは反対にボルクウェンは平然としている。
もっともそれは演技かもしれない。むしろすぐに顔に出てしまったボクが未熟なのだ。
「いや話しはココまでじゃない。実はすでに一年前に、同じ型の船をもう一隻、造ってすでにリンハラへ向かっていたんだとさ」
「本当か」
今度はボルクウェンも驚いたらしい。
「何のためにだ」
「そこまではわからんよ。だいたい船を造らせたのがドラング氏だという確たる証拠もないしね。でもな、今度、海難保険の会社を買収しただろう。あれはこの二隻の船の保険のためなんじゃないか。秘密裏に造らせた船なのに保険をかけるわけにはいかないだろ。かけるには相手先に船種や特徴、持ち主まで、あれこれ明かさなきゃならないからな」
「じゃあ、情報が外に漏れないために保険会社をわざわざ買収したってことか。いくらなんでも信じられんな」
お手上げだよと言う代わりに、ボルクウェンは両手をあげるジェスチャーをした。
ボクもそれは話しが飛躍しすぎではないかと思う。
だが――。
クリッパーと言うことはリンハラから何か運ぶということだろう。保険会社を買収してまでも、保険をかけておきたい積み荷というわけだ。
そして秘密裏に造らせた船。
「わからんが、なんだかキナ臭い裏がありそうだな」
ボルクウェンが呟く。
ボクとアシュハーは同時に肯いた。
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