第14話

 バーモンダル氏と別れた後、ボクはラッシュベリティーハウスへと足を向けた。

 この店を訪れるのは久しぶりだ。本来ならば週に一度は通うべき店ではあるが、ここのところなにかと忙しく、脚を向けることがなかったのだ。

 今の時代、コーヒーハウスやティーハウスは、男性の社交の場として外すことができない。なにしろ人が集まる場所はまた情報が集まる場所でもあるのだ。

 各店はそれぞれに特色があり、商談から市民の政治運動、あるいは実際の商品取引が行われている店もある。それこそ一昔前、まだ証券取引所が出来る前は、専門的に株式の取引を仲介をする、コーヒーハウスやティーハウスもあったほどだ。

 もちろん保険関連も、最新の情報が交換されている。

 保険の仲買業務も行う人間にとっては、こまめに顔を出して情報を仕入れ、同業者とのつながりを保つのは重要であった。ボクも個人財形相談の一環として保険を紹介することもあり、その際の手数料も収入源のひとつであったから、こうした店の常連になるのは必然だった。

 ラッシュベリーティーハウスの店内は十分なスペースがあったが、それでもいつも客は多い。今日もひとつだけ空いていたテーブルをなんとか見つけ腰かけると、すぐに給仕が駆けつけてきた。

「ランホーのグリーンティー。それからラッシュベリーニュースを」

 十代半ばと思われる若い給仕は、注文を復唱すると一旦下がり、すぐに戻ってきて二つ折りの紙を渡してくれた。

 この店に脚を運ぶ大切な目的のひとつである、ラッシュベリーニュースである。

 ラッシュベリーニュースはユーリントの保険商品に関する情報が掲載されている新聞で、このラッシュベリティーハウスが情報を集め、編集し発行している。保険仲買人はもちろんのこと、ボクにとっても、この類のペーパーには定期的に目を通しておく必要があった。

 もちろん集客のためのサービスであるから、店を訪れる人間なら購読は無料で、誰もが気軽に読めるのことも忘れてはならない。

 ボクの仕事の上で重要なのは、やはり生命保険と傷害保険であり、もうひとつ大火の多いこのユーリントの街では火災保険もまたチェックが必要だった。そして三王国の発展と共に、これらの保険もまた多様な商品が日々、生み出されていた。

 これら日々、増え続けていく保険の動向を、このラッシュベリーニュースは月ごとにまとめて掲載しているのだ。

 業界の話題や各保険の内容といった単純な情報から、店に来る常連客から仕入れた各保険の評価や噂まで、たった四ページとはいえ実に豊富な紙面となっている。

 もちろんこうしたニュースの発行だけでなく、店内の壁には保険仲買人の募集なども貼ってある。

 こうした保険の情報を店に取り入れたのはラーイズというコーヒーハウスが最初である。

 当時、保険といえばまだ個人を対象にした商品はほとんどなく、海難保険が主流だった。ラーイズの経営者は、保険に入っていない船舶のリストを店で配ったり、各植民地の有力港に特派員を送って現地の情報を集めさせた。その甲斐あって海難保険の仲買人の注目を集めることに成功したのだ。

 やがて自分のところで保険を扱うようになり、現在、ラーイズはコーヒーハウスではなく、世界規模の海難保険会社へと転身している。

 しばらくして給仕がシリカはランホー産の熱いグリーンティーが運ばれてきた。

 ティーをすすりながら、手元のペーパーに目を通す。どうやらここ最近、また新しい保険会社が三社も設立されたらしい。

 何気なく読み進めるが、その三社のうちの一社の名前には見覚えがあった。

「ドランク・アンド・マーゴルシュ保険――保険にまで手を出したのか」

 ここ三日、すっかり見慣れてしまった名前を見つけ、ボクはつい感嘆の声をあげた。

 会社の内容を確認すると、ドランクとは確かにあのパッセル・ドランクである。主な取り扱いは海難保険と損害保険だ。ドランク・アンド・マーゴルシュのマーゴルシュ氏は海難保険の会社の社長で、かねてより損害保険へも事業を拡大したいと考えていたところへ、ドランクから共同事業の話を持ちかけられたと、ニュースには書いてある。

 昨日、ブラングリュード商会でドランクが、こちらこそあなたには世話になるかもしれないと言っていた意味はこのことだったのだろう。

 しかし穀物業界へも商売を拡大中だというのに、こうやって他の事業にも手をひろげてくるバイタリティは大したものだ。個人的には好きになれない人物だが、商才に関しては相応に評価しなければならないのかもしれないと考えながら、カップを口に運んだ。

「ドランク氏を知っているのか?」

 再びペーパーに眼を向けたとき、前方から声をかけられた。

「ボルクウェンさんじゃないですか」

 顔を上げると、がっしりした体躯に、無精髭の男の顔があった。ボクが日頃、懇意にしている人物だ。

「久しぶりだな。最近、顔を出さないからどうしたのかと心配したぞ」

「ここのところ仕事が忙しくて」

「そうか。こちらはどうも景気が悪くてな」

 投げやりな口調で返事をすると、ボルクウェンは対面の席に着いた。さっそく跳んできた給仕にコーヒーを注文する。

「この間、オレが紹介した客、どうだった。あの元海軍将校のおっさんは」

「実は昨日、ご自宅に脚を運んだんですが、夫婦揃ってなかなかよい感触を得ることができましたよ」

「そりゃあよかったな」

 ボルクウェンは自分のことのように愉快そうだった。

 もちろん彼もまた、バーモンダル氏がボクを世話してくれたのと同じく、単に親切で客を紹介してくれているのではない。海難保険を専門に扱うボルクウェンであるが、自分の商材の対象外の人間と知り合うことも少なくない。その場合は相手にあった同業者に紹介するのだ。

 当然のことながら、今後、ボクの方に船舶の所有者から保険の相談があったときは、逆にボルクウェンに紹介することになる。つまりは互助である。

 カフェで同業者との交流を深め情報を交換し合うのには、こういった利点もあるのだ。

 仕事を始めて一年、彼以外にも、何人か情報を交換し会える知り合いはできた。それでもビジネスライクにカラリと割り切って話ができるボルクウェンが、最も好ましい相手だった。

 若いボクに対して親切心や好奇心で近づいてくる人もいる反面、侮って腹に一物を抱いている人間も少なくない。そこを見分ける目が本当に重要だった。

「で、さっきの話のドランク氏なんだが――」

 運ばれてきたコーヒーを片手に、ボルクウェンが口を開いた。

「いったいなにかあったのか?」

 態度はだらしないが、目が真剣だった。

 ボクがどう答えるか口ごもっていると、ボルクウェンの方から話をはじめた。

「実はな、おまえさんが読んでいたそのニュース」

「ドラング・アンド・マーゴルシュ保険ですか?」

「そうそう。本当はマーゴルシュ氏は別の会社と合併するべく話が進んでいたんだと。それを後からドラング氏が割り込んできて強引に話をまとめてしまったんだそうだ」

「本当ですか?」

「もちろん噂だがな。保険仲買人の間ではここ数日、この話題でもちきりだ」

 そこでボルクウェンは声を潜めた。

「ここが出す新しい保険商品に、皆、興味津々なのさ。もちろん俺もな」

「そうなんですか」

「俺もできれば海難以外の保険も扱いたい。だが生保や損保にはどうも仲介料に魅力的なものが少なくてね。おそらく合併で損保にも乗り出すだろうから、期待しているのさ」

 マーゴルシュの保険は仲介料がいいんだよ、と最後に付け加えた。

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