008

 大ガードの付近の年老いたホームレスたちは、50年前と変わらずそこで寝転んでいた。ある意味、牧歌的でさえある。周囲のションベン臭さはいかんともしがたいが。

 黄泉がそのなかのひとりに近寄って、タバコを1本手渡した。老人はそれを受け取り、何やら耳打ちした。

「待たせたな。行こうぜ」

「今のはなに?」

「なじみの情報通だ。何か気になるコトがあれば知らせてくれる。今日は特に収穫はなかったが、どちらにせよ手なずけておくには、ああして定期的にエサをやっておく必要がある」

「でも、なんでカネじゃなくてタバコ?」

「イマドキ〈M.I.N.O.S.〉に登録してねえヤツは、酒もタバコも売ってもらえねえからな。むしろ現金よりもよろこばれるのさ」

「フーン」

「イマドキ現住所リアルアドレスなんかなくたって、〈M.I.N.O.S.〉にひもづけられた電子メールアドレスさえあれば、マトモな職に就ける。メール確認用の端末代がねえなら、国から補助金も出る。それでもホームレスであり続ける連中ってのは、よっぽどのガンコ者なんだろうさ。おれにはまるで理解できんね」黄泉は吐き捨てるように言った。

 西新宿からここまで歩いて来て、少なくとも風景という点において、50年前と大きな違いは感じられなかった。せいぜい建物が老朽化していたり、新しくなっていたりしたくらいか。

 しかし歌舞伎町へ足を一歩踏み入れてみれば、そこはまったく様変わりしていた。

 まず、駅前のパチンコ屋がなくなり、ギャラリーになっていた。1階には喫茶店を併設している。現在の展示内容は、都内の国公立大学が合同で展覧会を開いているらしい。

 それから、いかがわしい店の看板が、いっさい消えてなくなっていた。キャバクラ、ホストクラブ、ピンサロ、ストリップ、ファッションヘルス、個室ビデオ店、無料案内所――どれひとつとして見当たらない。残っているのはラブホテルくらいのものだった。

 代わりに軒を連ねているのは、オシャレなカフェやレストラン、ラーメン屋、ファストフード店、居酒屋、立ち飲み、バー、ネイルサロン、エステ、アパレルショップ――見るからに健全な店ばかりが立ち並んでいる。

 確かに、風俗が廃れるのもムリはないだろう。新宿中央公園のありさまを思えば、わざわざセックスに高いカネを払う意義を見出せなくなってトーゼンだ。とはいえ、アブノーマルな性癖を扱う店は残っていてもよさそうだが。

 それに、キャバクラなどまでなくなってしまったのは解せない。ああいうシロモノは何だかんだでいつの時代も、それなりに需要があるものだ。

「たまたま風俗関係で事件が重なったときがあってな。ボッタクリとか未成年を雇ってたとか。世論がそういった店をなくすべきって方向へ傾いて、特に歌舞伎町が代名詞として槍玉に上がった。それがちょうど、警察が民営化したばかりの時期だったもんで、各社こぞって摘発に乗り出したんだ。自分たちの有用性を示すために。結果、やりすぎちまったってワケさ。今じゃアあの手の商売は、全部品川に移っちまった」

「フーン。そっかァ……」どこかさびしい気もするが、うっとうしい客引きもいなくなったのはサイコーだ。いっさい歩みを妨げられるコトなく、目指す場所へ進める。

 そのとき何か聞こえたような気がして、大通りのほうを振り返ると、大音量でヘンテコな歌を流しながら、気色悪いロボットを載せたトラックが通り過ぎて行った。

 平坂は何も見なかったコトにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る