30 通らない光

「今年もあっという間でしたね。特に12月が怒涛で」


 2ヶ月間お世話になった文道社のマイデスクを片付けながら、箱崎さんが笑顔寄りの苦笑いを見せる。おでこを出した丸い輪郭が相変わらずとても可愛らしい。なんか漫画のキャラクターっぽいな。


「いやあ、ホントに。コンサルも年末進行って感じでしたね」

 短いようで濃密だったこのプロジェクトも、年末最終出社の今日でひと段落。



 重役も出席する会議、ステアリング・コミッティー、通称ステコミも先週無事に終わり、プロジェクト成果物の承認を得た。


 直前になって発覚した付録業務フローの追加もカオスのなかで作成・確認・修正し、血走った目で出席者に送付。山場を何とか乗り切り、この1週間で比較的ゆったりと納品(=成果物であるデータ一式を最終化し、記録媒体に保存)の対応をしている。



「午前中で終わりなんて嬉しいですよね」


 不要な紙資料を溶解処理用のダンボールに詰めて、箱崎さんに回す。先月作った資料を見返すと、激動の1ヶ月が走馬灯のように脳内を駆け巡った。


「そうそう、年内最終日の過ごし方って、クライアントによって全然違ってて面白いんですよね。全員で分担決めて午後から大掃除するところもあるし、夕方からフロアにお酒持ち込んで飲む会社もあるし」

「へえ、社内で飲む会社もあるんですね。去年担当したお客さんは小さかったんで、夜チェーン店貸し切りで全社員で忘年会でしたね」




 午後からは冬休み。年始の土日の関係で、明日28日から来年5日まで9連休。


 そんだけ休んだら仕事復帰できないよね。1日アニメや映画に溺れるような生活した後に23時まで働くようなこと、絶対できないよね。


 そうなったらもう転職しかないか。電柱に「電話一本で即融資」みたいなビラ貼る仕事に就くしかないか。もっと選択肢あっただろうよ。




 と、猪井さんからメールが届いた。あれ、なんか残務残ってたかな?


「…………箱崎さん、添付来てますよ」

「え、どれどれ」


 2人で添付ファイルをじっくりと眺める。

「良い物もらったわね」

「ですね」


 編集ソフトで作ったであろう、色紙のPDF。猪井さん・編集長を始め、一条さんや三条さんまで、このプロジェクトでお世話になった方からのメッセージが、ハートや星型のオブジェクトで散りばめられていた。


『お疲れ様でした! どこまでもエネルギッシュなお2人に引っ張られて、私も元気をもらいました! 猪井』


 いやいや今も十分元気ですから、と脳内でツッコミを入れながら、1つ1つ噛み締めるように読んでいく。

 林さんのメッセージは、中央近くに載っていた。


『いつも出ずっぱりでぼんやりしてる私を引っ張って頂けただけで感動の驚きです。これでいつでも付録を後輩に任せられそうです。 林』


 へっへっへ、嬉しいねえ。駆けずり回った甲斐があるってもんよ。




「箱崎さん、唐木さん」

 猪井さんが何人かの部下を連れて来た。


「今、色紙拝見させて頂きました。ありがとうございます」

 箱崎さんが立って一礼すると、彼女も負けじとお辞儀する。


「いえいえ、2ヶ月間お世話になりました!」

 後ろの皆さんも、「ありがとうございました」と揃って挨拶してくれた。


 本当に編集作業のミスが減るのかはこれから次第だけど、こう言ってもらえると、素直にやって良かったと思える。



「あれ、林さんは?」

「取材なんですよ」

「今日も!」

 忙しい人だなあ。付録の発注、遅れないようにお願いしますよ。


「私ちょっとこれから出てしまうので。どうぞ良いお年をお迎え下さい」

「はい、猪井さんもどうぞ良いお年を」


 先方の予算の都合もあり、継続案件はなし。文道社のプロジェクトは、ここで終わりだ。





「唐木さん、お昼一緒にどうですか? 社食開いてるみたいなんで、最後に」

「お、いいですね。ラストに行っておきましょう」


 退社準備を終えて、エレベーターで43階の社員食堂へ。もう帰ってる人も多いのか、12時ちょうどのお昼時だというのに大分空いている。


 鶏肉と根菜の旨煮定食が500円で食べられるなんてここは素晴らしい場所だよホント。



「そういえば3連休は彼女戻ってきたんですか?」

「ええ、まあ。一応ちゃんとしたところでご飯食べて、銀座と恵比寿のイルミネーション見に行って、あとは家近くでのんびりしてました」


 直前に明け方まで仕事して寝るリズムがズレたので、フレンチは睡魔と闘いつつ食べた。前菜とかあんまり味覚えてないぞ、なんてもったいない。



「唐木さん、実は私、1月に転職するんですよ」

「えっ、あっ、そうなんですね」


 正直そこまで驚かない。人の入れ替わりが激しい業界だ。誰がいつ辞めても不思議じゃない。


「春に結婚することになって、やっぱり結婚後もコンサル続けるって結構大変な選択だし」

「おめでとうございます。そうですよね、続けるの大変です……」



 男だって、「息子が起きてる時間に帰りたい」と愚痴りながら22時を軽く超えて働く上司が多い。女性でちゃんと子どもを育てたいタイプの人なら尚更、コンサルを続けるのは難しいだろう。



「後はね、決定権がないっていうのが寂しくなっちゃって」

「決定権?」

 意味を図りかねている俺に、彼女はコーヒーをかき混ぜながら続けた。


「相手の予算の都合とか、担当者の異動とかでプロジェクトが止まることあるじゃないですか。ホントはもっと支援できるはずなのに。それが歯痒いなあって。だから次はWEBサービス系の会社に行くんですけど、自分で色々決めていきたいなあって」


 ああ、最近、俺も思うことがある。コンサルはきっと芸者みたいなもので、高いお金を払ってもらって相手を満足させる努力はできるけど、お声がかからないとそこでお付き合いは終わり。



「キャリア、迷いますよね」

「うん、迷いますね」

 2人で笑う。「面白いね」ではない、「参っちゃいますね」の笑い。




「じゃあ、良いお年を」

「箱崎さんも良いお年をお迎え下さい。ありがとうございました」

 東京駅の構内で別れ、階段を1段飛ばしで昇って山手線のホームへ。




 お世話になった方も、次々と道を見つけていく。


 自分はどうしたい。


 続ける? この働き方を4年も続けてまだやる。将来何をする。何の専門性をつけてどんなコンサルタントになる。


 辞める? 辞めてどうする。どこへいく。人事制度や人事システムをかじっただけの自分に何のスキルがある。何の業界で何をする。


 どうしたい。自分はどうしたい。




 今年の仕事を終えて、ホッと安堵の表情を見せているビジネスマンが車内に溢れる。


 ドアが開くたびに入り込む澄んだ空気と、覗く晴天。

 胸に巣食った歪な雲は積乱雲になりかけていて、僅かな光も通さない。

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