Survive:這いつくばっても生き残れ ~不動産開発・販売 採用管理システム導入~

31 突然のメールに、心震えて

「おっ、シュージ」


 同期と川本と、本社の自販機前で会う。お前も0円コーヒー飲んでるのか。

 最高だよな。味っていうか中毒性が。


「あれ、ファッション雑誌のって終わったのか」

「ああ、去年で終わりだよ。今はアベ」

「マジか。羨ましい」


 その他、同期の噂話を4人分ほどして、2人で自席に戻る。

 俺の席には、最近読めてなかった人事労務向けの雑誌「労政時報」が積まれていた。



 ふっふっふ、これですよ、これ。年始から1週間。アベイラブル(=プロジェクトに入っていない)の自由さ。今までの仕事の振り返りをしたり、社内の研修に参加してみたり、こうやって雑誌で新しい知識を吸収したり。


 あとはもちろん、転職の情報を読んだりキャリア設計に関する本を読んだり。こういう時間が大事なんですよ。


 しかも、定時にあがれるんだぜ。何その生活。貴族なの? 家で21時から冬ドラマ1話目をリアルタイムで見られちゃうんだぜ。何その生活。貴族なの? さっきから貴族のハードルが低すぎるよ。


 そんなわけで、俺は12月のバタバタのご褒美とばかりに、このゆったり生活を満喫していた。

 この緩やかな時間の中で、自分の将来がおぼろげにでも見えてくるといいんだけど。



 と、16時半も過ぎてあと30分で帰るかなあという頃、PCにメールが来る。


「げっ、リソースかよ……」


 残念、俺の楽園もここまでかな。




 リソース部門は、プロジェクトへのアサイン(=任命・割り当て)を担当するバックオフィスの部門。


 俺の所属するHR部門であれば、マネージャー以上が参加する会議に参加し、「ここ新しく始まるんで、若手2人ほしい」「ここ人不足してるから1人追加」といった要望を聞きつつ、空いてる人員を探して調整する。


 そのリソース部門から連絡が来たってことは即ち、入るプロジェクトが決まったってことだ。あーあ……。




 メールを開くと、丁寧な文章で新プロジェクトについて説明されていた。


『つきましては、円藤さんとアサイン面談をして頂ければと思いますが、急ぎの案件であり、お手数ですが本日19時から面談可能でしょうか』


 ちょっと待て、今連絡来て19時からプロジェクト内容すり合わせの面談? これは相当ヤバい状況ってことじゃないか……?


 とはいえ、ここでNOと言えるほどエラくもない。素直に従い、残りの時間は読みかけだった雑誌を読んでメンタルヘルスに関する法改正を勉強した。





「いやあ、すみません、お待たせしました」

「あ、いえいえ。よろしくお願いします」


 19時。23階、フロア両端に配置された会議室の一室で待っていると、円藤さんが入ってきた。

 さすがに日が短い。この時間で外はすっかり暗闇で、会議室の蛍光灯がやけに明るく見える。



「あれ、唐木さんお会いしたことあったっけ? 見たことある気がする」

「そうですね。私も新卒なんで、新卒のイベントで何回かお会いしたかと」

「おー、新卒なのね、失礼しました」

 俺の代で、彼を知らない人はいない気がする。




 マネージャーの一つ上、シニアマネージャーであるHRチームの円藤さん。俺の11年前に新卒でこのストレイブルー・コンサルティングに入社した、いわば大先輩。


 当時ストレイブルーは新卒を採り始めてまだ3年目。そこから残っている人もほとんどいないので、俺達若手にとっては目標にもなる「新卒たたき上げの管理職」だ。


 短い髪に、少しだけ恰幅の良い体格。シニカルにも見えるその表情は自分への自信も含んでいるようで、コンサルタントを15年続けた独特の深みのようなものを感じた。




「で、早速なんですけど、お客さんは神原かんばらリアルエステートね」

「有名ですよね。私が大学くらいのときによくニュース出てたような」


 大手不動産である神原リアルエステート。財閥系が強い不動産業界の中で、中堅として東京の湾岸エリアや埼玉のベッドタウンエリアのマンション開発・販売を行っていたが、そのエリアの人気がこの7~8年で一気に跳ね上がり、最大手の一角に飛び込んだ。

 さっき社員数見たら4000人とか書いてあったな。久々の大企業案件だ。



「それで、やってるのは採用管理システムの導入支援。この10年くらいで急拡大してるから、新卒も中途も『採れるだけ採れ』みたいな感じで、具体的な人数目標とかもなかったんだって」


 え、この規模の企業でそんな感じなの。ベンチャーみたいだな……。


「というわけで今年から初めて、採用戦略を考えることにしたのね、この部門で何人採ろう、みたいな」

「なるほど、変革ですね」


「でも、今のやり方だとそれが実現できないんだよね」

 ん? 実現できない? どういうことだ?


「要はね、採用のデータが全然残ってないんだよ。何人書類選考して、何人通したのか。面接の通過率は何%なのか、辞退者がどのくらいいるのか。そういうデータが残ってないから、目標の採用人数があっても、何人応募者がいればいいのかすら分からない」

「あー…………」


 言葉が途切れる。そうだよな、採用の経験はあっても蓄積したデータがなければ、最適な方法は選べないよな。


「で、採用管理システムを入れることになったわけね」

 円藤さんが手振り多めに説明してくれる。採用管理、つまり、応募者の選考状況や面談の結果を1つのシステムでまとめて管理しようってわけだ。




「で、PMOを担当すると」

 その言葉に、思いっきり苦笑いする円藤さん。


「いや、もうPMOなんて言ってる段階じゃないんだよね」


 PMO、Project Management Office。今回の例で平たく言えば、システム導入のスケジュールや課題を管理する役目。


 導入の主担当はいわゆるエンジニアさんなので、俺達はスムーズに導入できるように管理役として道案内をするのが一般的。


 でも、もうそんな次元の話じゃないらしい。あれ、一気にやる気メーターが下がったぞ。


「もともとそういう役割担当する人がいなかったから、まあちょっと炎上してるんだよね」

「燃えてるんですね……」


 人間、炎上してると聞いて心も燃えるようには出来ていません。やる気メーターが空っぽになりました。



「このプロジェクトも、神原から緊急で要望受けて今月から始まったんだけど、人が足りないんで1人追加することになって、唐木さんに白羽の矢が」

「立ってしまった、と」


 それ、語源の意味の方でしょ? 神様が人身御供の家の屋根に白羽の矢立てたっていう犠牲者探しの意味でしょ?



「唐木さん、システム導入プロジェクトの経験は?」

「あの、チームメンバーの下っ端で絡んだことはありますけど、採用系はまったくやったことが――」

「よし、なら大丈夫だな」

 聞いてましたか俺の話。「なら」がどこからも繋がってないんですけど。



「じゃあ早速明日からお願いね」

「……頑張ります…………」



 とはいえ、まだ自分は仕事を選べる立場にない。

 ハッピーな予感は皆無だけど、担当になった以上、飛び込んでみましょうか。

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