第9話 先生!はっきりしなよ!

 修学旅行の2日目は、6月1☓日(水)だ。私たちは、修学旅行3日間の松岡勇菜のスケジュールを教えてほしいとメールをした。特に2日目の丸一日スケジュールを詳しく教えてもらえるようにした。

 二人が会えるチャンスはおよそ3回ある。午前中の班別見学で松野先生が引率するグループの行き先。次は午後のディズニーランド見学中(すべて自由行動)。最後は2日目宿泊地の浦安のホテルだ。

 

 勇菜からのメールでスケジュールの大まかな内容が分かった。1日目は夏から放映されるドラマの撮影で無理、2日目は昼にNHKの公開番組に出る、3日目は昼から大阪で夏のコンサートのリハサール。(まもなく松野先生直筆のラブレターが郵便で届くはず。事務所経由なので確実に届くか心配している)

 そこで、私たち修学旅行実行委員は、NHKスタジオパークを見学場所にする班に松野先生を引率につける作戦を目標にした。

 つまり、1時ごろから放送の始まる「スタジオパークにこんにちは」のスタジオを見学するという目的で先生を連れていき、ゲストで出演している松岡勇菜に偶然会わせるという設定だ。放送局なら情報産業の学習ということで却下はないはずだ。


 NHKのサイトを詳しく研究して、NHK会館やスタジオパークなどの建物の様子、見学受付の仕方は担当班に任せるとして、実行委員会で話題になったのは、松岡勇菜がゲストに来ていることを知られずに先生をスタジオに連れて行って彼女にどう告白させるかだ。

「好きだよ。勇菜、ぼくと付き合ってくれ!」学級委員の黒田くんが先生の真似をして笑いを誘った。

「松ボン真面目だもん。そんなこと言うわけないよ。」恵梨香の指摘は鋭い。

「きっと、何も言えなくて固まっちゃうじゃないかな。」

「可能性大だね。そしたら、班の連中に応援させちゃえば?チアガールみたいにさ。フレーフレーって。」

「それいいかも。見学希望の班を2つにして女子を増やして二人を囲むとか。生放送で電撃発表!生徒が応援するなら日本中みんな二人のことを認めるはず!イェーイ。」ちょっと悪ふざけかな。もう少し、中学生らしい微笑ましい演出をしたいところだ。

「いいね。いいね。盛り上がってきた。そういえば、会うの10ヶ月ぶりらしいよ。勇菜ちゃんドキドキだって、メールに書いてた。あー、うらやましい。」

「勇菜ちゃんを喜ばせたいよね。告白とプレゼント。このセットをどうするかだよね。」私は力を込めてみんなに呼びかけた。後、2週間で松野先生に何を準備してもらうかだ。(勇菜さんと会うことは絶対!秘密として知られてはいけない)

 この後は、額を突き合わせてひそひそ話となった。

まず、勇菜さんの好みを調査する。花、指輪(いきなりハードル高い!)、アクセサリー、ぬいぐるみ、ブランドのバッグとにかく何が欲しいか調べる。みんな勝手に意見を言うだけで具体性がない。

「そういえば、勇菜さんからのメールで新しい小説のことを調べてほしいとお願いされていたよね。」奈津美がふと思い出したことをつぶやいた。

「原稿ができているかどうかということだったはず。」小説の原稿を書き終わっているかどうか調べなくてはいけないことを思い出した。

「また、勇菜さんにメールして調べようか?小説の原稿が出来ていないと困ることがあるのか。ついでに欲しい物も教えてもらおうね。」

 午後部活の始まりに随分遅れているが、どちらが重要かといえば、夏の大会で総決算となるの部活も大事だが、先生と勇菜さんの愛の行方のほうが大事だ。ここまできたら意地になても成就させたいと思う。これはみんなも同じ気持ちのはず。(ひょっとしたら雑誌に取り上げられて一躍有名人になって、テレビに出たりして)


 「やっぱり女の子だよね。私も好きな人から始めてもらうものは指輪とか、ネックレスとか、身につけるものがいいもん。いつも一緒って感じ。」私が言うと恵梨香が突っ込む。

「時計なんていいんじゃない。宝石パッとちりばめたやつ、ほしいな。」

「松ぼん。公務員だからムリくない。それに修学旅行までに買っておくように先生に言ったら不自然だし、バレるんじゃない?」確かに奈津美の言う通りだ。

「じゃ、やっぱり小説の原稿が出来ているか確かめて、持って行こう。」

「どうやって確かめる?先生のパソコンのデータを見ることができるの?」

「多分、学校では書いてないよね。パソコンでも書くっていうのかな?それとも昔の小説家のように原稿用紙に万年筆だったりして。」

「家に遊びに行って確かめてみる?男子に行かせてみようか?」

「漫画に”重版何とか”ってあったじゃん。あんな風に小説家も編集者が付くんじゃない?その編集者に電話に聞いてみよう。」

「めんどくせーって感じ。直に聞いちゃえ。”おい!松ぼん!書いてるか。書けてない?早く書け!”グオーっ」黒田くんらしい。彼の思考回路は常に直結だ。

私たちは、とりあえず先生の本の出版社に電話をかけて編集者を教えてもらうことにした。


 「先生。はっきりしてください。書けているんですか?書けていないんですか?教えてください。」恵梨香の呼びかけに、先生はずっと黙ったきりだった。

「先生、黙ってないで教えてください。先生の小説が出来上がるのを待っている人がたくさんいるんです。」私の問いかけに先生はぽつりと言った。

「どうしてみんなが小説のことを知ってるのかな?」 

「どうしてって、◯川出版に電話をして、担当者の方を教えてもらったんで。それで…」先生の問いかけに奈津美が答え始めた。すべて正直に話すことはできないので、私が話をつないだ。「それで先生が2冊目書いているはずだと教えてくれたんです。担当の方の話を聞いているうちに”手伝おう”と思ったんです。」

「”手伝う”って何を?」先生がいぶかしげに尋ねてきた。

「よく、ドラマであるじゃないですか。有名な作家が旅館に缶詰になって、睡眠不足でふらふらになって書くってヤツ。そういうのを私たちでやってみたいな〜。それで、担当の方に”私たちが先生の小説が書き上がるまで頑張ります”って言ったんです。」私の説明に先生はケゲンな表情で「”頑張ります”って何を君たちが頑張るの?」と尋ねた。

「だから、先生が小説を書くことを応援するんです。私たちは先生が小説を書くためなら授業が自習になっても構いません。ハンド部の練習は女子の監督に見てもらいましょう。」それらの手間のかかる手はずを私たち生徒が行ってあげるのだ。出版社への連絡と交渉なんて言い訳を考えるのが嫌になることもやってあげるから、先生は出来上がった原稿を順次、私たちに渡すだけだと説得した。

 最後の方は、かなり面倒くさくなっていい加減な説得になったが、原稿を点検する権利を私たちは得ることができた。たぶん、勇菜さんが誰よりもいちばん小説の完成を待ち望んでいることを松野先生は気付いていないのだろう。

”どうして小説を書いていることを知ってるかって?先生は自分が考えているよりずっと有名なんだよ”












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