第8話 お膳立て

「先生、ちょっとお願いしたいことがあるんですけど。」私たちは、社会の授業が終わって職員室に戻ろうとする松野先生を呼び止めた。

「どんな用事ですか?」先生は、立ち止まって返事をしてくれた。

「先生、ちょっと写真を撮らせてもらっていいですか?」

「えっ?どうして写真を撮るの?」先生が怪訝な表情をした。

「いいからいいから先生。3年生なので卒業までいろいろ写真を撮っておきたいんで、お願いします。」4人そろって先生を取り囲んで無理やり写真を撮った。


「これで写真が手に入ったから、後は文章を完成させて送ればいいよね。」奈津美がデジカメをカバンにしまった。

「この封筒の中に手書きで文章が入れてある。プリントした写真をこの中に入れて封筒をポストに入れるんだよ。切手は82円でコンビニで買うこと。分かった?」恵梨香は人差し指と親指で挟んだ封筒を奈津美に渡した。文面は、私たちが松野先生の今年の教え子であること、私たちに連絡してほしいこと、私の電話番号とメールアドレスが書いてある。

「本当にこれで松岡勇菜と連絡が取れるのかな?」

「大丈夫だって、証拠写真もあるから絶対連絡してくれるはずだよ。」

私たちが松岡勇菜と連絡をする必要があった。

 最近、松岡勇菜がHMGの小野寺と東京の焼肉店で密会デートをしたとか、ミュージシャンの川相音寧のライブにいたとか男のうわさが絶えないのだ。

 松野先生の新設応援団の私たちとしては気が気でない。そこで、私たちと先生の写真と手書きの文章を封筒に入れて所属事務所宛に送って、勇菜と連絡をとってうわさを調べる作戦をとったのだ。私の携帯アドレスでテキストか、直接通話をすることが目的だ。

 最初、松野先生のスマホを奪ってアドレス帳を盗み見る作戦を立てたが、PINコードがわからなかったので失敗した。封筒作戦がダメならいちばん若い理科の新谷先生に無理やりスマホを覗いてもらうことにしてある。

 もっと心配しているのは松野先生にも噂が立ち始めたのだ。2年担当で家庭科の今井先生が何かと先生に話しかけているらしい。特に部活の練習中に話しているらしい。これは、ハンド部の男子に見張って邪魔してもらうことにしてある。 


 1週間も立たないうちに勇菜から私のスマホにメールが入った。本当は学校に持ち込みを禁止されているが、担任のために持ってきているのだからやましいことはない。堂々と授業の合間にみんなで回し読みした。メールからわかったことは2つある。一つは雑誌に書かれた後、先生と連絡が取れなくなって、誰も先生がどうしているのかわからなくなったので困っていること。もう一つは、2冊めの小説が書き終わっているのか知りたい。ということだった。

 先生が職員室で打ち合わせをしている間の朝のSTで、クラス全員で話し合いをした。勇菜のとのメール連絡は私が担当し、小説の件はハンド部の男子が先生から聞き出すことにした。


 どうやら先生は、全く松岡佑菜と連絡を取っていないことが分かった。松岡佑菜は連絡が取れなくてとても困っていることもわかった。私たちの中学校に来る前にアパートを引っ越したらしい。まず、どこに住んでいるのか、3年の他の先生から奈津美が聞き出すことにした。おまけにスマホも買い替えたか、電話番号だけ変えたらしい?格安SIMと契約したのかもしれない。こちらは恵梨香が調べることにした。職員室の電話機に生徒と先生の電話帳がぶら下がっているので、朝練の早い時間に盗み見ることにしてもらった。どちらも分かったら勇菜にメールで教えることとした。どうして松岡さんと連絡をしなくなったのかみんなで問いただそうと思ったが、修学旅行まで秘密にすることにした。

 クラスのみんなが心配していることは松岡勇菜のスキャンダルだ。パソコン部がうわさの真相をネットで調べて、私がメールで問いただすことにした。それから、先生に変わってほぼ毎日メールのやり取りをして、松野先生のことを勇菜に知ってもらうことにした。名付けて「愛のキューピッド作戦」だ。


 まず、松岡勇菜のスキャンダルについて彼女に直接問いただした。ミュージシャンの件は同じ芸能事務所のタレントに誘われて行ったと白状した。ボーカルの川相に頼まれてツーショットの写真をとり、食事に誘われたらしい。私は、メールでさっそく佑菜さんに忠告した。

 ”それ!foolplofeが松岡さんの人気を利用しているだけです。スキャンダルで自分たちの人気を上げようとしているかも?利用されないように注意してください。松野先生は気が小さいので嫉妬深くはない人ですが、激しく落ち込む人です。ところで、HMGの小野寺とはどうなっているのですか?”送信したらすぐに返事が来た。

 ”映画で共演し以来、仲良くしてくれています。映画がヒットしたおかげなのは小野寺さんのおかげだから会っているだけです。”と返事が来た。クラスの男子にメールの内容を見せると「女にもてたいだけで、中身なし。深く付き合うと勇菜の不利。捨てられる。原作者の先生と仲良くすべし」との意見がでた。ということで”神秘性を売りにすること。人気の安売りをすると勇菜の価値が下がる。先生との愛を貫くべし。次回作とのコラボになる。”と連絡した。

 続いて松岡勇菜が、先生のことをどう思っているかについて確かめた。これがもっとも重要なことだ。”先生は、松岡さんのことが大好きです。この前、授業で最も大切な人だと告白していました。あなたのことを思っているのか、ときどき遠くを見つめてさみしそうにしています。松岡さんは先生のことをどう思っていますか。”とメールし、おまけに給食の後でたそがれて窓の外をボーッと見ている先生の写真を添付した。

 返事はすぐ来た。”子どもの頃からずっと先生のことを思っていました。尊敬しているし、愛しているという気持ちはずっと変わりません。”と書かれていた。

 私が朝のSTの時間にクラス全員に松岡佑菜の気持ちを話すと異様な盛り上がりとなった。先生はもちろん、親も、違うクラスの友人にも内緒で作戦を進めた。


 住所と電話番号はすぐわかった。しかし、みんなと相談して知らせないことにした。知らせると直接勇菜が電話して先生の気持ちが進展しなくなるかもしれない。私たちが間に入って、先生をその気にさせる作戦に出た。

 そこで先生に恋文の書き方を国語の授業でやって欲しいとい願いしてみた。先生は、3年で受験のため授業時間に余裕がないと渋った。修学旅行の最終日、横浜中華街で自由行動のときにデートに誘う文を考えるという題でお願いしてみた。「中華街は班行動で、個人行動は出来ないぞ。」と私たちのわずかな楽しみを規則でしばる発言をした。「一生に一回のことだから、そんな野暮なことは言わないで!」とみんなで強硬に迫った。

 ”はじめまして。ぼくは3年◯組の△△です。ぼくは君のことを前から素敵な人だなと思っていました。微笑んでいる顔、見つめる瞳、髪をかきあげる仕草、何もかもが素敵で、ぼくは君を見かけるたびにドキドキしています。今まで勇気がなくて告白できなかったけど、最後のチャンスだと思ってお願いします。僕と横浜中華街でデートをしてください。”

 みんなで意見を出し合って、文を継ぎ足し、修正して黒板に書いたラブレターを男子が本当に使って、女子に渡すのかは分からない。

「松野先生、僕、字が下手くそなので先生に書いてもらいたいんですけど。」

「えーっ。下手な字でも自分で書いたほうがいいよ。達成感あるし…。」

「じゃ、先生のていねいな字を真似て書くので、手本を書いてください。それから、自己紹介はカットして、デートの日時と曜日と待ち合わせ場所を書いてくだい。」仕掛け人の山本くんはなかなか役者だ。こうして、先生の手書きのラブレターにgoogle・mapをつけて投函する。

 つまり、松岡勇菜と松野先生のデートのお膳立てをするのだ。ただし、これは修学旅行3日目の横浜散策に結びつけたオプションで、2日目がメインなのだ。

2日目は、東大赤門近くの旅館を出て、午前中に都内のさまざまな施設を班ごとに見学する計画になっている。すでに班編成は決まっていて、見学場所を選んでいる段階だ。見学内容はキャリア教育の一環で、働く人の話を聞かなければならない。2日目の見学で松野先生と松岡勇菜を会わせるにはどうしたらよいか、みんなで話し合っているところだ。

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る