12:レティ





 捜査官室へと戻ったサムとノアは、早速メテオライトについて調べ始めた。

 営業許可申請書の情報によると、店主はキース・ブルームという五十代の白人男性。ネオネースト出身で、出国歴、逮捕歴無し。これだけ見ると、至ってクリーンな人物である。最終学歴は大学で、しかもネオネーストのエリート校である。


「サム。この大学名、どこかで見たことが無いか?」

「ダイナの出身校ですね」


 二人は顔を見合わせる。ほんのわずかではあるが、ダイナとキースが繋がった。


「よしサム、この後飲みに行くぞ」

「行くって、このバーにですか?」

「当たり前だろ」


 デスクではこれ以上情報が得られない今、確かにそうするしかないとサムは思う。


「あれ、早くも飲み会のご相談ですか?」


 ソフィアがニコニコしながら二人の間に割って入る。


「違うよ、仕事仕事。飲みに行くのが仕事なの」

「何かよくわかんないですけど。わたしも、今日は早めに上がろうかなと思ってるんですよ」

「何だ、彼氏もいないくせに」

「ノア、そういうのセクハラですからねっ!」


 そう言いながら自分のデスクに戻ったソフィアは、鼻歌を歌いながら片づけを始める。


「あいつ、本当は彼氏できたんじゃないか……?」

「ソフィアもそういうお年頃なんですよ」

「お年頃、って、あいつもう立派なアラサーだろ」


 こそこそと話し込むサムとノアを尻目に、ソフィアはボスに早退の報告をして帰っていった。




 それから一時間ほど経った頃。サムとノアは、予定通りメテオライトへとやってきた。開店直後の店には客はおらず、キースただ一人がグラスを拭いている。

 サムとノアは二人ともビールを注文する。今日はほんの様子見で、キースと数回会話できれば上々という風に二人は考えている。


「お二人さん、仕事帰りですか?」

「ええ。癖のある上司や先輩が居ましてね。ストレス溜まりますよ」


 それからサムは、キースと世間話を繰り広げる。どこにでもいる、至って普通のバーテンダーだとサムは思う。


「ところで、この店はお一人でされているんですか?」

「基本的には。時々、手伝ってもらっている女の子はいますがね」

「女の子? 今日は出勤する?」


 ノアがニヤニヤした笑みを浮かべると、キースは黙って頷く。サムは、前回ここに来た時のことを思い出す。果物を買ってきた女性のことだ。

 やがて店は混み始め、キースの手も慌ただしくなってくる。


「女の子が来るまではとりあえず居ようぜ」

「はいはい」


 それから二杯ほどウイスキーを飲み終えた頃、お目当ての女性がやってくる。彼女はネクタイを締めながら、常連客なのだろう、一人の老人の前まで歩いていく。


「こんばんは! 今日もうちに来たの?」

「おう、レティ。お前さんの顔が見たくてな」

「上手いねえ、さすが年の功」


 レティと呼ばれた黒髪の女性は、注文を取り、キースに告げる。そして、サムとノアの方へ向かってくる。


「こんばんは。私とは初めまして、ですか?」

「そうですね。僕はサム、彼はノアです」

「レティっていいます。たまにですけど、ここの店員やってますんで、これからもごひいきに!」


 元気な受け答えにサムは微笑ましく思うが、ノアの目つきが鋭くなっていた。レティが去ってから、ノアは小声で言う。


「彼女、アンドロイドだ」

「まさか」


 サムはレティの姿を目で追う。ノアがアンドロイドの判別を間違えるはずはない。ならば、彼女がアリスなのか。


「でも、今は動けませんよ」


 ノアは頷く。様子見程度のつもりだったため、機動課との連絡も取っていない。勤務時間自体終わっている。今すぐどうこうできるような状況ではない。


「閉店した後の、彼女の足取りを追おう。そうするしかない」


 二人の間に緊張感が走る。


「でも、閉店までこの店に居るのは得策ではないですね」

「ああ。ちとしんどいが、出入口を張ろう。一応、ボスには連絡だけ入れておく」


 一度会計を済ませた二人は、店の出入り口が見え、尚且つ影になる場所に座り込む。細い路地裏にある店だ、男が二人座り込んでいたとて、特に怪しまれることはない。


「ボスが、できるだけ大きな動きをするなよ、ってさ」

「そうですね。僕もそれは避けたい」


 メテオライトはそこそこ繁盛している店のようで、客の出入りは多い。レティが何かの用事で出て行かないかどうか、二人はじっと出入口を睨みつける。

 長い長い見張りの間、ノアはふと思い出したかのようにこんな話題を振る。


「ちぐさが、子供たちと旅行に行ったときの土産物を、俺たちに渡したいんだとよ」

「ほう、そうですか。また日程を調整して研究所へ行きましょう」

「それで、どうするんだ? お前にとって、ちぐさはただ妹のような存在なのか?」

「そのことなんですけどね……実は少し、迷い始めました」


 サムにとっての懸念事項は、歳の差だった。しかし、歳の離れた夫婦などいくらでもいる。歳を引き合いに出すのは、ただの言い訳のような気がしてきたのだ。


「この仕事が落ち着いたら、自分の中でハッキリさせたいと思っています」

「おう、そうしてくれ。しっかしまあ、動き全然ないな……」


 このまま朝になるのだろうか。そう思いかけたとき、黒いトレンチコートを着た女が一人で店に入って行った。

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