雪ん子
初雪が舞った夜のことである。
暗くなった庭から玄関に駆け込んだ節が、庭で娘の雪子を見たと夫の留吉に叫んだ。
雪子は半年前の大津波で流されたまま帰らない夫婦の娘である。
夫婦の家は高台にあり、以前と変わらない生活をしていた。
ランドセルは確認したが、遺体は確認してはいない。
大津波が襲った三月十一日は、小学校入学を控えた園児が幼稚園にランドセルを背負って行っても良い日であった。
雪子は大喜びで小さな背中に大きなランドセルを背負って家を出た。
夫婦が待ちに待った子供であった。
娘を失った夫婦の悲嘆は想像を絶した。
留吉は節の言葉を信じなかったが、庭に駆け出した。
すでに誰もいなかった。
だが懐中電灯を当てると足跡らしきものが残っていた。
小さな足跡である。
節が見たと言う少女の背丈も雪子と同じぐらいである。
「あの娘に違いなかだっべ。子犬コも一緒だったべ」と節は譲らない。
確かに隣の子犬の足跡らしき物もある。
そんなはずはない否定しながらも、留吉の心も騒いだ。
雪ん子を見たと村人が現れた。
雪ん子とは雪女の娘であるが、やはり白い姿で犬らしき動物と一緒だったと言う。
節が見た物は実際に存在していたのである。
夫婦は徹夜で家の周囲を見張ったが、見かけることはできなかった。
それでもたまに足跡は残っていた。
暖かくなり、山の雪も解け始めた頃である。
朝、いつものように庭の見回り出かけた節が慌てて掛け込んで来た。
駆け付けると留吉も目を疑った。
猿が死んでいた。
隣に見たことも生物が死んでいた。
人間のようであるが、全身が薄い白い毛で覆われ、背筋が伸びていた。
二匹ともやせ細っていた。
放射能の影響で野生生物の奇形児が増えていた。
薄い毛では山では冬を越せないと判断した母猿が連れて下りて来たに違いない。
夫婦は空の雪子の墓の隣に母子猿を大事に葬った。
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