子キツネの政治活動

 小さな道路沿いの空き地に車を止めた時には、すでに丑三つ時を過ぎていた。

 秋の虫も鳴き止み、耳鳴りのする静寂があたりを包んだ。

 さすがに貴船神社周囲の杉の大木が鬱蒼と茂り、夏の昼間でも涼しい神社周囲に車を進み入れる勇気はなかった。

 ともに旅をする白い子犬は安眠している。

 少し仮眠をし、まだ暗い明け方に目が覚めた。

 外は白み、木立の間からのぞき見える空は、すでに青ずみ、爽快な気分だった。

 神社参りには早い。だが再び寝る気にはなれない。神聖な領域である。人に出会う前に子犬の散歩を済ませておいた方が良いとも思った。

 川沿いに上流に向かい歩いた。

 川のモヤが一面を白く覆っていた。

 水音も清々しい。

 車がやっと通れるぐらいの小道の山側には杉の大木が覆い茂っている。

 十分ほど歩いただろう。貴船神社の鳥居の前から僅かに過ぎていた。

 白いモヤの中から、真っ白な神職袴を着た神主らしき人物が歩いて来るのである。

 不思議な光景には違いなかった。だが異界の存在に勘の鋭い子犬もまったく異常を示さないのである。かえって神聖な場所に子犬を連れ込んだことを咎められるのではと不安を感じた。

 見る見るうちに距離は縮まった。

 月並みの挨拶をした。

 神主は立ち止り、話しかけてきたのである。

「こんなに早う、珍しいどすな」と

「目が覚めたものですから」と答え、手に握りられたワラ人形を見つめた。

 視線に気付き神主が説明した。

「参拝客が押し寄せる前に、ワラ人形を処分せんといかんのどす」と。

「昨晩の分ですか」と聞くと、「そうどす。最近になって、ぎょうさん増えましてな。気をもんでおりやす」と返事がくれた。

 短い会話の後に別れた。

 ところが別れて数歩、歩いた後に背後に気配を感じなくなったのである。

 慌てて振り返った。

 そこに彼に姿はなく、ワラ人形が鳥居の前の道路に転がっていたのである。

 不思議と恐怖心は湧かなかった。

 周囲が明るくなったせいもあったろう。

 何より彼のことが異界の存在と思えなかったのである。

 子犬も、いつもと変わらない。

 とにかく慌ててワラ人形を拾い集めた。

 ワラ人形の裏に中に黒いキツネ文字で文を綴った紙を張り付けた物が、数個混じっていた。

 自然、目は文字を読んでいた。


 民と家畜、野の獣に代わり、もの申す。

福島原発事故は天災にあらず。

 まぎれもなく人災である。

 事故を防ぐ機会は幾度ともなくあった。

「安全装置を取り外していなければ」

「新潟県中越沖地震で柏崎刈羽原子力発電所が被害を受けた時に原発の安全性を議論していたら」

「昨年のチリ沖地震津波襲来の時に原発の安全性を議論していたら」

「津波被災後、被災後直後の緊急冷却装置を停止せず作動し続けていたら」

「津波被災直後、自衛隊員が現場に駆けつけていたら」

「絶対安全神話がなければ」

「天下りなどと言う官民癒着がなく、厳しい検査が確実になされていたら」

 怨み申す。

 わが同族の下等キツネより性根が腐っておる。なすべきことをなさなかった者たちを罰せよ。

 

 さもなくば命を縮める人や獣、奇形で生まれる人や獣、親、兄弟の怒りは収まらへん。


 一瞥して政治的なげき文であることは明らかである。

 神主に知らせねばと鳥居を潜ろうとした時に本宮の石段を下りて来る神主に出会った。

 信じて貰えるか考える余裕などなく、ワラ人形を入手した経緯を説明した。


 神主は落ち着いていた。

「また現れやしたか。ほんまに政治活動が好きな狐でんな」と笑いながら言い、ワラ人形の束を受け取った。

 そしてワラ人形の束を簡単に点検すると、山に向かって叫んだ。

「いつもいつも、朝のお見回りおおきに。伝えておくさかい」と

 遠い奥山からコーンとキツネの鳴き声が返って来た。

 神主は一礼すると、踵を返し石段を上って行った。

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