第32話陰婚

 長く中国を旅して、不思議な事象に出会う。

 キョンシと言う子ども幽霊でもそうである。

 幽霊にまつわる話は、国、民族に関わず人類共通の話題である。

 地球上で生存する人間以外の生物には生死の境もなく幽霊なども存在はしないはずである。だが人間には共通して幽霊なる不可思議な存在を感じるようである。

 中国である街に三日間、滞在し、周囲を観光するツアーに参加した時のことである。

 省を明かしても差し支えあるまい。

 山西省と言う北京の南西四百キローも離れた地域で体験した出来事である。

 一日目にツアーに参加していた一人の女性が行方不明になった。

 その日の予定を終えホテルを出て買い物に出たまま、彼女は帰らなかったのである。

 担当する男性ガイドは、すぐに警察に捜索を依頼し、救助を頼んだ。行方不明になった女性と彼は同じ世代で、一日で恋に陥ったようであった。

 行方不明の女性のことは警察に任せるしかない。

 二日目も貸切のマイクロバスで予定とおり市内観光を楽しんだ。

 三日目に女性のことは警察に任せて中国を離れるしかないと結論に達した。

 ところが、その朝、ガイドは沈痛な表情で私に前夜の夢のことを話してくれた。

 彼は私がキョンシなど、この世の不可思議な現象に関心を抱いていいることを、知っていたのである。

 夢の内容であるが、姿を消した女性が夢に現れ、ある史跡の前で待ち合わせたいと告げたと言うのである。

 その場所は地元では名を知られているが、国外の観光客には不明な場所であった。

「夢で示された場所に行くべきかどうか」とガイドは私に相談を持ちかけて来たのである。

 私は行くべきだと即答した。

 帰国前に時間の余裕はあった。

 ガイドはサービスと称して、行方不明になった女性か夢の中で告げられた史跡に私たちを案内し、マイクロバスから下車して説明をした。

 ガイドの案内の途中にに葬儀の列がバスの横を通った。

 不思議な葬儀であった。

 棺おけが二体あった。

 ガイドは説明してくれた。

 若い男性が亡くなったようです。

 しかし葬儀の参加者は死を嘆くより、安堵している様子であった。

 ガイドは葬儀に参加する者たちの声に耳を傾けていた。

 見る見るうちに彼の顔が青ざめ、ハンドマイクを握る手が震え始めた。

 彼は怒鳴り声を上げ、ツアー客をバスに押し込むと、いつもは念入りに行っていた点呼も行わず、マイクロバスを街の方に反転させ、ホテルの前の警察所に駆け込んだである。

 私たちツアー客は事情を知らされぬまま、ホテルに一日、足止めをされた。

 翌日、警察から担当者が来て、ツアー客全員に事情を説明した。

 そばに立つガイドは憔悴しきった表情で黙っていた。恋人を失った青年のように号泣した後をうかがえた。

 警察官は事務的な口調で説明を始めた。

「この地域には今も陰婚と言う風習が残っている。男性が独身のまま死ぬと、連れあいの女性を探し、一緒に葬る風習である。その相手として女性の死体が高い値で取引をされることもある。これは公然の秘密であって、時には女性の死体を求めて殺人さえ起きるのある」と。

 ここまで説明を聞いたら、姿を消した女性の運命は明らかであった。

 ツアー客の中から悲鳴が上がった。

 彼女は死者の結婚相手として殺されたのである。

 だが、これは特殊な風習ではない。日本でも似たような風習がある。

 山形県にある山寺と言う寺は松尾芭蕉の「閑さや岩にしみ入蝉の声」と言う俳句で有名であるが、夭折した男女にあの世で共に過ごす花嫁や花婿を人形として手向ける風習がある。


 通常、私たちが中国語と称するのは北京語だと理解しても良い。北京周辺でしか通じないのである。地方では方言が根強く残っており会話を理解することもできないのである。

 ガイドはツアー客の横を通り過ぎる葬儀の列の人々の声に何を聞いていたのか。

 実は葬儀の列に参加する者たちは、死者の連れ合いになる女性が見つかったことを喜んでいたのである。男女二体の遺体を並べて黄泉の国に送り出すことなど最近では、なかったことである。参列客は亡くなった若い男の幸運を心から喜んでいたのである。

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