第33話遺骨収集

 もともとサイパン島には幽霊話が多い

 太平洋戦争末期の戦火に巻き込まれて多くの日本人が玉砕した島であることに原因があるかも知れない。米兵に追い詰められた婦女子がマッピ岬という岬の断崖から次々と海面に身を投ずる痛ましい映像は今でも見ることができるが、それもサイパン島で起きた事件である。

 こんな歴史的な背景もあり、ホテルの一室や、庭で日本兵の幽霊を見たとか言うことを今でも耳にするのである。

 今から話すことは、そんな類の話だと切り捨ててしまうかどうかは皆さんの自由である。主人公は私と遺骨収集に同行した男である。

 遺骨収集は山野を踏み分け、小さな窪みや洞穴を探すことから始まる。

 その日は私は小さな窪みに子どものシャレコウベを見つけた。

 遺骨を拾い集めて布袋に収め草むらから出る頃に、突然、周囲は暗くなり、熱帯独特の激しいスコールに襲われ、彼も私も逃げるようにホテルに帰った。

 その日、収集した遺骨は彼に預けた。

普通は収集した遺骨は、夫々が管理するのであるが、彼の方から申し出て来たのであるが、私も何気なく了解した。

 彼はその遺骨はベットの横に置いたまま、ベットに入ったと言う。ホテルは湿気も高く蒸し暑く汗ばむ夜である。その上、クーラーは古くウーウーと耳障りな低いうなり声を上げていた。昼間の遺骨収集で疲れているはずだが、彼は寝付けなかったと言う。ウツラウツラと意識は遠のいたり覚めたりと繰り返し、現実と夢の世界を行き来していたが、視線は壁の絵にくぎ付けになっていた。

 サトウキビを収穫する農夫の絵である。粗末な印刷物の絵である。古い絵でキャンパスの周囲が破れている。ゴッホの絵をまねたような、まぶしい青い空を背景に上半身、裸の農夫の絵である。しかし彼の左手は不自然に宙に遊んでいる。彼の手の先に存在すべき何かが欠けていると言う感じの絵である。

 第一次世界大戦後に日本領になってから、本土から多くの農民が移り住み、サトウキビ栽培などでしながら平和な生活を送っていた。その時代の名残を描いた絵であろうと彼は思った。


 ふと彼の意識が戻った時である。

「とうちゃん」と呼びかける声で彼は現実の世界に引き戻された。

 遠く離れて暮らす息子の声だと夢うつつに彼は思いながら、「どうした」と聞いたが

子どもは彼の言葉に応えずにベットの横に置いた遺骨入れの箱から、足音が絵に向かい走り去るのを感じた。

 その後に彼は深い眠りの中に入ることが出来た。

 翌朝、カーテンの隙間から差し込むまぶしい光で彼は目を覚ましたが、ベットの横の遺骨収集箱に置いてあった子ども遺骨が、消えてしまっていたのである。そして宙に遊んでいたはずの男の左手の先に子供の姿が描かれていたのである。


 これは前日に収集し彼に預けた筈の遺骨の行方を彼に問い質した時の彼の言い訳である。

 その後、日本に帰国したのであるが、彼は精神を病んだと噂に聞いた。

 子供の遺骨を紛失したせいか、あるいは、サイパン島へ向かう飛行機の中で語った息子との関係がこじれたことが原因かも知れない。全ては定かでない。帰国してから、彼に会っていないないので確認も出来ない。

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