第28話同窓会

 見知らぬ者からメールが届いた。母校の同窓会開催の連絡であった。三日前のことである。予想もしていない出来事であった。卒業して四十年を経過したが背を向け続けたきたのである。しかも母校の校内で開催するという。この開催場所の記載がなければ、今回も参加をする気にはなれなかった。公的な機関である学校を私的な同窓会の会場として活用するなど我がままが許されるかどうか疑問に感じたが、卒業生の中には有名な歌手もおり、彼が力を尽くせば可能なことだと疑問を打ち消し参加することにした。

 総会が体育館で行われた後に自分のクラスに割り当てられた部屋の一角に向かった。

 生物教室である。

その頃に、すでに夕暮れており、薄暗い部屋には明かりが必要であった。

 がい骨の標本や、解剖されたカエルのホルマリン漬け、人間の顔半分の皮膚をはいだ模型、全身模型などが壁際に並べられている。

 がい骨の模型はカエルのホルマリン漬けと同じ本物のがい骨が使われていると信じられていた。

 三々五々に集まってくる人で、ステンレス製の実験台の机を中心にいくつかのグループができた。年取った者たちだけである。行事を企画した者が高齢者の集合場所を生物教室にするように割り振ったのであろう。一人で待っているが誰も僕の周囲には集まらない。だが寂しさは感じない。それが僕の学生時代の姿だった。恥ずかしい人生だった。良い年の取り方をしなかった。四十年と言う時間が周囲の景色にもたした変化を思い描きながら時間をつぶした。

 学校の北側の小高い丘には市の墓地が造成された。四十年前には造成されたばかりの市の墓地は荒れ果てていた。

 平らに研ぎ澄まされたみかげ石の墓石も風化し、くすんでいた。ふもとにある墓石工場も閉鎖され、閉ざされたままの長くシャッターがさびていた。小高い丘を取り囲んでいた水田は宅地になり人家が密集していた。四十年前の、この時期には一面にレンゲの花が咲き、小高い丘まで見渡すかぎり紫色のじゅうたんを敷き詰めたようだった。死者と生者の存在すべき領域に境が喪失してしまったようである。

 周囲にいた者が集まった時と同じように三々五々に去っていく。近くの料理店に出も行くのであろう。私は教室に一人、取り残されたが動く気にはなれなかった。

 過ぎ去った過去を記憶の中でまさぐっていた。

 記憶の中の風景や周囲の者との人間関係も霧の中の景色のようにかすんでいた。このようにして年を取っていくのだろうか。

 不思議な感傷に浸っていると、薄暗い蛍光灯の中に、静かにたたずむ生物模型の標本が揺れた。隣接する国道を走る車が起こす振動のせいではない。死者の時間が訪れたのである。

 人の住む領域を襲い壊滅的な被害をもたらした大津波や、原子力発電所から漏れ出した放射能が人の住む領域をも犯す出来事が現実に起きている。黄泉に住む者が生者の領域を犯しても何ら不思議なことではない。

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