第29話用務員室から

 町の人形館に行くと館長が待っていたと近付いてきた。

 いわくつきの人形を仕入れるために頼りにしている古道具屋がいるが、その古道具屋が困った問題に直面していると言うのである。

 もちろん古道具屋であるから不用になった建具や家具を扱う。その彼に一月ほど前の三月の末に、市の役所から市内のある学校の学級の机やいすを引き取るようにと突然、話が舞い込んできた。

 しかも春休みの期間の早い時期である。

 彼は突然の話で思わず理由を聞いてしまったが、理由を明かさねば仕事を引き受けないのかいう、役人の興奮し厳しい叱責の声で口を閉ざし、引きうけることにした。

 何かきな臭いを感じたので、人形館の館長に相談に持ちかけたと言うのであるが、人形館に館長も、その時は、変わったことは耳にしておらず、その時には何の助言もできずに帰ってもらった。次の日には古道具屋は机やいすを引き取った。三月二十八日のことである。その夜からである。古道具屋の倉庫から子供の話し声やいすを動かす音がするのである。

 もちろん古道具屋も気味も悪いが、放っておけず勇気を奮い起こし、一人で倉庫の中を調べたが、変わったこと様子はないと言う。それから二週間もたったが、倉庫の夜の騒動は改善せず、そのことで、昨日、古道具屋が再び相談に来たと館長は言った。

 それで、今夜、一緒に確認してくれと古道具屋は依頼し、館長は館長で若く体力もある私にも付き合えと言うのである。

 そういう事情で介護ホームの夜勤明けの今夜は古道具屋の倉庫に出かけて来たのである。

 倉庫は町から離れた場所にあり、近くには似たような施設が多くあった。廃棄物処理施設や空き地には古い電化製品が山積みにされている場所もある。

 うっそうと木が茂る林があり、畑に囲まれている。

 人家はない。明かりもなく、夜が更けると、いよいよ寂しくなった。

 虫の音もない時期である。

 黄色の裸電球の事務所で待った。

 俗にいう、丑三つ時に変事が起きると、恐縮して古道具屋は説明した。

 丑三つ時を過ぎた頃である。

 隣の倉庫から音がした。

 机やいすが動く音である。

 明るい昼間に倉庫の中の様子は見ていた。

 動いたり音を立てる物はなかった。

 気のせいか、倉庫から子どもの歓声が聞こえてくるようにも感じられた。


 古道具屋が言ったとおりであった。

 倉庫の中から物音が聞こえるのである。

 ネズミなどの小動物が動き回る音ではない。

 ボルタガイストと呼ばれる扉が閉まるような音でもない。明らかにいすを引きずる音や、教室内をかける音である。

 古道具屋も含めて町の人形館の館長と私の三名は扉に耳を当て、物音に集中した、

 かすかに子どもの声が混じっている。

「どうしよう」

「あやまった方がいい」

「怖い」

「そんな気はなかった」

 そんな会話が途切れることなく続いている。

 大勢の子どもの声である。

 男の子の声も、女の子の声も混じっている。

 しばらくして声が止んだ。

 古道具屋が倉庫の扉を開けて、中を懐中電灯で照らしたが、話声の主がいる様子はない。倉庫の室内灯をつけても、中には人の気配はなく、小学生用の小さな机といすが、部屋の隅に重なられ整然と整理されて置かれている。

 もちろん、倉庫の中を三名で念入りに調べたが、音を発すると考えられるような物は何もなかった。

 音を発する録音機の類の物や、外から悪戯を仕掛けるための小型の拡声器の物が隠されていないか、机の引き出しや倉庫の隅々まで調べたのである。

 その後、事務所で三名で話した。

 三名とも会話の内容はもちろん同じことを聞き、大勢の子どもが話す様子も同じ印象を受けていた。

 彼らが何に対して、どのような理由で謝罪をせねばならないと、互いに質問を繰り返しているのか、会話からは分からない。

 どうしよう、あやまった方がいいと言う会話を繰り返しているだけである。

 不思議なこともあるものだと古道具屋は頭を傾げた。古道具屋と言う仕事をしている以上、これまで何回も、いわくつきの品物を扱ってきたが、このようなことは、今回が始めてだと言った。さすがに人形館の館長は驚いている様子はなかった。

 古道具屋は何とかせねば、大損害だと役所をのろい、同時に、品物を何も知らない買い手に押し付ける訳にはいかないと困り果てていた。彼もただで引き取った訳ではない。代金を支払ったのである。

「机やいすが原因ではない」と町の人形館長は言った。 

 古道具屋も私も、机やいすが原因であり、その先にあることを考えていなかったので、彼の言葉に耳を疑った。

「子どもたちの思いが根本的な原因である。教室で起きた出来事を調べてみる必要がある」と館長は断言した。

 翌々日のことである。館長から電話があった。彼からの電話は初めてのことである。

 とりあえず、電話の申し出に逆らわずに、夜勤の前に立ち寄ることにした。

 古道具屋の店主もいた。町の人形館で館長以外の他人を見かけるのは初めてのことである。

「実は大体の事情が判明した」と館長は切り出し説明した。

「この話は厳しく学校や市の教育委員会でマスコミに察知されないように口止めがされている」と断った上で、私の協力を求めた。

 私も他言するなと言う条件かと聞いた。

 館長は逆だと言った。むしろ下手な筆に乗せ、投稿をしてくれと言うのである。

 同席する古道具屋の店主も同調した。

 口止めをした者たちを罰することで、奇妙な声も収まるのではないかと期待をしていると館長は言った。

 仕事に行く前に立ち寄ったので時間がないと二人をせかし、館長が説明を始めた。

「実はことの始まりは学校の夜回りをする用務員が奇妙な物音を聞いたことから始まる。 それは三月の春休みが始まる直前だ。

「断る必要もないと思うが、物音と言うと私たち三名が古道具屋の倉庫で聞いた声や物音と同じである。それで慌てて校長や教育員会に報告し、とりあえず生徒などへの聞き取り調査を開始したのである。そしてある事実を把握した」

「子どもたちも、こんなにに大変なことになるとは思わなかったようだが」とはた迷惑そうに、古道具屋は舌打ちをした。

「原子力発電所から放射能漏れで、被災県から多くの児童が県外に疎開をしていることは知っているね」と館長は念を押した。

 もちろん知らないはずはない。

「この町にも女の子が一人、転校をして来ていた。ところが二週間もたたないうちに、クラスメイトにからかわれて帰った。多少は後味の悪さを感じたのだろうが、同種の事件で全国的な報道が始まる前のことで表面には出なかった。報道があってから学校で不思議な現象が起き始めた。まずクラスメイトの子どもたちが騒ぎ始めた。女の子をトイレで見たとか、下校途中に会ったとか、家の前で寂しそうにしていたとか。そんな話が急に広がり、そして夜中に学校中を見回る用務員の話に発展した。年度末でもあり、経費に多少余裕があったので、市の教育員会も動き、慌てて机やいすを買い換えることにしたと言う訳だ」

「学校は」

「今は静かになったようだ」と古道具屋が答えた。もちろん彼はそれでは収まらない。机やいすにとりついた不思議な霊がからかわれて学校を去った少女の怨みか、それともからかった子どもたちの良心の呵責が机やいすに憑依したものか不明であるが、霊を払わねば買い手を探す気にはならないと言うのである。

「そこで話は戻るが」と館長は話の次を引き受けた。

「君に手伝ってもらいたいのだ。ひとつ筆を走らせて、まず大人たちを、次に子どもたちを罰してもらいたい。それで子どもたちの良心の責めも怨みも消えるかも知れぬ」

 と言うころであった。


 町にある人形館の館長は古道具屋の依頼で放射能汚染から避難をしてきた少女のことを調べている間に、それまで知らなかった町の学校で起きた不思議な話を用務員から内緒で聞くことができたと告白した。

 例えば学校の校庭の西側に楠の木が茂る林がある。校庭に隣接しているが、昼までも薄暗く湿っている。その近辺は昔は墓地だったらしいが、武士の幽霊を見たとか、無気味な太刀音が夜中に響き渡るのを聞いたとか、頻繁に不気味な噂が人々の間で話題になっていた。

 最近でもブオーと言う夜霧にむせぶ霧笛のように長く尾を引く音を深夜に耳にしたという話が付近の住民からささやかれ出し、相談を受けた市役所が調査に乗り出した。結果は、郷土史家まで巻き込む騒ぎになり、関ヶ原の戦いや川中島の戦いの戦いとともに、戦死者の数から日本三大合戦の一つとも呼ばれる南北時代の筑後川の戦いの名残であると解釈された。

 その音は当時、戦に使われて法螺貝にちがいないと解釈がなされたのである。

 はたして戦国時代から二百年もさかのぼる南北朝時代にホラ貝の音が戦の合図や士気高揚に活用されたがどうか不明だが、ホラ貝が修験僧の悪魔降伏に用いられた説明が追加されると近所の者は納得した。

 戦の戦死者を弔ったと言い伝えられる場所には石碑が多く残されている。

 隣接する町には武士が血糊の着いた太刀を洗ったと言う由来から太刀洗と言う地名までが残っている。

 このような素地があるせいであろう。町の学校には怪異な噂が絶えない。そのような噂を校内で広がると校長は用務員に夜間の宿直と校内巡視を命ずることができるようになっている。つい最近、起きた、古道具屋を巻き込んだ夜、誰もいない教室で机やいすが音を立てる話もその用務員が発見したである。

 怪異現象解明を命ぜられた用務員が仮眠中に金縛りに会ったなどと言う話にはこと欠かない。トイレから小さな子供の手が生えたとか、鏡に自分以外の者の姿が映るのを見たとか、夜中に音楽室のピアノが勝手に演奏し始めたとか話題に絶えない。

 梅雨入り直前の学校では、不思議な噂が子どもたちの間に広がっている。

 放射能を含んだ雨が降っていると言うのである。五年生の女の子が学校を休んでいるが、放射能を含んだ雨に濡れたせいで白血病になって休んでいると言うのである。入院前に彼女は雨に濡れそぼる寂しい一人ぼっちの自分の姿を絵に描いて残したが、その絵にガイガーカウンターを近付けたところ、激しく針が振り切れたと言うのである。

 その絵の具体的に説明する価値があろう。

 真っ黒に塗りつぶされた背景を背に、一人の少女が銀色の点で描かれた雨に濡れそぼれて立ち尽くしている。少女は明るい黄色い洋服を着ている。

 彼女を知る友人は、一目で絵に描かれた少女が本人であると証言したのである。

 彼女はいじめっ子で汚染地域から避難をして来た少女をも、先頭に立ち、からかい、追い回していたのである。

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