Episode20

捕まった鈴木がどうしてもユズキに会いたがったので、その日の午後、店長と一緒に警察署へ向かった。


麻薬のことで捕まったのは、大体察しがつく。


一応、彼に対して友情意識が芽生えていたので、面子仲間の好として、ユズキは彼の話を聞いてやることにした。


店主は署内で調べ物があるらしく、席を外している。


留置所で、鈴木はユズキと面会するなり、


「捕まっちまった」


と言って笑った。


子分の二人――倉本と高橋は同伴していないようだ。連行された後、離れ離れにされてしまったらしい。


「見れば分かります」


ユズキはため息をつく。


「どんなヘマしたんですか」


「酒の勢いで、ちょっとな」


祭りの夜、ついつい羽目をはずして騒いだ結果、偶然通りかかった警察官に捕まってしまった……というのが、電話越しに聞いたことの経緯いきさつだ。


なんとも情けない捕まり方である。


「アジトがバレたんだ」


鈴木は肩をすくめた。


「アジト?」


小学生のユズキには何となく、空き地にある秘密基地のようなイメージのある言葉だ。


「ああ。近所の古い廃墟さ」


その廃墟のことなら知っている。お化け屋敷みたいなところだから、この辺りではちょっと有名だ。


鈴木たちは、その中で堂々と麻薬の草本を栽培していたのだという。


「あんなところで……」


言葉に詰まり、ほとほと呆れる。


「酒も麻薬とかわりませんね」


「そうだな」


鈴木は否定しなかった。


どちらも遅かれ早かれ、結局は自分の身を滅ぼす。


本当に依存性のあるものというのは、実は普段、もっとも身近なところに存在しているのだ。


ユズキの両親だって、少しずつアルコールに入り浸りになっていった。


「他の二人は?」


倉本と高橋の身元が気になる。


「別の留置所」


鈴木はこともなさ気に言う。


「一緒にいさせたくなかったんだろう」


「寂しいですね」


「そうでもないさ。今度手紙でも送ればいい」


捕まってもなお三人の中は健在のようで、何故か少しだけ安心する。


「似合いませんね」


「そう言うなよ」


言いながら、鈴木がガラス窓越しに身を乗り出してきた。耳をかせ、と合図される。


本題へ入る……ということなのだろう。


わざわざ面会でユズキのような子供に会いたがったのだ。何か突拍子のないことを言われる可能性は十分にあった。


「今日お前に来てもらったのには、訳がある」


耳打ちされる。


「訳?」


ユズキは小声で訊き返す。


「お前に、ある秘密を教えておこうと思ってな」


面会室には当然、監視カメラ設置されている。ここで鈴木の話を聞いてしまうのは危険な気がする。


「……大丈夫なんですか?」


不安になる。


「平気さ。お前は子供だからな。誰も気にとめない」


それなら……。


マズい予感はあったが、断る勇気もなく、ユズキはコクコクと頷いた。


耳元で、鈴木に伝言される――。


伝え終えられ、ユズキは狼狽すると、困ったような表情を浮かべた。


「そんな、僕に、どうしろっていうんですか」


鈴木はニヤリと笑う。


「お前が好きに使えばいい。俺が外に出られるまでは」


「……使いませんよ」


やっぱり聞かなければよかったかもしれない、とユズキは後悔する。


「何事も、予期せぬ時に使い道ができるものさ」


鈴木は、何か含みのあるようなことを言って、席を立った。去り際に、「たまにはまた会いに来てくれ」と言われる。


随分、気に入られてしまったみたいだった。悪人に関わっていてもろくなことにならないというのに。


だけど、ユズキは心の何処かで、まだ彼のことを完全に嫌いになりきれていなかった。


ユズキも面会室を出て行く。


時々は、また会いに来ようと思う。


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