エピローグ

始まりの陽


 雨津イザミは屋根の上から夜明け空を見上げていた。

 ヨミガネは全て機能停止し<匣>に封じ込められし人々は救助される。

 貪る金属の正体が実は人間であった事実は世界を震撼させた。

 連日、その手のニュースにイザミはうんざりし<サイデリアル>は対応に追われていた。

 根方カグヤの処遇もイザミが持ちうる権限をフル活用してどうにか鞘に収めさせる。

 山積みであった問題が解決する度に新たな問題を生もうと悪いことばかりではなかった。

「父さん、母さん、全て終ったよ」

 緋のデヴァイス<緋朝>を託してくれた今は亡き両親にイザミは告げる。

 空の色は緋色、手に持つデヴァイスと同じ色だ。

 一日の始まりを示す色であり、一日の終わりを告げる色である。

 ここ数日、屋根に登ってこの色を眺めるのが日課となっていた。

「全て人間が起こしたことだった。けど、悪意なんてなかった。あったのは人を救いたいという善意。ただその善意が行き過ぎただけだった……けど、そこに愛はなかった」

 両親が<ヤオヨロズ>の完全開放に必要な感情を愛と設定した理由を知った。

 争いは不和を招き、争いの中で愛することすら忘れていく。

 ヨミガネは人を救おうとする善意が暴走した結果であるが、その過程で誰かを愛することを忘れてしまっていた。

 個を救うのではなく全を救おうとしたのならば当然だろう。

 今日日、誰もが貪る金属に怯えて暮らす必要はなくとも愛を忘れてはいけない。

 忘れれば自ずと獣への入口を踏むことになるはずだ。

「<ヘグイ>の目的は<サイデリアル>を通じて世界各地の政府に通知されている。岩戸の爺さんも食料自給率を如何にして上げるか力を尽くすそうだ」

 もっともヒノモトなる国は諸外国より極東の島国と呼ばれている。

 周辺を海に囲まれ、平地よりも山が多いため、土地問題で難儀するのが安易に予測できた。

「これからこの世界がどうなるか正直分からない」

 未来は未知数であり不明慮だらけ。

 常に希望と絶望がいがみ合い、隣り合っている。

 誰もが手を取りあい食糧問題の解決に尽力を果たすのか。

 誰もが手を弾き合い、限られた資源を奪い合う争いを起こすのか。

 だとしても、一歩、一歩、未知たる可能性を抱いて先へと進みたい。

 息子にデヴァイスを託してくれた両親のように。

「でも、おれはまだおれがやれることがあると思う」

 天剣者として鞘に剣を納めるのはまだ早い気がする。

 力を託された身、次なる行動は自ずと決まっていた。

「並行世界にはヨミガネみたいな脅威が人々を苦しませていると思うんだ。おれはそんな力なき人たちの剣となりたい」

 異なる世界を移動するに不可欠な次元転移装置もゴースト・ゼロことヒメの力を借りれば問題ない。

 実際、マスターシステムが座する空間からの脱出に手を貸してもらった。

 観測機であるならばデータ収集が出来ると喜んで協力してくれるだろう。

「イザくん~どこ~? 朝ごはんできたよ!」

 庭先からイザミの愛する女が呼んでいる。

「けど、今すぐには発たない。今はミコトと、愛する女との日常を謳歌したい」

 剣を一先ず鞘に納めよう。

 天剣者としてしばしの休息であった。

「ミコト、上だ。上!」

 イザミは屋根上から庭先に立つミコトに呼びかけた。

「い、イザくん、また屋根の上にいる! 危ないっておばあちゃんから何度も怒られたでしょう!」

「朝焼けを見ていたんだよ。お前も来いよ。綺麗だぞ」

 屋根上から誘えば、ミコトは当初、困惑した顔を浮かべるも最終的に笑顔で返してきた。

「今行く!」

 ミコトは家の中へと消え、ドタドタと嬉しそうな足音が屋根越しに伝わってくる。

「婆さんが今も生きていたら静かに歩きなさいとかドヤされてたぞ」

 当時を思い出すようにイザミは苦笑した。

「ほら、ミコト」

 イザミはベランダへと現れたミコトに屋根上から手を伸ばす。

 朝焼けに負けぬ綺麗な笑顔に見惚れながら――


 朝焼けに照らされながら一組の男女がゆっくりと寄り添うのを幽霊は静かに見守っていた。

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オーバーライザー こうけん @koken

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