第三九話 黄泉の終わり

「おい、お前ら、まだへばるんじゃねえぞっ!」

 ダイゴは気合と気力で立ち続け、部下に発破をかける。

 星鋼機もまた耐久値が限界に達しようとしていようと、最後の最後でものを言うのが人間の持つ気合と根性、底力だ。

「なにを言いますか、隊長。あなたの部下がそう簡単にくたばるとお思いですか」

 クシナは残弾一となったガトリングガンを意気揚々に構え直す。

 他の部隊員もまた満身創痍でありながら一人も欠けておらず、幻想種ドラゴン型ファフニールをグラインダーで削るように少しずつ、少しずつ追い詰めていた。

 爪を穿った。翼を切り落とした。牙をへし折った。

 消耗を重ねながらファフニールから戦う力を奪い続け、今まさに胸部装甲の破壊に成功する。

 後は破損個所から覗く<匣>を破壊するだけだが異変は今まさに起きた。

 ファフニールが全身を激しく痙攣させるなり<匣>は内側から砕け、中より粘液まみれの全裸男を吐き出した。

「おい、誰か攻撃したか?」

 ダイゴは気を緩めず部下たちに問う。

 問おうと誰一人として攻撃してないのは明白であり、誰もが突然の変化に呑み込めぬ中でクシナは気づいた。

「もしかしたら、イザミさんたちが……」

「坊主たち、やったのか」

 ヨミガネを総括するマスタープログラムが討たれれば繋がっている故に機能停止を起こすとゴースト・ゼロことヒメが言っていたのを思い出した。

「隊長、すぐ本部に医療班の出動要請をっ!」

「そうだな。おい、本部、おれだ。第六部隊隊長の大車ダイゴだ。今すぐ医者と医療ヘリをこっちに派遣してくれ……人数はそうだな、三人だ! 急げよっ!」

 一人も欠けず戻って来るのをなによりも信じていた。


 主を失った空間は崩壊する。

 空間は亀裂を刻み続け、時刻む時計は正確な時を刻まない。

 この空間がマスタープログラムによって生まれ、維持されていた以上、主消失による崩壊は必然であった。

『ふう、ようやく妨害から解放されたよ』

 ヒメは安堵した表情でイザミたちの前に現れた。

 マスタープログラムから強力な干渉を受け、今の今まで現れるに現れなかったが、理由を説明する時間はないとヒメは判断する。

「おい、ヒメ、脱出ルートの算出を頼むっ!」

 体力を著しく消耗したミコトを背負いながらイザミは力強く求めた。

『大丈夫。マスタープログラムを直に観測したお陰で元いる世界へ繋がる路を構築できるよ』

 ヒメは言うなりイザミたちの前に空間の裂け目を作って見せた。

『ただエネルギー消費は激しいから急いでね』

 星鋼機の稼働を観測することで改良発展させる能力を持つのならば、幽霊は自らを改良発展させることも可能であった。


「ずっとずっと疑問に思っていた」

 不可視の路を駆け上がるイザミは唐突に言った。

「<ヘグイ>とは本来、増えすぎた人類の数を調整し飢餓からの脱却を目的としたシステムのはずだ」

「だが、マスタープログラムの暴走により無秩序に人間を殺すようになっただろう」

「おれが疑問を抱いたのは……<ヘグイ>が正常に機能していた場合、人類は本当に飢えから解放されたのか? ってことだ」

「されただろう。数が減れば食料を巡って争う必要などない。一〇〇人分の食料がしっかりあれば一〇〇人全員が――おい、まさか!」

 カグヤは気づいたようだ。

 人間である以上、決して避けられぬ事実を。

「ああ、食糧があったところで、今日の食事があるからと明日の食事があるとは限らない。人間は飢え続ける生き物だ。生きるためには食し続ける必要がある」

 歴史上の聖人仙人ですら、一切飲み食いせず生き長らえた者はいない。

 断食という一定の期間の間、全ての食物あるいは特定の食物を断つ宗教的行為があろうと、期間さえ過ぎれば食物を口にする。

 人は食さねば生きてはいけない。

 人は食えねば飢え死ぬしかない。

「食すことは飢えている証明だ。つまり<ヘグイ>は暴走したのではなくただ結論に至っただけなのかもしれない」

「所詮、推論の域……だが<ヘグイ>が飢えからの解放を使命としているならば、死こそが餓えの解放だという結論に至ってもおかしくはない」

 合点が言った顔でカグヤは頷いた

「もっともその推論を証明などもう二度とできないがな」

 既にマスタープログラムは人の手で倒された。

 使役者を失ったことで活動端末であるヨミガネは今頃機能停止を招いているだろう。

「カグヤ、お前はこれからどうする?」

「これから、だと?」

 二度目の唐突なイザミの言葉にカグヤが柳眉を潜めた。

「もうヨミガネはいない。おれとお前は天剣者として戦い続ける理由はなくなった」

「……そうだな」

 緋陽と蒼天。

 元は同じルーツを持とうと救いと滅び、相反する目的を持って生まれた。

 敵がいないならば戦い続ける目的はない。

 特にヨミガネ殲滅を目的としてきたカグヤにとっては存在意義の喪失に近い。

「イザミ、お前はどうする? 先に言い出したんだ。あるんだろう?」

「ああ、おれか……とりあえず剣から鍬に持ち替えて畑でも耕すさ」

 武器を手放した手で鍬を握り、畑を耕し作物を作ろう。

 ヨミガネたる貪る金属ではなく、気まぐれで厳しい自然と害虫が相手だ。

『ならボクは畑耕すキミを見守らせてもらおうか』

「やめてくれ、気持ち悪い」

 幽霊がストーカーになるなどイザミは良い気分ではなかった。

『なにしろボクはキミの両親から見守るよう頼まれたからね。それに畑を観測して食料生産というシステムを改良させるのも面白そうだ』

 ヒメならば食料自給率を跳ね上げるだけのシステムを構築するだろう。

 もっとも構築するまでの間、イザミは見守るという観測を受けるのだが、幽霊相手に抗議は無意味のようだ。

「おれはクラスメイトに詫びを入れる。まずはそれからだ」

 カグヤは己が生んだ罪を受けいれる穏やかな顔つきをしている。

 クラスメイトがカグヤを許すかどうかは彼ら次第だろう。

 どちらが善か悪かと一概に決められないのは人間が持つ複雑さだ。

『二人ともちょっと悪いけど、もう少し急いでくれるかな。このペースだと空間の崩壊に巻き込まれて消えちゃうよ』

 イザミはカグヤと冷や汗の中、目線を合わせた。

 急ぐか? 無論というやりとり後、今まで以上に力強く不可視の床を蹴り上げる。

「い、イザくん……?」

 強く蹴り上げた反動の揺れにてミコトが薄らと瞼を開けた。

 体力の著しい消耗で目の焦点は定まっておらず、手探りにてぎゅっとイザミの胸元を掴んでいた。

「あと少しだ。ちょっと揺れるが我慢してくれよ」

「あ、うん……」

 ぎこちなく頷き返したミコトは再び瞼をゆっくりと閉じる。

 怖気ない安らかな寝顔にイザミはほくそ笑んだ。

「さあ、帰るぞ、おれたちの日常に!」

 一歩、また一歩とイザミは駆けだし、日常へと続く世界への道を走破する。

 そして、主失った空間は喪失した。

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