第三八話 オーバーライザー

 イザミは黄泉の真なる底へとたどり着いた。

〈天解〉は確かにヨミガネの<匣>より人間を解放するシステムである。

 敵を救いたいとする感情がトリガーとなり発動するも、救いたいたる感情は慈愛の一種でしかない。

 そう、人間の誰もがさも当然と持つ愛なる感情こそが<ヤオヨロズ>と<天解>を発動させる。

 そして、克己を超えた先にて、一方的に感情を伝えるのではなく他者と感情を繋げて伝え合う真なる力を呼び覚ました。

「ミコトっ!」

 イザミは昏き十字架に磔となったミコトを見つけ出すなり大剣を振るい解放した。

「い、いざ、くん……」

 ミコトの意識は辛うじて残っていた。

 ほのかな女の香り、嗅ぎ慣れた家族の匂いと感じ尽くしても足りない温かさがイザミの心を高ぶらせる。

「わ、私……い、イザ、くん、に……」

 マスタープログラムと繋がっていたミコトに罪悪感が侵食する。

「お前のせいじゃない。それにマスタープログラムのお陰でお前の本音も聞けたしな」

「あっ……バカ」

「おれもそんなミコトが好きだぞ」

 言ってしまえば重石はない。

 恥ずかしさもないのだが、ミコトは恥ずかしく照れてはイザミより顔を背けていた。

『おのれええええええええええええええっ、克己の緋天剣! 我の中に入って来るとは万死に値する!』

 闇が集い、巨大な眼球が這い出てきた。

 マスタープログラムとミコトが繋がっているのならば当然の怒りだった。

 今、イザミがいるのはマスタープログラムをマスタープログラムと至らしめる空間――言わば中枢システムである。

 他者と繋がる故、ミコトと繋がったイザミは連鎖的にマスタープログラムとも繋がっていた。

「もう終わりだ。マスタープログラム。お前たちのやり方は最初から間違っていたんだよ」

 黄泉たる鋼へと堕ちたことで人間の情感を司るとある感情を忘れ去ってしまった。

 イザミは両親が<緋朝>のシステムに愛なる感情がもっとも効果を発揮するよう仕組んだ理由を使用してこそ初めて気づけた。

『終ってなどいない! お前を排除し今一度、その女を完全なコアとする! そのためには――』

「ごちゃごちゃうっせーんだよっ!」

 イザミは問答無用でマスタープログラムの怒りを戯言として切り捨てた。

 ヨミガネは人類を救うために人類を殺す。

 犠牲を容認することで他の人命を繋ぐ。

 善意なる救済意識が生んだことだろうと独善過ぎるが故に暴走なる善意に堕ちていた。

 暴走は人として大切な感情――他者への愛を置き去りにしてしまったからだ。

「人類を殺すことで調整するんじゃなくて武力介入で戦う力を奪うなり、コールドスリープ施設作って多くの人間を眠らせて食糧消費を抑えたりすればよかったんだ。<匣>の中にただ入れるだけでも充分な効果は出たはずだ。それを減らすことばかりかまけて他の案を切り捨てた。人間辞めたことを免罪符にしようと、やっていることは他人大迷惑な独善人間そのものだっ!」

 人間を辞めながらなお人間でいる。

 目的を第一とし手段など択ばぬ身勝手な人間そのものだ。

 マスタープログラムが怒り狂っていることこそ、貪る金属でありながら人間の感情を持っている証明ではないか。

「だからおれはお前を解放するっ!」

 イザミは緋色の大剣を力強く構えて見せた。

 対してマスタープログラムは怒りを増しては全身の輪郭にほの暗き波動を曝け出す。

『解放するのは我ら! 解放されるのはお前たち飢え続ける者だ!』

 今までにない強かな波動を全身に受けたイザミは歯を噛みしめて堪えている。

一瞬でも気を抜けば、繋がっている故に生命が塵のように消し飛ばされるはずだ。

 また下手に避けようならば背後にいるミコトを巻き込んでしまう。

 終わりなく放たれ続ける波動に身を縫い付けられたイザミの手をそっと柔らかな手が添えられる。

「イザくん一人に背負わせなんてしない!」

 窮地に陥ろうとも少女の目には決して諦めぬ色があった。

 大剣握る手に添えられた手の温かさはイザミに力を与えた。

「この力がお前たちの捨てたものであり、生きとし生ける人間が持つ力であると知れっ!」

 緋色の粒子が舞い上がる。

 イザミの感情の高ぶりに呼応して輝きは増していく。

 熱くはない。あるのは暖かさ。

 人の愛が生む太陽の日差しのように暖かな優しい力が今、大剣に宿る。

「行こう、ミコトっ! 克己を越えた先へとっ!」

「うん、イザくんと一緒ならどこにだって行けるっ! なんだって越えられるっ!」

 マスタープログラムの一つ目がミコトへ迫ろうとイザミの心に動揺の小波すら立ちはしなかった。

『愚かな! ヤオヨロズなど当に解析済みなのだよ!』

 マスタープログラムよりほの暗きオーラが迸る。

 イザミと異なる黒紫の粒子を眼球から翼のように放出させていた。

 見る者に畏怖を抱かせる異形の翼――悪魔と呼べる形をした翼だった。

「やはりかよ!」

 イザミの精神にブレはなかった。

 緋陽機から緊急停止プログラムだけでなく、感情喚起システム<ヤオヨロズ>もまた力として身に取り込むのは成長進化するヨミガネの特性だからだ。

『貪る黄泉の金音が鳴る。終わりを告げる解放の牙、拒む愚者に飢餓の開放を!』

 黒紫の粒子は翼から長大な刃となり、巨大な眼球は生体コアとなるミコトが傍にいようと構わず振り下ろした。

 侵入者のイザミごとミコトが抱く個の愛を抹消しようとしている。

 マスターシステムが真に求めるのは生体コアに相応しき恐怖に屈せぬ心が宿る脳髄のみだからだ。

『無明救済ノ無量大数(オーバーライザー)!』

 マスタープログラムの中にあるいがみ合う二つの感情は殺戮による飢餓からの救済意志と救済を拒み抗う愚者への失望だろう。

 だが、足りない。

 力を使おうと、それは全の一部を使っているに過ぎず、とある感情が欠落している故に絶大な効果にまで至らない。

<ヤオヨロズ>は至るだけでは意味がなく、克己を超えてからこそ真価を発揮するからだ。

「「黄泉を照らし、天を越えるっ! これこそ――っ!」」

 イザミとミコトは声を合わせ、互いの感情をシンクロさせては高ぶらせていく。

 呼応するように大剣から噴出する緋色の粒子が金色の粒子へと変貌しては長大な刀身を形成する。

 粒子が変色したことこそ<ヤオヨロズ>が真なる真価を発揮した瞬間であった。

 これこそ克己を超越する純然たる力――愛だ。

「「緋相緋愛ノ八百万(オーバーライザー)ああああああああああああああっ!」」

 愛し、愛してくれる彼女へ。

 相は愛を生み、愛は無限の希望(光)となり克己を超越する。

 超越する愛に阻めるものなし。

 その愛に断てぬものなし!

 乾坤一擲、超越の輝きがマスタープログラムを黒紫の刀身ごと両断していた。

『わ、我が、消える――じ、人類を存続、でき、な、くなる……だ、だが、我が消えようと、飢え続ける、者は消える、こと、は、ない……人類は、自ずと、滅ぶ……があああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』

 あらゆる世界、あらゆる人間を人類存続の名の元、殺戮を続けたマスタープログラムの最期であった。

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