第三七話 喪失と獲特

「――緋陽機緊急停止プログラム作動……」

 イザミの意志に反してミコトの声に従った緋陽機<緋朝>は自らを停止させた。

「な、なんだ、ぐあっ!」

 イザミは身を守る術を停止された。

 大剣がデヴァイス形態に勝手に戻るだけでなく、圧力を一身に受けて床に抑え込まれた。

 片膝をつきどうにか耐え凌ごうと、鎧は脱がされ、心たる剣はただ折れるのを待つ格好となる。

「おい、イザ、ミ……ぐうっ!」

 イザミに駆け寄ろうとするカグヤであったがマスタープログラムの左腕の軽い一振りで弾き出された。

 宙で体勢を整えんとするカグヤだが、マスタープログラムより放たれた重圧により夏場の虫のように壁面へと叩きつけられ、押しとどめられた。

『お前は後だ。必滅の蒼天剣よ』

「な、なんであ、<緋朝>がき、起動しない……ぐううっ!」

 身体が鉛のように重い。徐々に体重が増えるような圧迫感がイザミを苛んでいく。

 不可視の鎧を作動させようとシステムの元である<緋朝>はデヴァイス形態へ勝手に戻り電源が落ちたように一切動かない。

「無駄だよ、イザくん。だって文字通り停止プログラムを走らせたもの」

 ミコトの声でマスタープログラムは冷徹に言った。

「ど、どうやって<緋朝>のシステムに……――っ!」

「忘れたの、イザくん? イザくんはキメラ型と戦う前、自分でデヴァイスのロックを解除したでしょう?」

 重圧の中、イザミは確かにロック解除したのを思い出した。

「それから再ロックせずにキメラ型と戦うから簡単にシステム内に侵入できたの。出かける時に家の鍵を開けっぱなしにしたら泥棒が難なく入ったのと同じ理屈だよ」

 キメラ型の顎が大剣に喰いついた時、心の内に無断で忍び込まれているような不快感をイザミは確かに味わった。

 あの時の感覚は大剣砕かれるかもしれない不快感ではなく、システムなる内に侵入を許した不快感であると知る。

「くっそ、これがフラグってやつか!」

 理由を知ろうと原因を解決する術がない。

 力の源である緋陽機<緋朝>が機能停止すれば、如何様な強き意志を持とうと無意味である。

 物言わぬ金属となったデヴァイスはイザミの剣となることはない。

 動けぬイザミにマスタープログラムは音もなく迫る。

「雨津イザミ……克己の緋天剣を持つ男……」

 ミコトは抑揚なき昏き声で言う。

「人類存続の障害……天なる解放など不要。必要なのは飢え続ける民に死への変革を与えること……人類に天剣はいらないの……いらないから――殺す」

 マスタープログラムの頭部にある単眼に昏き光が集う。

「ぐうぅ、ど、どうにもならないのかっ!」

 イザミの身体はなお重さを増し、反骨の意志に反して動かせないでいる。

 動けぬことで諦めが生まれ、精神を徐々に蝕んでいく。

「どうしてどうにかしようとするの? 死への開放を受け入れることこそが人類の救いなのに?」

 ミコトの声がイザミの戦意をそぎ取り、意識が昏き淵へと誘われていく。

 指先一つ、舌先すら動かせず、抗うことすら無駄とも呼べる絶望が眼前に迫る。

 そもそも今もどうにかして生きているのか、まだ生きていると錯覚しているのか、判断すら曖昧にさせていく。

「もう抗うのはやめよう。苦しいだけだよ。人間は生きている限り飢えから逃げられない。抗えば抗うだけお腹がす……――好き」

 諦めへと誘うミコトから耳を疑う声が発しイザミを重圧から解放する。

「い、イザくん……好き……家族としてじゃなく、異性として、一人の女として……あっ、ああああああああああああああああああっ!」

 マスタープログラム内のミコトより悲痛な叫びが迸る。

『くっ、まだ完全に我のコアとなっておらぬか、接続にて深層意識が表へと出るとは』

 イザミは鈍る思考に鞭を打って思い出す。

 マスタープログラムは生体コアの入れ替え前後がもっとも弱体化することを。

 弱体化している故にミコトの意識が漏れるエラーを引き起こしたことを。

『流石はコアに相応しき心強き女。だが、個への愛など不要。必要なのは全への愛――故に、個への愛を――抹消する』

 消させない。失わせない。なにより認めない。

 折れかけたイザミの意志をマスタープログラムの抹消なる一言が再燃させる。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 緋陽機<緋朝>から緋色の光が一面を照らしあげる。

 照らすだけで終わらず、再起動の文字が表示されるなりデヴァイスは大剣に変化した。

『バカな、停止プログラムは完璧なはず! なんだ、そのシステムはっ!』

 知らない。分からない。作った当人たちに聞けばいい。

 イザミは使用するだけだ。託された力を、己の意志で振るうだけだ。

『何故、持てる! 何故、抗える! 追い込み、確かに砕いたはず! 感情を力に変える。ならば感情を砕けば無力となるはずだ。何故、尽きぬ! 何故、折れぬっ! なんだ、その力は! なんだ、その感情はっ!』

 大剣の柄に緋色の結晶体が集う。

 緋色の粒子はイザミの左肩甲骨ら辺から翼のように放出される。

 感情喚起システム<ヤオヨロズ>の真なる発動を確認する。

「そうだな……強いて言うなら……」

 今、イザミの中にあるのは喪失と獲特の相反する感情である。

 ミコトを失うかもしれない恐怖があり、ミコトを取り戻せるかもしれない希望がある。

 相反する感情は思考停止を招こうと今のイザミにはいがみ合う二つの感情を越える別なる感情があった。

「ただ喪失に囚われることなく獲特を目指し、全力を持って告げる――ミコトっ!」

 心の奥底で家族なる関係が壊れるのを恐れていたのかもしれない。

 家族という名分で今ある関係を甘受しながら停滞するも実際は退歩していた。

 だからこそ進む。

内に滾る感情を言葉としてイザミは大剣を手にマスタープログラムへと突貫する。

「好きだあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 男の叫びを武器にして。

「これが、おれの――告白だああああああああああああああああああああああっ!」

 マスタープログラムの一つ目に大剣を突き刺し<天解>を発動させる。

 ほの暗き螺旋の穴の底より眩き緋色の閃光が猛々しく噴き上がった。

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