第二七話 九頭の獣

 待ち望んだ救援の消失に嘆く時など与えられない。

 最初に<裂け目>より現れたのはサソリ型であった。

 針ではなく砲身の尾を持つサソリ型は左右の鋏を不気味に鳴らしている。

 次に現れたのはただ噛み砕くための顎を持つアリゲーター型だ。

 ゆっくりと緩慢であるがチェインソーのように歯を前後に動かしている。

 三匹目は硬き楕円上のシールドを背に持つタートル型だ。

 斥力場まとう攻撃を容易く弾く硬き甲羅を持つ厄介な敵だ。

 さらに現れたのはティラノサウルス型、トリケラトプス型、プテラノドン型の絶滅種であり、ライオン型、ウルフ型、タイガー型の現存種の出現で打ち止めとなる。

 九匹。

 計九匹のヨミガネが<裂け目>より現れた。

「絶滅種三匹に現存種六匹か、数は多いが敵じゃないな」

 気を引き締めたカグヤは吐き捨てるように言いながら青き刀を構えた。

 絶滅、現存と種は混じり数が多かろうと幻想種でないだけ、マシと言えるだけの余裕がある。

 余裕を終わらせる現実を九頭のヨミガネは与えてきた。

 各ヨミガネは各々の身体を鈍く輝かせれば、サソリ型を中心に集う。

 アリゲーター型が頭部だけを残して身体を折り畳み、サソリ型の右鋏に接続した。

 タートル型もまた頭や手足を引っ込めればサソリ型の左鋏に接続する。

 これで終わりではない。

 右側はティラノサウルス型、トリケラトプス型、プテラノドン型、左側はライオン型、ウルフ型、タイガー型が変形を開始する。

 残る六匹のヨミガネは脚の形になるよう身体を折りたたみ、サソリ型の各々の脚の付け根に接続し文字通りの脚となった。

「が、合体だと!」

 カグヤの余裕は一瞬で崩れ落ちた。

 イザミもまた同じであり、複数のヨミガネが一つになる合体など前例がなかった。

「繋がるは九頭の獣……」

 ゴースト・ゼロが唄った一説を思い出す。

 九頭のヨミガネが一頭のヨミガネとなる。

 体躯は体育館にすっぽりと収納できるほどの巨体であった。

『予測より早くここでヨミガネ合体システムを実戦投入してくるなんて驚きだ』

 あろうことか唄ったゴースト・ゼロ当人(霊)が驚いていた。

「なんだよ。その合体システムって!」

 声高に叫びながらイザミは問う。

 問おうと視線は合体ヨミガネから逸らさなかった。

『文字通りの意味さ。イタチゴッコを繰り返す星鋼機や<緋朝>を討つためにマスタープログラムが収集した戦闘データにより打開策として生み出したのが複数のヨミガネを一つのキメラ型ヨミガネとするシステムだよ』

 小さき子供や熱い大人なら合体と聞けば心ときめかせるだろうと、現実は甘くはない。

 憧れのヒーローが合体なら燃える展開だろう。

 残念にも敵が合体を先に使用したためにあるのは希望ではなく、絶望たる窮地への傾斜だった。

『複数合体することで強大な力を発揮する分、<匣>一つ一つのマッチング、つまり相性が一つでも悪いと接続エラーで<匣>の中身全てがオーバーロードで自爆してしまう欠点を抱えているんだ。逆を言えば相性が良ければ合体を果たしたキメラ型は幻想種以上の力を発揮することになる』

 キメラとは本来、神話に登場する複数の獣の特徴を持つ生物を指している。

 合体したヨミガネは複数のヨミガネの特徴を持っていることからキメラとなろう。

「ご説明ありがとうよ。そんな厄介なシステムがあるならどうして正確に教えてくれなかった!」

 事前に知っていれば打開策を講じられた可能性がある。

 だが、今ゴースト・ゼロを責めるのは人間の言い訳だ。

『ボクがするのは情報の収集とそれに伴う演算予測だよ。人間の天気予報より当たりやすいかもしれないけど絶対じゃない。予測はあくまでも予測。雨が降ると今日分かっていても正確な日時分秒に雨が降るまでは分からないのと同じだし前後する場……――あっ!』

 ぶつん、とモニターの電源が切れるようにゴースト・ゼロは唐突に消えてしまった。

 ゴースト・ゼロからすれば合体ヨミガネの出現は予測より早かったことになるが、今一度問おうと姿は既にない。

 いつものように忽然と姿を消してしまった。

「無駄話は後だ、来るぞっ!」

 キメラ型が奇声発するアリゲーター型の顎を鈍器のように叩きつけ、自動車さえ呑み込む地割れを校庭に走らせる。

 イザミとカグヤは左右に別れる形で喰らいつかんとする地割れを跳躍にて回避、宙で姿勢を整えた。

 ――行けるか?

 ――当たり前だっ!

 着地する寸前、イザミはカグヤと視線にて思考を交差させた。

 身を力強く沈みこませる形で着地したイザミは着地の衝撃をバネとしてキメラ型へと大剣を手に突撃する。

 反対側からは刀持つカグヤが突撃する。

 側面からの同時攻撃だ。

 左側からイザミは大剣を突き刺さんと、右側からカグヤは刀で切り落とさんとする。

 各脚部を構成する計六匹のヨミガネが口を開いたのは刃を装甲に届かせる寸前だった。

 六つの口より光線がマシンガンのように放たれ不可視の鎧に直撃する。

 解放ノ冥火ではないただの光学兵装――の大群。

 光線は不可視の鎧に弾かれようとも弾数にものを言わせてイザミとカグヤ、両名の突撃を大きく減衰させた。

 態勢を立て直そうとするイザミとカグヤに対しキメラ型は身体をコマのように素早く回転させては尾を棍棒のように殴りつけた。

 最初にカグヤが、次にイザミが巻き込まれ、揃ってゴールポストに叩き込まれる。

 衝撃のほとんどは不可視の鎧がどうにか凌いでくれようと、カグヤの上に重なるイザミは接触による衝撃で全身を痺れさせ、起き上がるのに間を要した。

 間は照準の隙を許す。

 キメラ型の尾、アリゲーター型の顎、タートル型の亀頭、そしてサソリ型の口にほの暗き光が集う。

 四つの光は螺旋を幾重にも描き、一つの光として収束していく。

 放たれようとするのは紛れもなく解放ノ冥火だ。

「重い、どけっ!」

 下のカグヤが上のイザミを力の限り蹴り飛ばしたのとキメラ型より収束された黒き光が放たれたのは同時だった。

「クソがっ!」

 黒き光の着弾直前、悪態ついたカグヤは前方に六枚の蒼き盾を幾重にも一直線に重ねてきた。

 盾より発する青白き燐光が黒き光に塗り潰される。

「ぐうっ!」

 蒼天機たる<雷霆>が生み出す不可視の鎧は盾としての役目を果たすも、三枚の盾の消失を許す。

 また解放ノ冥火の照射は一切衰えるどころか増しており今四枚目の盾を消失させる。

「な、なんて、い、威力だっ!」

 カグヤは恐怖にも似た電流を全身に伝播させる。

 解放ノ冥火が生み出す余波はカグヤの身体をその場に縫い付ける圧力となる。

 蒼き盾を犠牲にしての回避行動が行えず、倒れぬよう両足で踏ん張り続けるので精一杯だった。

「このままでは……ん? 雨津! おい、雨津っ!」

 五枚目の蒼き盾が消失し、残り一枚となった時、カグヤはすぐそばにいるイザミの姿が見えないことに気づく。

 解放ノ冥火に巻き込まれて消失したのかなる余裕は思考が生まず、ただ窮地だけを生む。

 次の瞬間、黒き光に紛れる緋色の燐光を垣間見た。

「せいはっ!」

 裂帛の掛け声と共にキメラ型の頭上から緋色の一閃が煌めいた。

 次いでキメラ型より解放ノ冥火が衰退する形で停止する。

 校庭に転がり落ちるのはキメラ型の尾の先端である。

 イザミがキメラ型の尾を切り落としたのは疑いようがなかった。

「おっとっ!」

 アリゲーター型の顎がイザミを捕食せんとするも身を沈めるようにして回避する。

 右と左を入れ替えるように今度はタートル型の甲羅が質量武器として迫る。

「当たるかっての!」

 飛び跳ねるようにしてこれもまた回避する。

 校庭に残されたのはイザミの死体ではなく、甲羅の形そのままに陥没した痕であった。

「根方、動けるかっ!」

 イザミは槍のように突き出されるアリゲーター型の顎を大剣でどうにかいなし続ける。

 蒼い盾は一枚残っていた。

 錯覚でなければ五体満足かどうかは別として無事なはずだ。

「なんて重さだっ!」

 どうにか刀身で滑らせ、いなしているが、接触する度に生じる衝撃は不可視の鎧であろうと完全に流しきれずイザミの腕に伝播し筋肉を痺れさせる。

 まともな天剣者が下手に受ければ肉片すら残らぬ可能性がある重さであった。

「ぐううっ!」

 左からの突きと読み違えたのは、顎が大きく開かれた時だ。

 緋色の刀身に噛みつかれるのを許し、不吉な音が生み出される。

 振りほどこうとするイザミだが動いたのは敵の歯でありノコギリのように可動する。

 ギリギリと鈍く鋭利な音を立てて刀身を削りに来た。

「雨津、そのまま抑えこまれていろっ!」

 カグヤの鋭い声が後方よりするなり、蒼き光が銃弾のようにキメラ型に直撃した。

「くっ、効かないだとっ!」

 攻撃者はカグヤであり五体満足は喜ばしくも、浮かべる表情は正反対の苦さだ。

 手に持つ蒼きハンドガンより光の弾を何発も放とうとタートル型の甲羅に阻まれ、傷一つ付けられずにいる。

「こいつっ!」

 イザミはどうにかして顎の拘束から離れようとする。

 刀身は歯の接触にて火花が咲き乱れ、不気味な音は鳴り止まない。

 また、心の内に無断で忍び込まれているような不快感が産毛を逆立てる。

(大剣からデヴァイスに戻すか? いやそれだとデヴァイスが一瞬で挟み込まれる。ただ形が変わるどころか状況すら不利へと変わる)

 大剣を手放すのは戦う術を手放すのと同じである。

(この合体ヨミガネをどうする……ん? 合体?)

 ふとイザミは幼き頃、ミコトと一緒に見ていたヒーロー番組を思い出した。

 巨大化した悪役にヒーロー五人が合体ロボに乗りこんで戦うシーンである。

(こいつらって、一匹一匹がヨミガネなんだよな……それを一つにしている……んっ!)

 言語化出来ぬ閃きがイザミの中で駆け巡った。

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