第二六話 成長進化の果て

 イザミは握りしめた緋色のデヴァイスをカグヤに突きつけた。

「ほれ、<緋朝>は準備万端だ」

「なんのつもりだ?」

「文字通りの意味だがな?」

 先ほどまでイザミは頑なに拒んでいたのだ。

 手の平を返すようにして解除されればカグヤが罠と疑うのは当然だろう。

「なんのデータがあるのか詳細は知らんが約束しろ」

「約束、だと?」

 カグヤが警戒を孕ませようと構わずイザミは続ける。

「中身はくれてやる。ただしミコトの安全を確保した後、二人一緒にヨミガネのマスタープログラムの破壊に向かうことをな」

 薄々と感じてはいた。

 あの<雷霆>は星鋼機の攻撃を受けつけぬどころか<緋朝>をも圧倒した。

 一方で<緋朝>に秘められた<天解>とは別のシステムを入手せんとしている。

 このことから行き着く答えは安易に予測できる。

 システムは<雷霆>を越え、マスタープログラムを討つことを可能とするのだろう。

「何故、足手まといになりかねないお前をあそこに連れて行く必要がある?」

 やや冷静さに欠けたカグヤの発言には、件のマスタープログラムがどこにあり、どのような方法で行くのかを知っている色相が込められていた。

「ん~確かに圧倒されたのは確かだよな。しかも第六部隊全員をのしたのなら猶更だ」

 だが、一時の負けとなれば次なる勝利に繋がるとイザミは前向きだった。

 なにより<緋朝>を超える<雷霆>なる蒼いデヴァイスが存在しヨミガネを討つ力がある。

 人類生存と存続の可能性が繋がったように思えた。

「しっかし、不思議だな。ついさっきまでおれ、お前に踏み潰されていたんだぜ? なのにさ、腹立たしいとか、憎たらしいとか、そんなのまったく感じない。なんでだ?」

「頭でも打っておかしくなったのではないのか?」

 ふむ、とイザミはなにも言い返さず、顎に指をあてては天を仰いだ。

「なあ、一つ聞くが、マスタープログラムが破壊されると他のEA……ヨミガネはやっぱりあれか、総括するのがいなくなったから機能停止するのか?」

 蛇を潰すには頭からなる言葉がある。

 マスタープログラムの名がつく通り、情報機械のように繋がっているならば親機を失えば子機は機能停止を招くだろう。

『機能停止するよ』

 間に割り込むのはゴースト・ゼロだ。

 今の今まで姿を現さなかったが、青白い身体をついに現した。

 炸裂弾の正体を囁いたのは恐らくこの幽霊だろう。

 けれどもイザミは敢えてなにも言わず幽霊の言葉を待った。

『マスタープログラムはヨミガネを使役し統括する頂点だ。例えるなら女王蜂のような存在だよ。ヨミガネが戦闘を重ねる度に成長進化するメカニズムも天剣者との戦闘データを受け取ったマスタープログラムが即座に処理してハードとソフトの両面を改良する。そうすると群体レベルで戦闘において優位な対応を取ることが可能となるんだ――つまりは大元を叩けばヨミガネはフィードバックを失うどころか繋がっている故に機能停止を起こす』

<緋朝>から開示されたデータにて星鋼機がフィードバックを受けるやりとりそのものではないか。

 感情の件といい酷似しすぎている。

 もっとも詳細を問い詰めようと幽霊だけにまともな解答は期待出来ないだろう。

『カグヤ、キミの負けだよ』

「はぁ? なんでだよ?」

 納得いかぬ顔をカグヤはした。

『彼はキミにあれほどボコボコにされたのに怒りと憎しみを持っていない。それどころか本当のキミを理解しようとしている。そうでなきゃ<緋朝>のロックを解除しないし、<天解>の最終解除もできはしない。もっとも仮にキミがあのシステムを<雷霆>にインストールしたとしても独り身のきみには使いこなせないよ』

 カグヤは露骨に目を逸らしてきた。

「なに、こいつ、使いこなせる保証もないシステムをとりあえず保存しておこうって感覚でおれを襲ってクシナたちをのしたのかよ?」

『準備万端で用意周到、チャンスを待つのはいいけど、盛らなくていい土台まで作りすぎだよ』

 カグヤと幽霊を見る限り知らぬ仲ではないようだ。

 不仲ではないが、イザミ以上の意思疎通がまともに行われているのは確かであった。

「ケジメとして人数分ぶん殴っていいか?」

 今後の関係を良好とするためにケジメは是が非でも必要であった。

「第六部隊の分か?」

 以外とカグヤも素直なようで話せば分かる人間のようだが、そうは問屋が卸さない。

「いや第六部隊+全教員+全校生徒分。クシナは天剣者兼教師だから両方にカウントな」

「死ぬわっ! というかそれぐらいサービスしろ!」

 サービスする理由よりサービスしない理由が多かった。

「おい、ゴースト・ゼロ。敢えて聞くが、根方は今回の大攻勢を知っていたのか?」

『もちろんだよ。同じデヴァイス持つ者同士、教えないのは不公平だもの』

 ゴースト・ゼロの返答にイザミはやはり殴るべきだと拳を握りしめた。

『でもきみと比較して提供する情報量が少なめだよ。まさか二人の通う学校が狙われるとは……ボクもまだまだ演算処理が足りないね』

 幽霊なのに機械臭をまたしてもイザミは感じていた。

「話が逸れすぎた。それで、どうするんだよ? いるのか、いらないのか?」

 デヴァイス<緋朝>を片手にイザミは今一度問う。

「それは……」

 イザミを踏みつけていた時の威勢がカグヤから消えている。

 つい先ほどまであった奪い取る気概はなく、どこか尻込みし戸惑う有様であった。

『――むっむっ、ピキーン! 二人とも悪いけど、話は後にしてくれないかな』

 警戒音のような擬音をゴースト・ゼロが口から発すれば頭上を仰いだ。

 校庭の上空に亀裂が走り、秒単位で枝分かれを繰り返しながら肥大化していく。

『エマージェンシーコール! 今まで計測されたことのないエネルギー係数が<裂け目>より計測されています!』

 オペレーターより緊迫を声に乗せた緊急通信が届く。

 イザミは<緋朝>をデヴァイス形態から大剣形態へと即座に変化させる。

 カグヤもまた同じく己の手に蒼き刀を握りしめていた。

「おっさんたち、動けるかっ!」

 ダイゴを初めとした第六部隊の面々はミコトに介抱されながらも自力で立ち上がるだけの体力はあった。

「動けるなら校舎に避難してろ! こいつはヤバイ!」

 本能が張りつめた警告をビンビンに発している。

 これから<裂け目>より出現するヨミガネは今までとは違う。

「根方、話は後だ。まずはこいつを片づけるぞ!」

「……分かっている!」

 現状、共闘へと流れたのは不幸中の幸いだとしてもイザミは口に出さなかった。

『あと五分でそちらに到着します!』

 インカムの新たな通信に空を見上げれば別のティルトローター機が学校に近づいている。

 イザミが要請した天剣者の増援部隊の到着だった。

<裂け目>より黒き尾が我先に飛び出すなり、ぞわりと言語化出来ぬ怖気がイザミの全身を貫いた。

「ダメだ、近づくなっ!」

 イザミの叫びは間に合わず、砲身を数珠つなぎにしたような尾は先端より黒き光を放ち、接近するティルトローター機をなに一つ残さず消滅せしめていた。

「なんだよ、あれ……チャージもなしに……」

 カグヤが唖然とした表情でティルトローター機が飛んでいた空を見上げていた。

 あの昏き光は紛れもない解放ノ冥火。

 だが、不可視の鎧を貫通する威力を持とうと欠点は有効射程が一〇〇メートルきっかりであること。

 ところが先の黒き光は一〇〇メートルを優に超えた先にあるティルトローター機を消滅させた。

 成長進化の果ての射程延長――そうとしか考えられなかった。

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