第二五話 救う理由はただ一つ

 イザミはカグヤに激しく問う。

「で、デッドコピーだと言ったな、どういう意味だっ!」

「その通りの意味だよ。今はそんなことどうでもいいだろう。いいからさっさと<緋朝>のロックを解除しろよ、でないと肋骨折り砕いて内蔵潰すぞ」

 見ているだけなのか、抑えつけられ続けるだけなのか。

 イザミは己の心が落とされたことを自覚する。

 今の今まで金属の怪物と思っていたはずが正体は人間だった。

 人間の汚さは散々見てきた。

 力を持つのは自分だと誇示する者、幼さを理由に保護名目で力を得ようとする者、大人の言うことを聞くのが子供だと力にて無理矢理奪おうとした者、毒や事故で葬り去ろうとした者――この一〇年間、腐るほど見てきた、味わってきた、真正面から衝突した。

 大人を嫌いになろうと大人を見捨てる真似はしなかった。

 なにより家族のいないイザミを家族として迎え入れた岩戸家の暖かさがあったからだ。

 打算も策謀もない。

 純粋な善意で親のいないイザミを引き取り、道具として利用しようとする大人たちから守ってくれた。

 全ての大人が汚いのではないと教えてくれた。

 誰よりも人の温かさを教えてくれたのは――

「イザくんっ!」

 ミコトの張り裂けんばかりの声がイザミの沈む意識を揺さぶった。

「戦って、イザくんっ! イザくんはイザくんのやりたいようにやればいいのっ!」

 校舎から飛び出したミコトの叫びは沈んだイザミの心に確かな熱を与えてきた。

「おばあちゃんは言っていたわ! 迷ったら原点に帰れって! イザくんの原点はどこにあるの!」

「おれの、原点……」

 六歳前からの記憶はない。

 ただ残っていたのはEATRなる敵と戦うことのみ。

 思い出せ。振るいたてろ。閉ざされた記憶の奥底をこじ開けろ。

「そうだ――」

 閃光が脳裏を瞬き、記憶が遡行する。

 気づけば場所も知らぬショッピングモールにいた。

 ただ歩いた。ただ探した。

 お父さんは? お母さんは? どこにもいなかった。

 そして<裂け目>より現れたのがEATRなるヨミガネ。

 楽しく、幸せな家族の一時を殺戮の時へと赤く塗り替えた。

 奪うのは許さない。失うのを認めない。

 気づけば緋色の大剣を手に戦っていた。

「――おれはっ!」

 イザミの身体より緋色の燐光が溢れ出す。

 衰え、沈んでいた身体に活力が流れ込む。

「こいつ、まだっ!」

 カグヤの踏みつける力が増そうと緋色の壁が形成されイザミを守る。

 手は動く、足も動く、なにより口がなおも動く。

「失わせない、奪わせない――この手が幾多の血で汚れようと、心折れ諦める理由になりはしない――だからこそ、父さんと母さんは<緋朝>に<天解>を組み込み、おれが敵であろうと救う可能性に賭けたっ!」

 両親の顔と名を知らぬイザミに無意識が言葉を走らせる。

 今なら分かる。

 このデヴァイスを託してくれたのが誰か、記憶はなくともデヴァイス<緋朝>に助けられて来たイザミだからこそ確信がなくとも断言できた。

「討つべきはヨミガネに捕まり<匣>に入れられた人間じゃない! ヨミガネのマスタープログラムだ!」

 力を持ってイザミはカグヤを跳ね除けた。

 跳ね除けた時に生じた余波が蒼き盾を形なき燐光に変える。

 蒼き燐光をかき分けるようにカグヤはバックステップで距離を取っていた。

 全身を苛む疲労と痛みの中、イザミは立ち上がる。

「ああ、根方、お前は正しい。方法はどうであれ最終的な目的はヨミガネのマスタープログラムの打倒だ。成功すれば多くの人が救われるだろう。失われることはないだろう。だが――」

 雨津イザミは全知全能な神ではない。

 救済の使徒でもない。

 全ての人命を救うのはおこがましいのかもしれない。

 だとしても正体不明の金属生命体の正体が人間を生体コアとした兵器であるならば、救う理由はただ一点だけでいい。

 人間だから救う。

 人間だから討つように、万感たる救済を意識に宿し、ほの暗き地の底に落とされた人間を天たる力で解放する。

「ただ正しいだけだ。最短を求めすぎるあまり先走り過ぎて手っ取り早い方法を選んだだけだ!」

「なん、だと……っ?」

 カグヤの顔が嫌悪に染まる。

 己に課せられた使命を根本から否定されたような表情であった。

「人は一人じゃ生きられない! お前にはいなかったのか! 温もりを教えてくれて、間違ったら殴ってでも止めてくれて、共に笑って、泣いてくれる家族がっ!」

 イザミはカグヤたる人間の片鱗を垣間見た気がした。

「前はいた! だが今はもういない! 両親は――このデヴァイスをおれに託してヨミガネに喰われて死んだっ!」

 ああ、カグヤの叫びは怒りでも憎しみでもない。

 哀しみの感情を宿した叫びだ。

 カグヤは非情でも冷血な人間でもなかった。

 この叫びは亡き両親の悲願を受け継ぎ、戦う覚悟を抱いているだけなのだ。

 覚悟は犠牲を容認することで、これから失われるであろう多くの人命を救おうとしている。

 少数を、あるいは己を犠牲にして多くの人命を救う術など珍しくもおかしくもない。

 そして正解と不正解が存在しないのもまた。

「……機能変化、デヴァイスモードオン」

 イザミは唱えるなり<緋朝>を大剣からデヴァイス形態に戻す。

「ん~生体認証ロック解除、続いて<雷霆>の接続を許可……でいいのか?」

 手探りであったがイザミの音声を認識したデヴァイスのディスプレイに、解除完了が、次いで接続準備完了の文字が表示された。

 試してみるものであった。

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