第二八話 蟻の一穴

「一つ、合体、接続……――そうかっ!」

 イザミはアリゲーター型とサソリ型を繋ぐ部位を見た。

 列車の連結器のように噛み合う部位があるのを確認する。

「――根方、狙うならヨミガネ同士の接続部位を狙えっ!」

 如何なる装甲と強大な力を持とうとヨミガネは生物を機械的に模倣した姿を持つ。

 なんであろうと本物と遜色ない動作を確保するため、関節部には一定の柔軟さを、自身の高き出力に振り回され自壊せぬよう全体の強度を維持させることが必要とされる。

 複数のヨミガネを一つに合体させているならば、合体を合体と意味づける接続部位がなければ合体とは言えない。

 一つに融け合う融合であるならば状況は窮地へと陥っていただろう。

 だが、合体であったことが窮地の中で打開策を見出させた。

「理由を聞く前に、撃てっ!」

 カグヤの顔は理由を求めていたが、歯噛みした後に甲羅の叩きつけを跳ぶように避けては空中から大剣を挟み込みこむアリゲーター型の接合部に蒼き弾を放った。

 黒き接合部から蒼き火花が飛び、大剣への噛みつきが緩む。

 この好機を逃さず、イザミは蹴り離す形でアリゲーター型の顎から大剣を解放する。

 同時に内に踏む込まれる不快感からも解放された。

「やはりかっ!」

 接合部を破壊できなかったが怯ますという一定の効果はあった。

「なるほど、繋ぐならば構造上、そこが脆くなる。要は鎧通しと同じ理屈か」

 カグヤは合点の行った顔でハンドガンを指先で回す。

 鎧通しとは構造上、鎧に生じる間接部などの隙間に突き入れることを目的とした刺突特化の刃物である。

 厚い鎧を貫通するために刃物は厚く打たれ、尚且つ剣先は反りなく尖っているのが特徴を持っていた。

「しかし、よく気づいたな」

「小さい頃、ミコトと一緒に見たヒーロー番組で巨大化した悪役が合体ロボの関節部を破壊することで合体を強制解除させて勝利したシーンを思い出しただけさ」

「合体ロボが破壊されるシーンを入れるなど、その番組の脚本家はギャンブラーだ。玩具メーカーから合体ロボの売り上げが落ちるとクレームが来るぞ」

 おぼろげだが<イワト>の傘下企業に玩具メーカーがあり、一時期、合体ロボの売上が低迷したのを聞いたような、ないような曖昧な記憶がイザミにはあった。

「だが、攻略は見つけた」

「……今回は譲ってやる。獣に堕ちた人を救いたいならば救ってみせろ」

「どういう心境だよ?」

「先に攻略法を見つけたのはお前だ。利用して討つのはどうも気に入らないだけだ」

 他人の褌で勝利を掴むのはカグヤの矜持が認めないのだろう。

 イザミにとっては幸運であった。

 合体であるならば当然のこと<匣>の数は九だ。

 一個一個取り出すのをキメラ型が許すまでもなく、仮に一個取り出そうならば、瞬間に接続エラーが起こり自爆する危険性がある。

 九個同時に解放しなければならない。

「行くぞ――<天解>発動っ!」

 天へと掲げた大剣を振り下ろすようにイザミは剣先をキメラ型へと突きつけた。

 突きつけた。

 突きつけた。

 突きつけた。

 突きつけた。

 突きつけた。

 突きつけた。

 ただ、ただ、突きつけているだけであった。

「おい、なにやってんだ?」

 カグヤより失望を込めた失笑と視線が飛んだ。

「あれ?」

 キメラ型は半歩下がる形で警戒していたが不発と知るなりアリゲーター型の顎で風切り音を纏わせた突きを入れてきた。

「なんで発動しないっ!」

 イザミは身体をブリッジのように紙一重で避けようと生じた風圧が全神経に真冬の寒さを走らせる。

「ゴースト・ゼロ! これどうしたら発動する!」

 虚しくも返答はゼロであった。

「居もしない幽霊に期待するな! 当てにするだけ腹が立つというだろう!」

 見かねたカグヤが駆け出しては片手で構えたハンドガンより蒼き弾を放ちイザミを援護する。

 キメラ型は亜光速で飛ぶ弾をアリゲーター型の顎、それも歯と歯の間で受け止める。

 次はキメラ型のターンと言わんばかりにアリゲーター型の顎が九〇度も開かれた。

 奥底より伸展する砲身が黒き光ではなく円錐状の突起物を射出する。

 解放ノ冥火でないことが刹那の油断を生む。

 ワイヤーで繋がれた突起物は緋と蒼の不可視の鎧と衝突を起こす。

 本来なら運動エネルギーのベクトルを不可視の鎧にて逸らされるはずが、突起物は割り込むように先端を潜り込ませた。

 ほんの少し、目と鼻の先にまで潜り込んだ突起物は先端より四本のワイヤーを放射状に射出させ、イザミとカグヤ、双方の身体に絡みついた。

「なんだ、これっ!」

「不可視の鎧を突破するだとっ!」

 エネルギー攻撃ではなく物理的に突破を許すなど今の今まであり得なかった。

 二人は知らぬことだが不可視の鎧は搭載された兵装ごとに固有のエネルギー波形を持っていた。

 ヨミガネは戦闘を重ねる度に異なるエネルギー波形パターンを収集することで突破するシステムを完成させる。

 仕組みは投射物の先端に不可視の鎧のエネルギー波形パターンと相反するエネルギーを生み出す発生器を組み込み、衝突時に対消滅を起こすことで鉄壁に小さな穴を穿つ。

 解放ノ冥火と比較して威力は劣ろうと、消費されるエネルギーは少なく、不可視の鎧の下は鋼鉄の皮膚を持たぬ柔らかな人間である。

 大技にて大穴を開ける必要はない。

 効率よく確実に仕留められる蟻の一穴を生み出せれば良い。

 ワイヤーより高圧電流を流せば――

「があああああああああああああああっ!」

「ぐうううううううううううううううっ!」

 皮膚という皮膚が爆薬となり爆破されたような激痛が意識を明滅させる。

 断続的に続いた凄まじい電撃は人間の思考と動作を麻痺させ、次なるアクションを阻害していた。

「あ、ああっ……」

「くっ、くそが……」

 ワイヤーの束縛から解放されるも思考はぼやけ、筋肉は硬直して動かない。

 致死に至る電流を流されようとまだ生きていられるのは、ディナイアルシステムの不可視の鎧が偶発的に一定量の電流を地面へと逃がすアースの役目を果たしたからだ。

 キメラ型は生命を喰らう絶好の機会と尾をしならせながら、ゆっくりアリゲーター型の歯を鳴らしていた。


 イザミの思考は暗転した。

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