第一二話 教師、流川クシナ

「それで、おれになんの御用件ですか、流川先生?」

 生徒指導室にて対面して座るクシナにイザミはやや語尾を強めながら敬語で問うた。

「重要な伝達事項があるからですよ、雨津くん」

 笑顔崩さずクシナは返す。

 イザミは内心で辟易とした。

 英語教師、流川クシナ。

 今年赴任してきた新任教師でありながら天剣者であり所属は第六部隊。

 大学時代から高い狙撃能力を他の天剣者に知らしめる一方で学校内ではビックバンとモデル並の美を持つ教師として知らぬ教員生徒はいない。

 男女わけ隔てなく接する気さくさと授業の分かりやすさで男子女子問わず生徒から人気があれば、高い実務能力にて教師たちからの信頼も篤いときた。

「近々起るであろうEATRの大攻勢の件です」

「なんだ、その件かよ」

 イザミは敬語を解き、生徒ではなく天剣者としてクシナに接した。

「今日の職員会議でも議題に上がっていまして、近々EATR襲撃を想定した避難訓練を行うそうです」

「この学校は<サイデリアル>出資だからな、上からの意見は通りやすいし、やりやすいってのがあるだろう。まあ学校側の渋りたくても渋れない理由が大きいけどよ」

 昔から泣く子とスポンサーには勝てないと言ったものだ。

「ええ、一部の教師からは懐疑的な意見も出ています。ディナイアルシステムがあればEATRが出現してもどうにかなるのでは、と」

「クソが」

 イザミは忌々しく吐き捨てた。

 確かにディナイアルシステムが生み出す不可視の鎧はEATRの攻撃から無傷でいられるほど鉄壁だ。

 稼働に必要な電力も地下ケーブルから提供されるため実質、電力切れはない。

 ただし、通常攻撃に限定した場合のみの話。

 特異光学兵装、解放ノ冥火だけは不可視の鎧を貫通するほどの高い威力を持つ。

 アップデートでディナイアルシステムの性能が向上しようと今なお解放ノ冥火だけは防ぎきれなかった。

「一応、天剣者として過信すべきではないと釘を刺しておきました。反論はありませんでしたが小娘が調子に乗るなという顔をされましたよ」

 頭の硬い年配教師なのだろう。

 同情はするし苦労も察する。

 新任でありながら高い能力にて教師生徒問わず信頼を集めるならばやっかみもされよう。

「正式な日時はまだ決まっていませんが、三日以内に行うそうです」

「生徒であるおれに言うなよ。言いふらしたらどうするんだ?」

 職務規定の守秘義務に違反している。

 職務上、知り得た情報はみだりに公開してはならない。

 如何なる組織や企業であろうと当然のモラルであり規則であった。

「それは大丈夫です。イザミさんは口の軽い人ではありませんし」

 クシナのビックバンよりも重いプレッシャーがイザミにのしかかる。

 けれどもこの程度で潰れる気概は持ち得ていなかった。

「ただ当然と言うべきか、避難訓練時にイザミさんの処遇をどうするか、他の教師から嫌味――いえ、意見が出ましてね……」

「あ~この歳で天剣者はおれだけだからな……」

 国内外問わず規則上、天剣者には年齢制限が設けられ、満十八となった者から適正試験を受ける資格を得る。

 星鋼機を扱うに値するか振るいにかけるテストは実技及び筆記が行われ、合格率は一〇〇人に一人か、二人と低い。

 合格しようと天剣者として使い物になる確率は更に低かった。

 ただ例外が雨津イザミなる人間であり、六歳の頃からEATRと戦い続けている例外中の例外であった。

「学校だから生徒扱いでいいよ。終わるまでどこかで昼寝しているさ」

「では見つけ次第、ケツの穴に狙撃しますね」

 普段通り接したことが失言を生む。

 クシナは推測力、洞察力共に高い。

 教師として授業の進み具合を把握しては無駄なく行い、生徒一人一人の心中や事情を顔見ただけで推し量るほど。

 天剣者として後方支援の狙撃型であるため、的確な狙撃ポイントやEATRの狙い所を見抜くなど遺憾なく発揮されている。

 上手くサボろうとも容赦なく遠方から叩き起こされるのが目に見えていた。

「生徒であるならしっかりと参加するように。いいですね、雨津くん」

「お前もう天剣者辞めて教職に専念しろよ」

「それはできません。教師も天剣者も幼き頃からの夢であり目標でしたので、両方辞める気はありません」

「あ~言っていたな、勉強を教える教師になりたいのと、学び舎を襲うEATRから生徒たちを守りたいって」

 クシナは明確な目的を持って成し遂げんとしている。

 対してイザミはどうだろうかと自問する。

 ただEATRを察知しては飛び出し討伐するだけ。

 思い出せない過去よりも先の見えない未来よりも現在を生きると選んだからでもあるが、未来を見据えるのは大切だと薄々は感じていた。

「用件はそれだけか? ないならおれは教室に戻るぞ」

「では最後に一つだけ」

 席を立とうとしたイザミをクシナが呼び止めた。

「クラスメイトの方々にいい加減、真実を話すべきです」

「話しても聞く気はない連中だぞ。<S.H.E.A.T.H>の規定にて交戦したEATRの種類は混乱を避けるため一般には伏せなきゃならん。もしおれやお前が天剣者でもない者に告げるならそれは守秘義務に反する行為……短くても天剣者資格一ヶ月停止と減給の処分だ」

 分かり合いたくとも分かり合う気があちらにはない。

 大車から頑張れよと背中を押されたにも関わらず、実際に直面してみれば、人は決して分かり合えぬ種だと現実を痛感する。

「どいつもこいつもおれに早く死んで欲しい連中だ……残念だけどな」

「自分の命を安く売らないでください。あなたの命はあなただけの物じゃないんですよ」

 嘘偽りない言葉故にイザミは反論の口を噤む。

「それにクラス全員があなたを嫌っているわけではありません。実際、あなたが学校を休んでいる間、根方(ねかた)くんはあなたのこと、心配していました」

「……誰だっけ?」

 イザミの脳内人名録に該当する人物と顔がヒットしなかった。

「それ本気……いえ、あなたのことですから本当なのでしょう。今ではクラスメイトの顔や名前すら覚えていないのでしょうね……」

 頭の痛い声をクシナは発している。

 クラスメイトとの交流が皆無なために生じるべくして生じたことであった。

「まあいいさ、目下の課題はEATRの大攻勢をどう凌ぐこと。今はそれに集中しろ」

「それは命令ですか?」

「いや、ただの決意」

 命令権などイザミは持たぬがデヴァイス<緋朝>を持つ身、<S.H.E.A.T.H>の十五人の代表と同等の権限が<サイデリアル>より与えられているも行使したことは一度もなかった。

「話はこれで終わりだろう。そろそろ教室に戻らないと次の古典で矢代先生に嫌味言われるわ」

 席を立つイザミをクシナは呼び止めなかった。

「あ、そうだ」

 完全に椅子から立ち上がった時、イザミの中に悪魔が舞い降りた。

「流川社長から伝言」

「お父様、からですか?」

 眉目秀麗な顔が不機嫌に歪む。

 なにしろクシナは父親との折り合いが悪いからだ。

 溺愛するあまり一人娘から嫌われてしまった、が正しいだろう。

「EATRの大攻勢が終わって落ちついたら見合いをするってさ」

「お断りします」

 切り捨てるような返答が出るのは読めていた。

 妙齢の一人娘の将来を案じるのは親として当然なのだろうと、一人娘からすれば将来を勝手に決定づけられているため不満が絶えない。

 クシナが父親を誰よりも嫌う根底は娘の幸せを案じるあまり見合いを重ねに重ねてくるためであった。

「もし断ったら<サイデリアル>の幹部権限を行使して、この学校の応接室で見合いをするそうだ」

「なっ――あの人はなんて身勝手な!」

 クシナの美人顔が怒りで崩れる。

 EATRとの戦闘の時ですら冷静さを保つというのに実家絡みとなれば感情が熱暴走を起こす。

「……重工の幹部たちを扇動してお父様を社長の座から蹴り落とすのが妥当……だとすれば次の社長に相応しいのは……」

 怒り心頭と並列してクシナは様々なプランを冷静に立てているようだ。

 ただ怒るだけで終わらないのが恐ろしい。

「あ、クシナ、計画練る途中で悪いが、その話、嘘だから」

「アキヒロ叔父様は少々優柔不断があるから向いていないとして、一番妥当なのはやや我欲のあるアケミ叔母様が……――えっ、嘘?」

 驚いたような顔をするクシナにイザミは今一度言った。

「うん、お見合い話はさっきおれが思いついた嘘」

 クシナ周辺の空気が急激に下がるのをイザミは皮膚を通じて感じ取る。

 皮膚上を微弱な電流が刺激し、寒気なる恐怖を生んでいく。

 室内の空気が緊迫感に染まっていく。

 ガタンと椅子を引く音がした。ガランとドア引く音がした。

「んじゃ失礼するわ!」

 生徒指導室の扉を開くのを合図にイザミはロケットダッシュで廊下へと飛び出した。

 室内からクシナの怒りが声となって爆発した。

「待・ち・な・さ・い・っ!」

「待・ち・ま・せ・ん・っ!」

 イザミは後方より正確無比に飛んできた後頭部直撃コースのチョークを持ち前の勘で避けては見事に逃げ切った。

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