第一一話 私立天岩学園

 EATR屠る天剣者といえどもイザミの年齢は十六である。

 武器持てば天剣者、鍬持てば家庭菜園手伝い、そして学生服を着れば高校生だ。

 私立天岩学園高等部、一年B組出席番号一番がイザミの学籍であった。

「すいません、遅れました」

 出し慣れた一言の詫びと共にイザミは教室の扉を開く。

 今の授業はなんであったかと思案しながら教壇に立つ教師で確認する。

「事情は毎度のことですので席に着いてください」

 教壇に立つ麗しき女教師から厳しいお言葉が飛ぶ。

 今行われている授業は英語であった。

 スカーフの似合う女教師はスカートスーツをしっかりと着込み、長い髪はバレッタにて後頭部で纏めている。

 フレームレス眼鏡のレンズを通して鋭利な目線が着席するよう追撃をかけてきた。

「……まだ生きていたのかよ」

 ぼそり、とそれでいて確実に聞こえる悪意ある声が矢としてイザミを足止めした。

「はい、そこ授業中ですよ! 静かにしなさい!」

 教師として当然の言葉が鋭利に飛ぶ。

「今度私語をしたらワンショットキルのヘッドショットですからね」

 笑顔浮かべる教師は指で挟んだチョークを生徒たちに披露する。

 チョーク不要の電子黒板のはずだが、毎度の如くどこに収納しているのか謎であった。

「授業を再開します。では雨津くん、早速ですが教科書三四ページ頭から三五ページまで読んでください」

「了解しました……流川先生」

 今年から赴任した英語教師の名を流川クシナという。

 天剣者と同姓同名なのは当然のこと――クシナ当人であった。

「ですので、ここを訳する時、注意すべきなのは……」

 イザミが読み終えた後、クシナはタブレット端末に目をくれることなく正確に授業を進めている。

 テキスト内容が頭に記憶されているようで要点要所を的確に電子黒板への板書を行っていた。

「この点を押さえていればそれほど苦はないでしょう」

 一通り板書を終えた後、クシナは生徒たちと向き合った。

「……ふむ」

 イザミはタブレット端末にペンを走らせながら嘆息する。

 最後にクシナの授業を受けたのは二週間前だと記憶している。

 こうして学校に登校したのは三日前。出席するだけ出席して下校していた。

(随分とまあ進んでるな……)

 イザミは天剣者であると同時に学生である。

 クシナは天剣者であると同時に教師である。

 天剣者の序列はEATR討伐による完全実力主義であるため、イザミは立場として上になるが、学校では立場は逆転している。

 加えてクシナは学校では公私混同を避けてイザミを一生徒として接していた。

 当然、イザミもまた――

「では、今日はここまでとしておきます」

 授業終了のベルが鳴り響いた。

「それと雨津くんはこの後すぐ、生徒指導室に来るように……い・い・で・す・ね?」

 拒否も許さぬ笑顔が教壇に立っていた。


 学校の教師とは言わば公務員である。

 正確には教育公務員。

 教育に携わる公務員であろうと当然ながら二足の草鞋――掛け持ち仕事やアルバイトは法律にて禁止されている。

 理由は三つ。

 一、副業なる他の仕事にて本業に支障が出るのを防ぎ、職務専念を行わせるため。

 二、本業の秘密を副業に利用、流出を防ぐための機密保持。

 三、イメージ悪化の副業により勤務先の社会的信用を損なわせないための信用確保。

 この三つである。

 公務員は国民の奉仕者であるため、なにより公正と中立性が求められる。

 一方で天剣者はEATRを討つ職業、言わば人類に有害な金属の獣を狩るハンターだ。

 教師が天剣者である。

 この事実は問題視されるさるべき問題だが、EATR出現を契機に法の一部が改正され、多くの人間が集う施設に天剣者を防衛に配置すると取り決められる。

 無論、あくまで決定権は学校側にあるため強制力は低くされている。

 銃文化の根付いた欧米各国が非番の日さえ星鋼機の携帯を認める法律を早々と施行させる一方、ヒノモトは法の成立さえ後手に回っていた。

 有識者や保護者から武器持つ人間を学校に置くべきではないとの意見が出たためである。

 ディナイアルシステムの不可視の鎧を利用した防壁があれば充分だと。

 しかし、とある学校がEATR襲撃にて壊滅したことで世論は一気に傾いた。

 EATRに人間の都合や法は一切通用せずとも星鋼機は武器であるため懸念は消えることはない。

 ヒノモトの政治家や<サイデリアル>、<S.H.E.A.T.H>の会議にて、天剣者に教員免許を、あるいは教員に天剣資格を取得させるのが妥当だとの意見が採用される。

 同時に法の一部が改正、平時は教師として非常時には天剣者としての活動が認められた。

 流川クシナは<S.H.E.A.T.H>から出向という形でこの学園に赴任してきた天剣者の一人である。

 赴任先の天岩学園は<サイデリアル>系列の学校法人。

 幹部の一人がもっとも生存率の高い第六部隊に配属させるだけでなく、愛娘を物理的な防衛名目で配置を促したとの噂があった。

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