第33話 正射必中
コーヤの周辺は小高い山に囲まれている。だから、山の霧がどの方向からも立ち上り、頭上の青から遠くの白へ、空の色が徐々に変わって行く。
まるで、青い蓋が被せられているみたいだ、とソールには思えた。
「こっちだ」
空を眺めているソールに一瞥をくれてから、先を歩くマシューが行く先を示す。
塀に覆われた一角。守備隊の詰所だ。積み重ねられた岩の壁は、山からかかる霧と同じく、外と中を区切っている。
いくつにも区切られた街。コーヤは分断の街だ。だれもがそれを気にしていない顔をしている。
「守備隊の数は多いのか?」
「君は容疑者だ。軽率に情報を話すと思うか?」
マシューの言葉には、他者を寄せ付けない響きがあった。他者を遠ざける雰囲気は黒いコートのせいかと思ったが、そうではない。若き守備隊長は、誰にも心を許していない。ソールはもちろん、彼に従っている部下たちにも、明かな心の壁を作っていた。
同じく黒いコートの守備隊がふたり、門の脇に立っていた。マシューが軽く手を振るだけのしぐさで通じるらしい。彼らが門を開ける間、マシューの歩調は変わらず、ソールもそれに続いて門をくぐった。
道はそのまままっすぐに伸びて、その先に守備隊詰所のぴったり直角だけでできた四角い建物があった。
むき出しの土が踏み固められた庭は、訓練場にもなっているようだ。何人かの守備隊員が、何重かに丸が描かれた的に対してマスケットを向けている。
「あ……隊長」
若い隊員たちが振り返り、敬礼を向けようとする。だが、マシューは肩の高さに手を持ち上げてそれを制した。
「構わん。続けろ」
「は……はい」
一行に背中を向けて、隊員たちは銃を構えなおした。構えは一見そろっているように見えたが、その姿勢の安定感はまちまちだった……少なくとも、ソールにはそう見えた。
「構え! ねらえ!」
教官なのだろう、帽子を深くかぶった女が声を上げ……
「撃て!」
乾いた音が連続して響いた。
ソールは道を横切りながらそれを見ていた。
的に命中したのは、ふたりにひとり、というところだろう。的の中央の丸に当てたものは、ほとんどいなかった。
「弾込め!」
それを繰り返すつもりなのだろう。教官が続けて指導の声を上げる。訓練員は、それはもう何度もやった、というような動作でマスケットの銃床を地面の下ろして立て、次の弾の装填を始める。
装填の速さもまちまちだった。ソールにとっては少々物珍しい光景だ。盗み見るように、その動作を追いかけていた。
もう少しで建物の入り口にたどり着くとき、守備隊長が足を止めた。
「少し待っていろ」
そして、踵を返して居並ぶ訓練兵たちのもとへと歩く。
「う……っ」
鷲のような鋭い目つきに射すくめられたように、彼らの下半身が力むのがわかった。思わず後ずさりしそうになって、それを食い止めたのだろう。
「よくわかっていると思うが、銃には反動がある。銃は諸君の体ではないから、使うだけでは従わない。使いこなすことが必要だ」
大きくはないが、よく通る声だ。マシューの言葉は壁の内側ぴったりにまで届き、その場にしっくりと根付いた。
「構えてみろ」
眼光が、手近な兵に向けられる。
「は……はい」
肩に銃床を押し当て、的に銃口を向ける。緊張の為か、わずかに震えていた。
「よく狙ったつもりでも、引き金を引く瞬間、体がこわばり、反動で狙いがずれる。そのズレを最小限にとどめるには、銃を腕ではなく体で保持する必要がある」
マシューの手が隊員の型から背中に軽く置かれた。
「背筋を伸ばし、指をリラックスさせろ。首から足までの骨がつながっていることを意識して、自信満々でいろ」
「じ、自信ですか」
「胸を張って、しっかりと地面を踏むんだ」
端的に告げる。火薬のにおいが漂う訓練場の空気を、その隊員が大きく吸い込むのがわかった。
「構え」
マシューは特段力を込めている様子はなかったが、その声は鋭く響いた。何度も同じように命令したことがあるからだろう。
「ねらえ」
銃口の震えは収まっていた。
「撃て」
火薬がはじける、軽快な音は同じだった。だが、結果はまるで違っていた。
放たれた弾丸は、狙い通りに的を射ぬいていた。ど真ん中、とは言わないが、最も小さな円に触れていた。
「おおっ!」
隊員たちの中から、歓声が上がる。撃った本人も、驚きとともに、口元には反射的な笑みが浮かんでいた。
「上出来だ。いまの感覚を忘れるな」
「は、はい!」
そして、マシューは自分のコートの襟もとをただし、居並ぶ訓練員たち全員へ向けて言った。
「諸君はこの街と国を守らなければならない。守らなければならない心構えは一つ」
指を一本立てて、高く掲げてみせる。空にかかる太陽を指さしているように。
「正射必中」
火薬のにおいが染みついた庭で、守備隊長の言葉は隊員たち全員にまっすぐ向けられていた。
「正しく射れば、必ず
隊員たちは、2分前には恐れて逸らしていた目を、マシューの鷹の眼差しにまっすぐ返していた。
「わかったな?」
「はい!」
今度はきっちり、そろった返事が返ってきた。
守備隊長は小さくうなずいて、元の道へと戻った。
「教育熱心なんだな」
ソールは何も握っていない手を腰に当てて、その頼りなさをごまかすように言う。
「職務に忠実なんだ」
マシューは短く返して、視線を扉に向けた。
「話を聞かせてもらおう」
乱れのない歩調で再び歩きはじめる。この男が歩くと、板張りの床まで無機質に思えるほどだ。
■
「私が、二人だけで話す」
マシューが告げると、二人の隊員は無言でその場を後にした。マシューは、彼らに銃まで手渡していた。
四角い部屋。小さな窓。分厚い扉。
客室でないことは明らかだ。
互いに、武器もない状態で、剣士と銃士は向かい合っていた。
「それで、なんだっけ……二人だけで話したいことって?」
「君は犯罪とのかかわりを疑われている」
「どういう?」
「君の行く先で、
竜滅教団。竜を復活させて、文明を破壊することを目的とする教団だ。
竜騎士ゾランの思想に共鳴し、各地に構成員がいる……らしい。
「俺は、彼らのリーダーを追って旅をしているんだ。そして、竜による破滅を食い止めている」
「巨人機を使ってか?」
鷹の眼差しがソールに向けられていた。迫力は猛禽以上だ。気圧されそうになるのを抑えて、ソールはうなずいた。
「そうだ」
沈黙はしばしの間だった。マシューは何かを確かめるように目を閉じ、ゆっくりかぶりを振った。
「コーヤの議会は、竜を恐れている、当たり前だが」
「それで、他国での竜の出現を調べている?」
「そうだ。白い巨人機が竜を撃退したことも、報告されている。だいたいの見当はついていたが、本人に会って確かめたかった」
「俺の言うことを信じてくれるか?」
「信じられるようにする」
腕を組んだまま、マシューは言った。
この男の表情は読みづらい。きっと、感情や考えを表に出さないような訓練をしてきたのだろう……そうする必要があったということだ。
「どういう意味だ?」
「潔白だと確信できるまで、守備隊の監視下に置かせてもらう」
「俺は巨人機の乗り手だ。それが証明できれば……」
「巨人機に乗っているからといって、竜の敵とは限らない」
マシューがソールの言葉を遮る。その言葉には初めて、はっきりと感情が現れていた。
怒りが。
「違うか?」
「……確かに、そうだ」
竜騎士ゾランもまた、巨人機の乗り手だった。ソールはいまだにその事実を受け入れられないでいたが、自分の目で見て、そして剣を交えたのだ。間違いない。
「巨人機との接触も、私が許可するまでは禁止する」
「いつまで?」
「長くても4日だろう」
「だろう?」
マシューは窓の外へ視線を向け、小さく息をついた。
「明日から3日間、地方の代表者を交えての総議会が開催される」
「それで、守備隊が忙しそうにしていたのか」
マシューと同じ黒コートが、二人一組で警邏をしていたのだ。街中にも、ぴりついた雰囲気が広がっていた。
「それだけじゃない」
マシューはいらだちを紛らわせるように、自分のアゴをしばらくさすってから、言った。
「この街に竜滅教団が潜伏している」
討竜機ギガスギア 五十貝ボタン @suimiyama
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