第32話 大使館にて
ソールから預けられた剣が重い。赤い機石は、巨人機・バーンソードマンの魂そのものだ。いま、ソールはバーンから離れ、一人で異国の守備隊とやらに連れられて行った。
(不安じゃないのかな?)
何匹もの竜と、彼らは戦ってきた。絆、のようなものがあると思う。
バーンを手放して、ソールは平気なのだろうか。
『ほかにいない』
そういわれたって、バーンを持つのにふさわしいのは、ソールだけだ。そうに決まっている。
ざわつきの中を、ロビンは歩いていた。
コーヤ・ヨーキの人々は、先ほど大通りの真ん中で起きた出来事をさっさと過去に流し、次の話題へ切りかえていた。あれぐらいは、よくあることなのだろうか。だとしたら、守備隊はよほど熱心に仕事をしているらしい。
(あの隊長さんの元老院入りの足掛かり、ってことか)
コーヤに王はいない。代わりに、貴族たちからなる元老院が国家を支配している。その末席にでも名を連ねれば、大きな権力が手に入るに違いない。
マシューと名乗った守備隊長は、きっとその一員になるために実績を積み重ねているところなのだろう。
(だったら、形式上の取り調べだけ、だよね。きっと)
ソールはすぐに解放されるに違いない。ロビンは顔をあげた。前にはキャンディスがいて、その前には大きな背中があった。
「ようこそ、カンドゥア大使館へ。さあ、中へ」
男がある建物の中で立ち止まり、分厚い戸を開いた。白い石造りの建物は、カンドゥアの宮殿や大図書館を思わせる、時代がかった様式だ。
中へ入ると、床に敷き詰められた絨毯の感触に思わずつんのめりそうになった。その時、ロビンは自分が剣を強く抱えていたことに気づき、剣帯を背中のアームに引っ掛けて固定しなおした。
「改めて、カンドゥア大使のロメオです。ロビンさんとは、初めましてですね」
広い肩幅。がっしりとした顎。そろえた口髭は似合っていなかったが、おそらく、髭が似合わない顔立ちだからこそ生やす必要があるのだろう。
「大使っていうと……」
「カンドゥアの代表として、コーヤに駐在しています。父の代わりに、元老院にカンドゥアの意見を伝えるのが主な仕事ですよ」
「父?」
「ロメオ様は、オーランド王の第一子に当たる方です」
キャンディスが、そっと告げる。
「じゃ、王子様!?」
「はは、昔ふうの言い方ですね」
大声をあげるキャンディスに、ロメオが大きな体をゆすって笑った。
「あの、王女様方のお兄さん?」
「妹たちから、手紙が届きました。お二人が伝来の巨人機を目覚めさせてくださったと」
「
「いえ、ロビンさんのおかげです。技師なくして動く機械はありません」
ロメオは二人の言葉を微笑んだまま聞いていた。
「お疲れでしょう。ゆっくり話をきかせてください」
父にも、妹たちにも似てはいないが、特別な生まれを感じさせる振る舞いは、まさしく王族のそれだった。
実務的な、角ばった作りの内装を少しでも彩ろうと、カンドゥアの風景が描かれた絵画がかけられている。
ホールの隅から二階へ向かう、そっけない階段があった。そこから、駆け下りるような足音。
「キャンディス!」
ぱっと、その階段から人影が飛び出してきた。
長い黒髪に白い造花の髪飾り。高い身長がヒールのある靴でさらに高く見える。ブラウスの腹部を太いベルトで締めているので、ふくよかな胸がより強調されていた。
「グロリア!」
その顔を見た途端、キャンディスの満面に喜色が浮かんだ。
「久しぶり…本当に!」
ふたりが駆け寄り、互いの手を取り合う。
「聞いたよ、眠っていた巨人機を起こしたんだって?」
「そう、竜とも戦ったのよ」
「本当に? なら、魔法を使ったんだ」
「ええ!」
ずいぶん親しげな様子で司書と話す女性の登場に、ロビンは面食らっていた。
「……お知り合い?」
思わず、距離を開けたような言い方になっている。
「ええ。学友……って、言うんでしょうか」
「毎日、二人で図書館にこもってただけだけどね」
気楽な調子で、女性……グロリアと呼ばれていた……が、キャンディスの隣で肩をすくめる。
「紹介します。こちら、私の友人で、大使補佐官のグロリア」
「初めまして」
「大使補佐官! じゃあ……」
「もし私に何かあったら、彼女が代わりに大使を引き継ぐ立場です」
と、ロメオ。
「ずいぶん……えらい人と友達なんだね」
キャンディスよりはいくらか年上だろう。しかし、それにしたって、王子にして大使であるロメオの側近、というのはかなりの立場に思えた。
「キャンディスだって、大図書館司書なんだからえらいんだけどね」
やわらかい雰囲気のキャンディスと違って、グロリアはさっぱりした口調だ。性格が違っても、ウマが合う、というやつだろうか。
「こちらは、ロビンさん。巨人機の整備もできる腕利きの技師です」
「噂はかねがね。カンドゥアの誇りを動かしたんだから、国史に名前を乗せなきゃだね」
「いや、オレは、そんな」
キャンディスの紹介だけでもむず痒いのに、そこまで言われてはかしこまるほかない。バーンの剣を抱きながら縮こまるロビンに、グロリアはくすりと笑った。
「こんな若い男の子だなんて、思わなかった」
「えっ」
「えっ?」
和やかな空間に、一瞬で冷えた沈黙が降りた。ロメオが眉間を押さえている。
「グロリア、えっと……」
言いにくそうに、キャンディスが何やら手振りを見せる。補佐官はそれを見て、ようやく思い至ったらしい。
「ご、ごめん! 技師っていうから、男のひとだと思ってて! ほら、一般的なイメージってやつで……」
「役人だって、そうでしょ」
「そ、そうなんだけど。クッキー食べる?」
「子供でもないよ」
ぶすっと告げるロビンは、すっかり拗ねてしまっている。
「と、とにかく。味方の少ない土地ですから、皆さんが来てくださってよかった」
「本当は、もう一人いたんだけど」
「窓から見てたよ。大変な騒ぎだったから。守備隊があんな強硬な態度に出るとは思わなかった」
「ローアンが隊長になってから、市内の緊張感は高まる一方です」
ロメオの口調も、いくらかこわばっている。守備隊長の名前を呼ぶのも、ちょっとした勇気が必要なのかもしれない。
「何か、あったの?」
「起ころうとしている、という方が近いですが……込み入った話は、座ってしましょう。お茶を出しますよ」
大使が袖をまくりながら言った。
「王子様が淹れるの?」
意外そうにつぶやくロビンに、グロリアが小さくうなずいた。
「趣味なんだってさ」
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