第55話 都会の幽霊、田舎へ行く! 

 田舎の幽霊が都会から戻った半年後、今度は都会の幽霊が田舎の幽霊を訪ねて行った。


 「ところで田舎もん、都会はどうだった?」

 そういう都会の幽霊は、スーツをビシッと着こなし、いつも以上にナイフから血を滴らせている。

 「どうって、わしの方がびっくりしたわい」

 その答えに満足したのか、都会の幽霊はやる気満々で話をつなぐ。


 「ときに田舎もん、ここではどうやって人間を脅かすというのか?・・・」

 家もほとんどない、田んぼと山との真ん中で、都会の幽霊は辺りをぐるりと見回した。

 「夏祭りの時などは、人魂ひとだまでも出してやりゃ、そりゃ大騒ぎもするんだがな・・・」

 「人魂でか?・・・」

 都会の幽霊は、その光景を思い浮かべながらも、幾分寒さが増してきたこの季節にやって来たことを後悔した。


 「で、今宵はどうするというのか?」

 まだ山裾やますそから上がり切らない満月を、都会の幽霊が恨めしそうにと見上げる。

 「人が来るまで、その柳の下で待つことにしようや」

 見ると、小さな川に沿うようにと、何本かの柳の木が風に揺らいでいるのが見える。

 「よーし、分かった!」

 なおも都会の幽霊はやる気満々である。



 一時間後・・・

 「田舎もん。いったい、人間は何処にいるんだ? いくら待っても一人もここへ来るものなどおらんではないか・・・」

 「まあ、慌てるではない。二~三日もすれば、誰か通りかかるということも・・・」

 

 田舎の幽霊の言葉に、都会の幽霊は納得がいかないのか、柳の下から抜け出すと、鎮守ちんじゅの森の方へと歩いて行ってしまった。

 (まったくせわしない奴じゃな。これだから都会者は・・・)


 仕方なく、田舎の幽霊もその後に続く。ところが、その行動に予期せぬことが起こった。

 ちょうど田舎の特集を取材に来ていたテレビ局のクルーが、その鎮守の森を撮影していたのである。


 「キャ――――っ、で、出た―――――っ」

 スタッフの悲鳴に、プロデューサーが振り返る。


 「何が出たというのだ? クマか、それともツチノコか?・・・」

 

 真っ青な顔をしながら駆けつける女性スタッフ。しきりに後ろの方を指差している。

 「で、で、出たの、お、お化けが・・・」

 「お化け? この季節に、お化けだと・・・」

 クルーたちは、皆一様に失笑する。しかし、プロディーサーだけは鎮守の森の暗闇をじっと見つめている。


 「おい、ライト! カメラ回せ! 音も拾うんだ・・・」

 スタッフたちは言われるまま、女性スタッフがお化けを見たという方に機材を向けた。



 一方、鎮守の森の暗闇では・・・

 「都会の。なんで、こんな時に出て行ったんだ。あいつら都会から来たテレビ局の奴らだろ」

 田舎の幽霊が問い詰める。

 「す、すまん。つい、驚かせてやろうと・・・」


 都会の幽霊が、木の陰からそちらの様子を伺おうとすると、撮影用のライトがこちらにと向けられた。途端に、辺りは昼間のようにと明るくなる。

 「ま、眩しい。これでは、迂闊うかつに動くわけにもいかぬぞ」

 そう言って、田舎の幽霊が草むらの中にと身をかがめようとしたときである。


 「今、あの草むらのところで何か白いものが動いたぞ!」

 またもや、一斉にライトが充てられるや、数人のスタッフが雑木林の中をこちらへと駆けてくる。

 (ひっ、来るぞ・・・)


 「都会の。ここはひとまず逃げるが勝ちじゃ」

 言うや、都会の幽霊と田舎の幽霊とは一目散にそこを後にした。


 

 それから二日後、村には大々的な撮影設備をたずえた放送局の車が何台も到着した。

 最初に女性スタッフがお化けを見たという鎮守の森はもちろん、村の路地裏から古びた公民館、はたまたあの柳の木のところまで、暗がりにはそこかしこにと撮影装置が取り付けられている。

 そればかりではない。今回は何やら「赤外線暗視カメラ」なるものまで用意してきているというのだ。

 

 お化けが出たという村は、かつてないほどの騒ぎとなった。こうなると、人間というのは可笑しなもので、村人の中には、過去に自分もお化けを見たという者まで現れた。

 今夜も、村中には灯りが煌々とたかれ、道々にはテレビ局のスタッフがあふれかえっている。


 「都会の。この始末、どうする気じゃ・・・」

 「・・・・・」


 田舎の幽霊は、深いため息をつく。

 「しかし、本当に一番怖いのは、都会も田舎もあの『人間』とかいう生き物じゃな・・・」

 

 

 


 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る