第56話 理屈っぽい奴

 今日は幼馴染のみさおちゃんを連れて、海岸のドライブなどと洒落しゃれ込んでみた。天気は良いし風も穏やか、絶好のデート日和と言えるだろう。


 134号線を、一路鎌倉方面にと向け車を走らす。

 江の島を越えたあたりだろうか、視界には一面大きな海と、そこに白波が経つ光景が広がって来た。見ると何人ものサーファーが、その波間に出たり消えたりする姿が伺える。


 「素敵ねえ~、やっぱり拓君とドライブに来てよかったわ」

 彼女は昔から僕のことを、そう呼んでいる。

 それでも、気分が良いというのは本当のことだろう。彼女は幾分目を細める様にして、その涼しげな景色を眺めている。


 急に操ちゃんがボソリとつぶやいた。

 「波ってなんで立つんだろう?・・・」


 僕はさりげなく答える。

 「それは、海水が風に吹かれるからだよ。コップの水に口で息を吹きかると、そこにも波ができるよね。それに、地球には「貿易風」や「偏西風」といった風が常に吹いているしね。ただ、それだけではないんだよ。海水はそれ自体が流動しているんだ。つまりこれは、地球の自転・公転、月や太陽なんかの惑星の引力が関係しあって引き起こされているもので・・・」

 「・・・・・」

 横を見ると、ポカンと口を開けたままの彼女がいた。



 鎌倉に着いた僕たちは、昼食に海鮮丼定食を頼むことにした。せっかくここまで来たのだから、海の幸を頼まないというてはないだろう。

 早速それが運ばれてきた。お椀からはみ出しそうなほどの新鮮な刺身と、魚介類で取った出汁だしの味噌汁が付いている。

 操ちゃんが、それを口にする。


 「うわ~、この味噌汁、最高においしいわ!」

 僕もひと口、それをすすった。なるほど、様々な旨味うまみが複雑に絡み合っているようだ。

 「うん、昆布のグルタミン酸にカツオのイノシン酸はもちろん、シイタケのグアニル酸までほど良く出ている感じがするね。それに何だろう、もうひとつ何か他の成分も・・・」

 首を傾げる僕を、彼女は不思議そうに見詰めている。

 

 「分かったぞ! この味は、貝類から抽出されたコハク酸に違いない」

 満足げな僕の顔とは裏腹に、彼女は少し引きった笑いを寄せる。


 

 夕方、江の島にと繋がる弁天橋まで戻って来た二人。夕焼けの中、西の空にひときわ輝いた星が見える。

 「拓君、今日はありがとう」

 操ちゃんは、僕の手を握りながら照れくさそうに下を向く。

 「操ちゃん、ほら一番星・・・」

 「ほんと、ロマンティックねえ~」


 「まあ、もっとも正確に言うならば、あれは金星が太陽の光を受けて輝いているだけで、僕たちが言っているとは違うんだけどね」

 「えっ?・・・」

 「つまり、夜空の星とは、ほとんどが太陽と同じ仲間で、恒星こうせいと呼ばれているものなんだ。それらの恒星は、核融合かくゆうごう反応によって生じるエネルギーで光っているんだけど、地球からいちばん近い「ケンタウルス座」のプロクシマ・ケンタウリでも、地球からの距離は4.1光年も離れているんだよ」


 「えっ、そうじゃなくて・・・」

 「あっ、ごめん。何故夕焼けがオレンジ色をしているのかだったっけ? それはね、可視光線の波長には・・・」

 「あ―――――っ、もういいわよ。何だか頭が混乱してきちゃったみたい」

 急に彼女は耳をふさぐような真似をする。


 「大丈夫かい。でもそれは、頭が混乱したんじゃなくて、思考回路をつかさどる神経細胞シナプスに過剰な電流が流れたか、過剰なカリウムイオンが・・・」

 「ちょっと待って! 拓君、待ってよ・・・」


 「そんなことは、どうだっていいの。見てよ、江の島の灯り綺麗でしょ! でもなぜだかなんて私にはどうでもいいことなの・・・」

 「しかし、物事には理屈というものが存在していて・・・」

 「理屈?・・・」


 「じゃあ聞くけど、拓君は、なぜ今日私をドライブに誘ってくれたの?」

 「そ、それは・・・」


 「なぜ、手を繋いでいるだけなのに、心臓がこんなにドキドキするの?・・・」

 「操ちゃん・・・」


 「なぜ、拓君は私のことが好きなの?・・・」

 暗がりの中、二人の距離が少しだけちぢまって行く。 


 「操ちゃんを好きになるのに、理屈なんて何もないよ・・・」

 

 

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